僕だけの名前は、いつか僕と君を救うのかな
神永 遙麦
第1話
「ねえ、知ってる? 人間の構成元素は、宇宙を構成元素と似てるんだって。構成元素を多い順に並べると宇宙は水素・ヘリウム・酸素・炭素・窒素……以下略。人体も水素・酸素・炭素・窒素、あとはカリウムとリン! 不思議でしょ」
それ、今話すことか?
「そうなんだ。
少し引き攣っていて嘘っぽい笑いだが、仕方ないだろ。
美羽はふふと笑った。小さく握った手で口元を隠して。やっぱ可愛いな。
美羽は僕の彼女なんだ。美羽は他の誰かの彼女じゃなく、僕の彼女。そして僕も他の誰かの彼氏じゃなく、美羽の彼氏。
誰かが降車ボタンを押す音が響いた。
*
美羽と僕は違う星の元に生まれてきたようなものだった。
美羽は(小さい頃はそうでもなかったが)美人に見える子タイプの子。だからか小学生の頃からモテモテだった。
僕は、いつだって自分の机でジッとして、休み時間と子ども時代が早く終ることを願っていた。
*
僕はゴソゴソとバッグの中を漁り、さっき買ったゴムを確認した。さすがに無しでヤる度胸はない。
バッグの中を確認していると、美羽は話を中断して微笑みを寄せた。あまりに無邪気な悪戯っ子らしくニコッとされたものだから、僕は目を逸してしまった。
そんな顔を見てしまうと、養父母を裏切ろうとしているのだと思い出し苦しくなる。僕は、美羽の兄なのに。――血は繋がらないけど――。
*
実の両親はもういない。
僕が伊作夫妻の養子になった3年後、父は母を殺害。もちろん逮捕されたが、裁判後に(第何審だったかは忘れた)父は自殺した。
幸か不幸か、僕は伊作家に特別養子縁組で入っている。だから戸籍上、彼らとは他人。更に事件が原因で関西に引っ越したから、「人殺しの子」として扱われることはなかった。
だけど、如何に守ろうとされていても、子どもの好奇心には敵わない。
15歳、「いけない」と思いつつ、事件について調べた。よくあるような刺殺だった。 ――よくあってたまるか、クソッタレが――。 強く抵抗した痕跡があったそうだ。父は母の遺体を山に捨てた。そして翌々日に遺体が発見された。
そんな中、「相談があるの」と美羽に呼び出された。美羽も中3だから進路の相談かと思った。そんな気分じゃなかった、そんな気分になれなかった。僕の実母がわずか28歳で殺されてしまったことばかり考えていた時期に、キラキラした目で夢や本の話ばっかする美羽の進路相談には乗るつもりになれなかった。
とは言え、恩人である伊作夫妻の一人娘、かつ、何だかんだで可愛い妹の美羽の頼みを無下にはできなかった。
それで兄貴らしく「何だよ」と美羽の部屋に入った。
「レイ」と震えながら美羽は僕の名前を呼んだ。
この時、相談にしては妙だと気付いた。
*
美羽がツンツンと僕のパーカーの袖を引っ張った。
「ねえ、レイ。乗り過ごしちゃったよ」
「ハァ?!」
慌ててバスの外を見ると本当に乗り過ごしていた。しかも目的だった停留所から2つ分乗り過ごしている。僕は慌てて降車ボタンを押した。
「頼むから美羽。そういうことはせめて5分早く言ってくれ」
「レイなら早く気づくと思ったもん」
「僕のせいにするな。ってか遅すぎるわ」
「ぶぅ」
「1人になったらどうするんだ?」
「またその話? 1人になる予定ないもん。家出る時はレイと結婚する時だし」
「……無理だろ。一応兄妹なんだから」
「血が繋がっていなかったら大丈夫だよ。法律にかいてあるよ」
「社会的に死ぬから勘弁してください」
「事実上もOK、法律上もOKなのにみみっちいこと気にしないでよ。人の噂も72日だもーん!」と唇を僕の頬に当ててきた。
「バスん中で大声出すな。降りるぞ」
僕は美羽を引きずって降りた。乗り過ごしたせいで家まで徒歩4.3km。今日ヤれるだろうか?
*
「好きです。ずっと前から好きでした。レイの妹のままじゃ嫌、レイの彼女になりたい」
青天の霹靂、と言うか……何というか…………。普段だったら絶対に断っていた。でもあの時は、実の家族のことばかりを考えていた時期だった。
だから美羽と付き合うことにした。養父母にやましい秘密を抱える羽目になったが。
あの時期は、養父母と美羽のことを「家族」と認識しづらくなっていた。
*
いくら冬場でも疲れた。今日はもう無理だ。ガチで無理。
それに納得いかず、僕が仕舞おうとしたゴムを奪おうとする美羽とのバトルが始まった。
僕がゴムを片手で高々と上げ、もう一本の手でぴょんぴょんと跳ねる美羽を抑えていた。こうすれば177cmある僕には勝てない。身長23cmの差を舐めんなよ。
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