第二十五話 そうして一学期が過ぎていく

 膝枕は結局アイリーンが目覚める夕方頃まで続いた。

 すっかり足を痺れさせてしまったファブリス王子には申し訳なかったけれど、とても貴重で素敵な体験ができたので私は悪くない気分だった。


「想像通り気持ち良かったわね!」


「これで次の筆記試験も頑張れますね。ファブリス王子が張り合いがあって楽しかったって、また一緒に勉強しようって言ってましたよ」


「……へぇ。そういうことならやってあげないでもないわ」


 ファブリス王子と別れたあと、私たちはそんな風に言い合った。

 「もうあんなのは嫌よ!」とアイリーンが言わなかったのは、膝枕のおかげなのかも知れない。


「そうそう、せっかく勉強も一段落ついたことだし、首席記念に特別なお菓子を作ろうと思ってるの。それでファブリス殿下と一緒に食べるのよ。だから作り方を教えなさい、アイ」


「特別なレシピですか。また難しいことを……」


 でもまあ、ファブリス王子にはたっぷり貸しがあるし、それを返したいのは私も同じだ。

 どんな手作り菓子なら喜んでくれるだろうかと考えて抹茶プリンを提案し、それを悪戦苦闘しながら作り上げたのはそれから三日後の話。


 ファブリス王子は「久々に食べられて嬉しい」と、アイリーンと半分こして食べてくれたのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 


 首席を取ってからというもの、私の言った通りアイリーンの株はぐんと上がった。


「すごいですわ、ライセット公爵令嬢。わたくしにも勉強を教えてくださいませんこと?」

「私もお願いできます?」


 群がる令嬢たちをアイリーンは「わたくし暇じゃないの」と言って断っていたけれど、それでも向けられる尊敬の眼差しは変わらない。

 ちなみに断ったのはただ面倒臭かったからという単純な理由だそうだ。


「わたくしは極力面倒ごとはしたくないの。だって楽しいことをやれる時間が減るじゃない?」


 たとえ王子と同率で学年一の成績優秀者になったとしても、そのワガママで自由奔放な性格は相変わらずだ。

 すぐ走り回るし、気を抜いた途端にいらないことまで話そうとしたりする。


 あらまあお元気でいらっしゃいますのねぇ、なんて、軽く嫌味を言ってくる者も一人や二人はいた。大体筆記試験でろくな結果が出せない令嬢だったので逆恨みに近いと思う。

 しかしそんな相手にさえ「そうよ。わたくしを見習いなさい!」なんてアイリーンが言うのだから、呆れ返った様子でそのうち突っかかってこなくなった。


 やはりアイリーンは強い。

 勉強という唯一の欠点を克服した彼女はますます輝きを増していっている。


(王妃として相応しい……かはわからないけど)


 それでも確実に彼女の名は今後もこの学園、そしてゆくゆくは社交界にも轟くことになるのは間違いないだろう。

 きっと卒業後はもっと大変になる。だからせめて今くらいは毎日を楽しんで過ごしたいというアイリーンの考えは私も同意だった。


 もっとも、彼女のことだから学園を卒業しても好き放題に生き、騒動ばかり巻き起こすような気はするが――。




 一学期が過ぎるのはなんだかあっという間に感じられた。

 それは当然の話で、筆記試験からたった一ヶ月しかないからだったが、他の理由があった。


 私はできる限りアイリーンが青春を謳歌できるように手伝うことにしたのだ。


 前世の知識を貸して部活のようなものを作ってみた。

 学園公認ではない、あくまで趣味レベルの集まり。アイリーンがやりたいと言ったこと――料理はもちろん、運動から絵画、文系のものまで様々。


 部室など持てるはずもないので女子寮の中でひっそりと催される程度のものだったけれど、周囲からは大層喜ばれたし、何よりアイリーンがはしゃいでくれたのが嬉しかった。


「結構頭が固いのかと思ってたけど見直したわ! こんなに楽しいことがあるならもっと早くに教えなさいよ」


「今までのアイリーン様じゃ勉強せずに遊んでばっかりになるのは目に見えてましたし」


「ぐぬっ……。でもつまりファブリス殿下と勉強会を続けていればいいってことよね。楽勝楽勝!」


 とか言いながら次の試験直前でまた追い込みしなきゃいけない羽目になったりするのでは。

 そう思ったが私が口を開く前にアイリーンが口を開いた。


「そんなことよりもうすぐあれよ」


「あれ?」


「夏季休暇。大体三ヶ月ぶりにこの学園を出られるの!」


 夏季休暇。

 この国では少し長め、二ヶ月ほどの夏休み期間があるらしい。その時だけは学園から離れることが許されるのだ。


「学園もなかなかに楽しいけれど、広い場所が一番だと思わない?」


「……そうですね」


 まずろくなことが起こらないだろうなと思ってわざと忘れるようにしていたのに。

 でも夏休みが来てしまうのは紛れもない事実。どうにか無事に二学期以降もこの学園に通い続けられるよう、アイリーンの暴走を頑張って止めるしかない。


「ノリが悪いわね。やっぱり頭が固いのかしら」


 そんな呟きをぼんやり聞きながら、私は未知なる夏休みに思いを馳せ、やれやれと肩をすくめたのだった。

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