第5話

   俺があたふたしていたら月華ちゃんが帰ってきた。


『……すみません。怜さんは体調が良くないとかで。来られないと言っていました!』


「……そうか。わざわざすまないな。ありがとう。月華ちゃん」


  俺は詫びとお礼の言葉を口にする。月華ちゃんはもう一度、すみませんと言う。だがある方を見て固まった。


『あの。怜さんですか?』


「……いいえ。私は怜さんという人ではありませんよ。龍神様」


  少女は流れていた涙をぐいっと袖で拭いながら答えた。月華ちゃんはそれを聞いて彼女を睨みつける。


『では。あなたは誰なのですか?』


「私は。自己紹介がまだでしたね。この町に住む者です。名を日野枝 夕凪といいます。高校三年生です」


『……夕凪さんと言うんですね。けど。あなたは弓月様をご存知のようですけど』


「知っています。だって私は弓月様の許嫁でしたから」


『弓月様の許嫁。もしや、木綿乃殿の……』


  夕凪と名乗った少女はこくりと頷いた。


「ええ。私は弓月様の許嫁で妻だった多臣 木綿乃様の生まれ変わりです。同時に子孫でもあります。木綿乃様には兄で真夏様がいました」


「何だって。君があの弓月様の奥さんの生まれ変わり?!」


「はい。先ほどは失礼しました。あの。お兄さんの名前も聞いていいですか?」


  夕凪は俺に苦笑しながら尋ねてきた。仕方ないので自己紹介をする。


「……俺は。この町に君と同じように住んでいる。名前は光村 雄介。フリーター兼霊能力者をやっている」


「雄介さんと言うんだ。改めて初めまして」


「ああ。初めまして。それと。さっきはありがとうな。助かったよ」


「いえ。お役に立てたようで良かったです」


「うん。おかげで嵐月の呪いが解けたんだ」


  俺がそう言うと夕凪はにっこりと笑った。そうすると怜とそっくりでどきりとしたのだが。気を失っていた嵐月がうっと呻いた。


「……嵐月。こいつ、本当に大丈夫かな」


『……兄様』


  月華ちゃんが悲しそうな顔をする。夕凪は嵐月に再び近づくと手を触れるか触れないかの微妙な距離で術を使った。


「ひふみ、よいむなやちろらね。こともちろらね。清く清しと申さむ!」


  すると嵐月の体が金の光に包まれる。光の粒が舞う中で彼の額のあたりがピクリと動く。


「……う……」


  嵐月はゆっくりと瞼を開けた。綺麗な琥珀の瞳が夕凪を捉えた。驚いたように彼女を見る。


「……怜殿?」


「良かった。目が覚めたんですね。嵐月様」


  夕凪はそう言うと俺の元まで戻ってきた。ポケットから何かを取り出す。それは何かの紙のようだ。


「……これ。私のスマホのメルアドが書いてあります。LINEかメールで送ってみてください。何かあったらすぐに連絡を。後、これからは悪霊退治に私も参加します。いいでしょうか?」


「……俺と君とは初対面だよな。何でそこまでしてくれるんだ?」


  尋ねると夕凪はそうですねと苦笑する。


「私は。木綿乃様の無念を晴らしたい。そのために記憶を頼りに弓月様の子孫の方を探していました。それこそ両親のコネなども使って。やっとの事であなたを見つけました。雄介さん」


「ふうん。まあ、今回は君のおかげで大助かりはしたがな。けど悪霊退治は君の考えている以上に大変だと思うぞ」


「それは承知の上です。後、嵐月様に呪詛をかけた大バカ者を締め上げたいのが私の目的です」


「……わかった。君のメルアドはもらっておくよ。その代わり、無茶はしない。それは約束してくれないか?」


「……ええ。それは約束します」


  俺はニカっと笑った。そうして片手を差し出す。夕凪はちょっと不思議そうな表情を浮かべた。


「……雄介さん?」


「握手だよ。まあ、俺の新しい退治仲間って事で。親愛の証にな」


「……ふふっ。わかった。よろしくね。雄介さん」


  夕凪はにっこりと笑って俺の差し出した手をそっと握った。小さな柔らかな手を俺もキュッと握る。互いに固く握手を交わしたのだった。


「それじゃあさようなら。また明日ね」


「おう。またな」


  手を振って俺は夕凪と別れた。傍らには人型の嵐月と月華ちゃんがいる。嵐月は後で来たおふくろさんの月澪(げつれい)様から頭をスパンと叩かれてお説教をされていた。月澪様は月華ちゃんにそっくりな銀の鱗と琥珀の瞳が美しい龍だ。人型になっても月華ちゃんをもっと大人っぽくした感じの銀の髪と琥珀の瞳が美しい美女で。そんなお方からこっ酷く叱られてさすがに俺も嵐月が気の毒になった。月華ちゃんはおふくろさんの味方になっていたが。


「……雄介。今日はすまなかったな」


「……いいって。むしろ、こっちもすぐに気付かなくって悪かったよ」


  嵐月はすまなそうに謝ってくる。おふくろさんに叱られたのがよほど堪えているらしい。月華ちゃんもちょっと居心地悪そうだ。


「兄様。心配したんですよ。まったく、呪詛をかけられるなんて。情け無いと思わないんですか?」


「思うよ。月華にも迷惑をかけたな」


「……まあ。反省しているんならいいです。けど今度からは気をつけてくださいよ」


「肝に銘じるよ」


「……わかりました。あの夕凪さんにも感謝してくださいね」


  月華ちゃんが言うと嵐月は頷いた。ちなみに奴は今、和服に着替えている。俺は嵐月の肩を軽く叩く。奴も苦笑した。月華ちゃんも仕方ないですねと笑う。夕日が俺たちの影を落としつつも沈んでいくのだった。

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