第3話

   翌朝、俺は目覚まし時計の音で起きた。


  ベッドの横にあるサイドボードの上には、嵐月の代わりに妹の月華ちゃんがミニサイズの龍の姿でくうくうと眠っている。いつの間にか、嵐月はいない。仕方なく俺は伸びをした。そうすると月華ちゃんが起きたようだ。パチリと目を開けた月華ちゃんは綺麗な翡翠の瞳を煌めかせた。


『おはようございます。雄介さん!』


「……おはよう。月華ちゃん」


  やっぱり、嵐月がいくら綺麗でもあいつは野郎だ。起き抜けに声をかけてくれるのは断然、女子の方が良い。しかも月華ちゃんは龍の姿であっても俺を慕ってくれている。声も可愛い感じだし。ああ、彼女が人型になれたらなと思う。残念ながら月華ちゃんは今年でやっと年齢が十三歳らしい。龍は最低でも十四歳くらいにならないと人型になるのは難しいと聞いた。それでも自分と仲良くしてくれている女の子が側にいてくれるのは素直に嬉しいもんだ。

  なんといっても月華ちゃんの声は高くて澄んだ感じだし性格も良い。これで人型になられたら俺は鼻血モノだろう。まあ、兄貴の嵐月に後で締め上げられるだろうが。あいつ、意外とシスコンだからな……。とまあ失礼な事を考えていた。月華ちゃんが何故か軽蔑するような視線を送ってきた。


「ん。どうした。月華ちゃん?」


『……雄介さん。何か不埒な事でも考えていますか?』


「……なんで分かるんだ」


『だって。鼻の下が伸びていますから』


「え。そうか。気持ち悪かったらごめん」


  素直に謝るも月華ちゃんはプイとそっぽを向いてしまう。その間にも時間は過ぎていく。時計を見たらもう

 午前六時半を過ぎていた。俺は急いでベッドから降りる。洗顔や歯磨きをしに一階に降りたのだった。


「……おはよう。雄介」


「おはよう。母さん」


  挨拶をすると母さんはにっこりと笑う。テーブルにはトーストされた食パンやベーコンエッグ、サラダに野菜スープ、バターなどが並んでいた。それらはホカホカと湯気を立てている。見るからにうまそうだ。そうしてテーブルの向かい側の椅子にはスーツ姿の父さんもいた。黙々とトーストにバターとマーマレードを塗っている。俺は朝食の前に洗面所へ向かう。歯ブラシとコップを持った。コップに水を入れて歯ブラシに歯磨き粉をつける。先っちょを水につけるとシャコシャコと歯を磨く。十五分程磨いたらコップの水で口をゆすいだ。何回かしてから歯ブラシやコップもついでにゆすぐ。そうした後で冷水で顔を洗った。十回くらいそうしてからタオルで水気を拭いた。今は七月の中旬だ。今日も暑い。もうジイジイと蝉が鳴いている。じんわりと額に汗が浮いた。


『……おはよう。雄介』


「おはよう。やっと来たか。嵐月」


『やっとはないだろう。まあ、うちの妹がお前の部屋に昨夜は泊まらせてもらったようだな』


  声をかけてきたのは大きな龍の姿の嵐月だった。洗面所には体が収まり切らずに廊下にはみ出している。


「……うん。月華ちゃんにちょっかいは出していないからな」


『わかっている。これでも一応、お前の事は信用しているんでな』


  嵐月はそう言うとピクッと小さな耳を動かす。


『雄介。母君が呼んでいるぞ』


「おう。わかった。ありがとよ」


  俺が返事をすると鋭いかぎ爪がついた右手の親指を器用にぐっと立てた。アメリカとかでいう「good ruck」の意味でそういう風にしたようだ。俺も同じように他の指を折り曲げて親指をぐっと立てる。にっと嵐月は鋭い牙を見せつつも笑みの表情を浮かべた。俺はにっと笑って台所に向かったのだった。



「……いただきます」


  俺はフォークとナイフを手に取ってベーコンエッグやサラダを食べる。あっという間にベーコンエッグは半分くらいになった。ちなみに嵐月と月華ちゃん、ご両親は俺の家にある近所の神社にて居候中だ。五和神社といい、遠縁の親戚の江月様--蒼月の親父さんが祀られていた。それを思い出しながらサラダを口に放り込んだ。シャクシャクといい音が鳴った。ベーコンエッグもパクッと食べた。一旦、フォークとナイフを置くとトーストを食べる。既にバターとブルーベリーのジャムが塗られていた。バターの風味とブルーベリーの甘酸っぱさが口内に広がる。うん。母さんの飯はうまい。その後、トーストや他のおかず類も食べてしまうと野菜スープもごくごくと飲み干した。用意されていたカフェオレも流し込むとパンッと手を合わせた。


「ご馳走様。んじゃ、服を着替えてくる」


「……ああ。いつも早いな」


「んな事ないって。あ、今日は嵐月と約束があるんだった。ごめん。父さん」


「謝る事ないぞ。嵐月様との約束だったら急いだ方がいいな」


「ああ。げ、もう七時じゃねえか。母さん。弁当はできているかな?」


「……できてるよ。今、包んでいるから。着替えてきちゃいなさい」


  俺はありがとうと言うと自室に急ぐ。大慌てでパジャマからグレーの半袖のシャツに濃い藍色のジーンズ(長ズボンだ)、黒の靴下に着替えた。自室を出るともう一回、洗面所に行く。ブラシでささっと髪を整えてそのまま出た。ちなみにいつもの刀は鞘に収め、さらに縦長のカバーに入っている。愛用のバッグとグリーンの帽子、スマホ、母さんお手製の弁当、財布と急いで準備して玄関に向かう。


「……行ってきます!!」


  帽子を被りスニーカーを履いた。バッグと刀を肩に担いで小走りで近所の五和神社に行ったのだった--。

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