見習い戦闘機隊レインボーローズ!─夫婦で戦闘機乗り、目指します─

冬和

プレフライト

「ストーム! やめろ!」


 応答はない。


「ストーム! やめるんだ!」


 応答はない。


 ここは、砂漠の遥か上空。

 青年の目の前に広がる青空で起きているのは、熾烈な空中戦。

 2機のジェット機が、互いの背後を追いかけて激しい旋回を繰り返す。

 滑らかな曲線を描く背中のフォルムが特徴的な戦闘機、F-16だ。

 片方はツートングレーに塗られているが、もう片方は、赤と黒をメインにしたデモカラーに塗られていた。

 表面に白い雲を纏った2つの翼が、何度も複雑に軌跡を交差させる。

 相手を追い抜かず追い抜かせようと、立体的な軌跡が何度も入り乱れる三次元的なデッドヒートだ。

 まるで飛びながら喧嘩する鳥のような目まぐるしさ。

 ツートングレーの方を操縦しているのが駆け出しの実習生とは、とても思えない。

 だが、青年はそれを止めたかった。


『あたしはブルーレイブンズのパイロットになるんだ! こんなヤツなんかにっ!』


 純粋無垢な少女の高い声と。


『ストームと言ったか、小娘。その夢のためなら人を殺せるというのか? とんでもないエゴイストだな!』


 魔女を思わせる低い女の声。

 2人の会話が、その理由を物語っている。


『そんなの、違うっ!』

『違うものかっ!』


 この空中戦は、不良にふっかけられたケンカのようなものなのだ。本来なら、まともに相手にしてはいけなかった。

 だが少女ストームは、それに受けて立ってしまった。

 このままエスカレートすれば、間違いなく問題になる。

 彼女の学歴に、傷が付いてしまうほどには──


「ストームッ! ダメか……!」


 何度呼びかけても、応答はない。

 もうこうなったら、力ずくで止めるしかない。

 かなりのリスクが伴うが、やるしかない。

 青年は、右手で握る小さな操縦桿に力を込め、左手で握るスロットルレバーを押し込む。

 すると、青年が乗るF-16が、くるりと左に傾く。

 さらに赤いアフターバーナーの炎がノズルから吹き出し、急加速しながら空中戦の最中に飛び込んでいく。

 見れば、2機のF-16は、遂に正面から向き合って突撃する形になっていた。

 所謂、「正対ヘッドオン」の形である。

 青年は自らの機体を、その間に割り込ませる。

 ストーム機の左側から、ドリフトするような形で。


「やめろストームッ!」

『えっ!?』

『何!?』


 突如現れた第三者に、2人の声が重なった直後。

 青年の真後ろから、激しい衝撃が走った。

 ストーム機に追突されたのだ。


「うわああああああっ!」


 右の翼が、根本からもぎ取られた。

 飛行機としての形を失ったF-16は、きりもみ回転をしながら落ちていく。

 ミキサーに放り込まれたかのごとく乱暴に回り続けるコックピットに、警報音ばかりが鳴り響く。

 それを立て直す術は、もはや青年にはない。

 最後に聞こえたのは。


『ツルギィィィィィィッ!』


 愛する少女の、悲痛な叫び声だった──


     * * *


「──ルギ! ツルギってば!」


 体を揺さぶられて、目が覚めた。

 目の前には、心配そうに顔を覗き込んでいる少女の顔が。

 先端が青く染まったセミロングの茶髪と、透き通った空色の瞳が特徴的だ。


「あ──」


 そこで、青年ツルギは目が覚めた事を自覚した。

 今いるのは、やや狭く薄暗い寝室の、高級感あるダブルベッドの中。

 その中で、目の前の少女と一糸纏わぬ姿で身を寄せ合っていたのだ。

 ツルギはゆっくり体を起こそうとしたが、できない事に気付く。

 下半身に力が入らないのだ。

 そうだった、と思い出したツルギは、腕でベッドを押す形で、ぎこちなく、ゆっくりと体を起こした。

 はあ、と大きく息を吐いてから、左隣にいる少女に問う。


「ごめんストーム。ひょっとして、うなされてた?」

「うん。大丈夫? もしかして、またあの日の事を夢に──?」


 無言で頷きながら、ツルギは自分のスマホのロック画面を解除する。

 そこに映っていたのは、寝る直前まで見ていたニュース記事。


【F-16戦闘機空中衝突事故 操縦していた自衛官候補生を退学処分に】今年4月にアメリカで自衛官候補生が操縦するF-16戦闘機が起こした空中衝突事故について、航空自衛隊は事故を起こした自衛官候補生を退学処分にしたと発表した。この候補生は、当時アメリカ空軍に留学中で、帰国後はF-2戦闘機の養成コースに進む予定だった。


 やっぱりこんなものなんか読み返すんじゃなかった、とツルギは後悔した。

 何気なく少女ストームに顔を戻すと、彼女が悲しそうな目で自分を見ている事に気付く。


「……何か、ごめん」


 ツルギは、俯きながら自然と謝っていた。

 気まずい空気で、一瞬場が沈黙したが。


「そういうのは、なし、だよ」


 ストームは先程の目が嘘のように、明るく優しい声で呼びかけた。

 同時に、ツルギの左腕に抱き着いてきた。

 顔ほども大きさがある豊満な胸が、直に左腕に触れたものだから、あ、とツルギは少し動揺した。


「あの時の事は、ちゃんとお互いに謝ったんだから、もう蒸し返さないって決めたじゃない」

「そ、そうだった。ごめん」


 決め事を忘れていた事を恥じて、また謝ってしまったツルギ。


「ほら、そんな顔しないで」


 ストームの左手が、ツルギの頬にそっと触れた。

 そのまま、顔を見合わせる形になる。

 ストームは、笑んでいた。

 透き通った青空のような、明るい笑みだった。


「今は前に進もう、ツルギ。できないなら、あたしが元気にしてあげる」


 そう言われただけで、ツルギの心のモヤモヤは、一瞬で消えてしまった。

 この子には敵わないな、とツルギは改めて思った。


「だってあたし、ツルギの妻さんなんだから」


 頬を離れたストームの左手が、そっとツルギの右手を握る。

 その薬指には、銀色の指輪がはめられていた。小さいながら、バラの絵柄が彫られている。


「ストーム……」


 ツルギも、自然とストームの右手を左手で握った。

 その薬指にも、ストームとお揃いの指輪がはめられていた。


「大好きだよ、ツルギ」

「僕も大好きだ、ストーム」


 2人は、そのまま引き寄せられるように顔を近づけ、目を閉じてそっと唇を重ね合わせたのだった。


 ちなみにここは、ホテルの一室ではない。

 青空を悠々と飛ぶ総二階建て旅客機A380。その名も「ピクシー・スルーズ1世号」の最高級席・ファーストクラスだ。

 2人はこの旅客機で、東南アジアの島国・スルーズ諸島王国へと向かっているのである──

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