第11話 二年前に立てたフラグ
「決めたっ! 俺、高校生になったら髪染めて陽キャデビューする!」
中学三年の夏。伊織、影光、由貴、蒼介が、影光家のリビングに居座っていた。
低めの丸テーブルを四人で囲み、テーブルの上にはアイスやらゲームやら宿題やらを散乱させている。
早い時期から受験勉強しておこうという蒼介の提案で集まった四人だが、結局勉強はそっちのけで、冷房がガンガンに効いた部屋でだらだらと過ごしていた。
「影光、蒼介。ちょっとこれ、『青駆け』の新刊の表紙。めっちゃカッコイイ⋯⋯」
伊織は由貴の宣言をスルーし、自分のスマホの画面を影光と蒼介に見せる。
『青駆け』とは、『青球に駆ける!』という大人気サッカー漫画の略称である。
最新十三巻の表紙が作中人気ナンバーワンにして最強FW、
「うわぁ彼方じゃん! VS紅城高編のクライマックスにもってくるとは作者分かってるな!」
影光は伊織に同調して声を張り上げる。
「⋯⋯かっこいいな」
蒼介の返事は一見冷たく見えるが、瞳の奥を輝かせ、誰よりも気持ちを高揚させている。
蒼介は中学でサッカー部のエース、そして『青駆け』の古参読者。
伊織と影光は蒼介の布教によって『青駆け』を知り、後に大ファンとなる。
盛り上がる三人の様子を目を細めて眺めている由貴。少し不機嫌そうにボサボサの髪をかき回しながら、もう一度さっきの宣言を言い直す。
「高校生になったら! 髪染めて! 陽キャになる!」
「来月の十一日発売日らしい」
「よし。俺当日に買いに行くわ」
影光は拳に力を入れて、そう宣言する。
「俺も」
伊織もそれに続く。
「いや聞けよぉぉぉ!! 頼むからぁぁぁっっ!!」
依然としてガン無視をかます三人にたまらずツッコミを入れる由貴。
腕を上下に振って、いい加減構ってくれないと俺泣くよ? という表情で訴えかけてくる。
「はぁ⋯⋯アーソウナンダ、ガンバレユキ」
それに観念したのか、伊織が口を利く。
ただし生返事。
ため息をついて、心底面倒くさそうにしている。
「なんだよその適当な返しは!?」
「だって由貴、お前いっつも〇〇やる! って言ったことすぐ挫折して辞めるじゃん。撤回するじゃん」
「うっ⋯⋯⋯⋯それは、その⋯⋯」
うんうん、と影光と蒼介が頷く。
由貴は図星を指され、口籠りする。
彼はやる気だけは人一倍あるのだが、諦めの早さも人一倍。
いつもいつも伊織達に「〇〇やろうと思う!」と高らかに宣言しては「やっぱり無理⋯⋯」と絶望した顔で戻ってくる。
「優柔不断っていうか、なんというか⋯⋯有言実行した試しがない」
「ゔっ⋯⋯!」
伊織が呆れ顔でテーブルに頬杖をつき、追い打ちをかける。
うんうん、と影光と蒼介が再び頷く。
由貴は多大なダメージを負った様子で、それでもなお残りの気力を振り絞って言い返す。
「こ、今回ばかりは⋯⋯本気なんだ⋯⋯本気と書いて
「ふーん⋯⋯今回は、ねぇ⋯⋯」
由貴の目に曇りはなかった。
おそらく今までで一番覚悟が決まった表情をしている。 伊織達はにわかには信じ難いが、由貴のその真剣な目に免じて相手にすることにした。
「分かったよ⋯⋯。話聞くよ」
「あ、ありがとう⋯⋯!」
伊織は手で誘導して、由貴を座布団に座らせた。
「それで? なんでまた急にそんな宣言したんだ?」
影光が由貴に疑問を投げる。
「いやー実は前から気になる人がいてさ⋯⋯その人にもっと近づくために⋯⋯的な?」
「⋯⋯⋯⋯」
要するに、好きな女の子が陽グループ所属だから自分も陽キャになろうとしている、と⋯⋯。
くっだらねぇ理由だと思ったが、相手にすると決めた以上、話を進める。影光が会話を続けた。
「いや、なら今すぐイメチェンしろよ。なんで高校から? そもそもその気になってる人が同じ高校に入るかも分かんねぇだろ」
「⋯⋯俺もそう思う」
影光の至極真っ当な意見に、蒼介も賛成する。
それに対し、由貴はバツが悪そうな顔で目線を横に逸らした。
手を後頭部にもっていき、
「いや、そうじゃなくて⋯⋯」
「ん?」
影光が不思議そうに、眉間にシワを寄せる。
「俺の好きな人⋯⋯今、高校生なんだよ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯んん?」
その後の由貴の話をできるだけ簡潔にまとめると、彼の想い人は戸田鈴零───現在は青風院高校に通う女子高生らしく、由貴が所属している卓球部がきっかけで戸田先輩を知ったという。
女子卓球部のエース的存在で、彼女のプレイを見ているうちに自然と視線を釘付けにされ、いつの間にか虜にされてしまったという。
だが、彼女の溢れ出る陽オーラは由貴には眩しすぎて、ささやかなアプローチはしたものの、告白はできずに卒業してしまったらしい。
「卓球部なのに、先輩は眩かった⋯⋯美しかった⋯⋯」
「すべての卓球部に謝れ」
三人から総ツッコミを受ける由貴。
由貴はすぐさま謝罪し、拳を握って天井を見上げる。
「俺⋯⋯先輩が俺と同じ志望校に入ったって知って⋯⋯運命だと感じたんだ⋯⋯これきっと神様が俺にくれたチャンスなんだって⋯⋯! だから俺は⋯⋯高校デビューしてかっこよくなる! そして、想いを伝える⋯⋯!」
少年漫画の主人公みたいなくっさい台詞を吐く由貴。その瞳は希望に満ち満ちている。
(いや⋯⋯単純に青風院がここから一番近いからだろうな⋯⋯)
伊織達の通う中学校からなら、青風院が一番近くに位置しており、それが理由で青風院を選ぶ生徒も少なくない。
事実伊織、影光、由貴、蒼介はそれが決め手となって青風院を志望している。
恐らく戸田鈴零も同様の理由だろうと思う。
だがそれを決して言葉に出さなかったのは、三人の友達としての優しさだった。
「ま、まぁ⋯⋯頑張れ⋯⋯由貴は素材は良いし、いけると思うよ」
「俺も応援してる」
「ありがとう伊織! 蒼介も、陽キャについて色々享受させてもらおうと思ってるから! 協力してくれ!」
「お、おう⋯⋯」
伊織と蒼介は優しく激励する。 由貴はやる気のギアをさらにぶち上げた。 が、影光は───
「美人なんだろう? 今頃彼氏作ってヤりまくってるかもな」
「───!」
とんでもない禁句をぶっこんできた影光。
由貴は白目を向けて背中から受け身を取った。
「おい、影光⋯⋯!」
「いや⋯⋯可能性の話を言っただけで。美人ならありえるかな、ってさ⋯⋯」
伊織が影光を咎めるが、反省の色は見えない。
影光は割とひねくれているところがある。
正直影光が言ったことは充分にありえるし、現実的に考えればそういう発想が出るのも仕方ない。
だからといって、今純粋無垢な少年(由貴)にその言葉は相応しくない。
「由貴、しっかりしろ。ただの可能性の話だ」
「そ、そそそうだよなぁ! 可能性の話だ! いくら美人だからって彼氏確定とは限らんさ! イケメン蒼介も彼女いないし! ⋯⋯うん!」
「⋯⋯おう」
蒼介の控えめな相槌に由貴は息を吹き返す。
ポジティブな発言をしているが、さっきの発言の懸念が拭えないのだろう、から元気に見えた。
そんな由貴を尻目に、伊織は肘で影光の二の腕をこづく。 声量を小さくして、
「お前⋯⋯由貴は純粋なんだから、そういうこと言っちゃだめだぞ⋯⋯」
「悪かったよ⋯⋯でもさ、現実ってそんなもんじゃん」
「それは⋯⋯そうだけど」
それは否定できない。現実にラブコメ展開などないのだ。
「美男美女が付き合うのは鉄則だ。俺ら日陰者はきっと一生童貞なんだ。ま、蒼介と由貴にはチャンスあるだろうけど」
「⋯⋯悲しいこと言うなよ⋯⋯影光も、顔は悪くないぞ」
(それに、俺からしたらお前ら三人は──)
伊織は心の中で浮かんだ言葉を呑み込む。
「お世辞は辞めろ。俺が
***
(なぁ、影光⋯⋯お前、二年前言ってたよな? 俺がモテるわけないって⋯⋯)
時は戻り現在。
伊織は視界に移る光景を眺めながら、素直に羨ましいなぁと思っている。
「みっくぅぅぅぅぅんん⋯⋯すりすり⋯⋯」
「佐奈! そろそろ離れろ! 頭すりすりさせるな!」
「いーやっ♪」
それもそのはず、親友が謎の美少女に抱きつかれて体に頭を埋めてすりすりさせていた。
シンプルに羨ましいと思うのが男の性である。
クラスの男子は頬を染め、女子は口を両手で抑えてキャーと言う。
早乙女は後頭部をポリポリとかき、困っている。
そして、クラスの誰よりも、誰よりも、誰よりも、その光景を目に焼き付ける女子が一人──そう、真雪である。
(何⋯⋯? あの女の子、影光にベタベタして⋯⋯)
真雪は無自覚な嫉妬の炎を燃やして、影光と佐奈を───いや、佐奈を睨んでいた。
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