第三章 キャッチザモンスター
キャッチモンBA
ここ最近の祐介は、やたらと私と夫に優しい。
夫については私がお仕事で大変なんだからと言いつけまくっているせいもあるが、私にも親切だった。
「お父さんは本当に何も知らないんだよねー。まだデパートとかに行くもんだって思ってるからさ」
「でも私がデパートで買ってあげるから。一緒に行くからね」
祐介の目当てが何なのか、私はすぐわかった。
と言うか、同級生の子を持つ親ならばほとんどの人間がその存在を関知している。中学教師だった時代には減ってはいたようだが数はまだ多く、その話をしている中学生は男女問わずいた。私が女子大生だった時にさえも、大学内でその話をしている人間もいた。
最近ではそのゲームをインターネット回線につないで購入する事もできるし、コンビニでダウンロードできるデータを買って来てゲーム機に入れる事もできるらしい。私が子どもの時にはそれこそデパートの一角にあるそういうお店やあるいはもっと専門店の香りがするような店に行かねば売っていなかった。
そして後者はとにかく女子にとって敷居が高く、親子連れにとってはもっとだった。電車で一駅の所にあるデパートに行ってそういう物を買う、と言うのが夫にとっては最も類型的なイメージだったのだろう。と言うか、私が植え付けたイメージだった。
そのイメージ通りに息子にデパートで買わせようとしているのはデパートで使えるポイントカードのポイントが貯まると言うのと、五千円少々と言う子どもにとっては高額な買い物をさせたくなかったからだ。と言うか既に予約は入れているし、その予約を破るのは味が悪い。発売日よりは三日遅れるが、それぐらいは我慢してもらう。
「やっぱりね、ちゃんとゲームができる時間にやらないとね。キャッチザモンスターアーマーは」
キャッチザモンスター。
それこそ、子どもたちを騒がせる存在。
毎回何種類がバージョン違いがあり、今回はブレードとアーマー。剣と鎧だ。
さすがに両方とは行かず祐介に選ばせ、前作が前の方だったので今作は後ろの方にした。祐介にとっては二番目のそれであり、私にとっては九番目であり四番目である。
私たちの世代でキャッチザモンスター、略してキャッチモンに触れないのは珍しいと言うか難しかった。それこそ社会現象ってのはあれだと思うぐらいには、誰も彼もがはしゃいでいた。ゲームをやらなくてもアニメがあり、アニメがなくとも漫画がある。キャラクター商品もある。
そして、全部消えていない。むしろ膨れ上がるだけ。夫の商品にとっては厄介な競合相手と言えなくはないが、それでも市場全体が広がるのならば悪くはない。
(なんだかすごいのね色々と)
事前に情報を掴むのも親の役目だ。息子には必要以上の事は教えないが、それでも自分の子ども時代のそれと比較してどう違うのか確かめるぐらいはいいだろう。
で、前作と言うか祐介が初めて触れたシリーズの時点で、二十年前に触れたそれとは半ばため息を吐くぐらい変わっていたからそれなりに慣れたつもりではいたが、それでも今度のはまたいろいろ違っている。それを知るのは楽しい。
私も本当はやりたいぐらいだけど、そんなお金はないし暇もない。専業主婦が暇だとか言うならいっぺん代わってくれとか言う気もないが、あの夫の妻は私しか務まらない以上私はうかつに休めない。
「あなたは今自分が何を作ってるかわかってるの?そのためにも必要じゃないの?」
夫をそこへ導くためには、理由がいる。遊ぶのに理由がいるなど日本人は面倒くさい民族だなとか大学の時友人に言われたけど、その友人は今頃何をしているのか知らない。夫と言う人間は日本人とか言う以前に、面倒くさい方の人間である。
自分の意思がないと言うか、自分の意思は家族のために尽くすのが全てだと思っている。そういう意味で自分がない。流される訳ではない。
とにかく前作の時も同じ事を言ってやらせたが、それこそメモを取りまくりながら必死にアイディアを漁っている感じでちっとも楽しそうじゃない。私や祐介の方をちらちら見ながらコントローラーを握るその姿は全く頼もしい一家の大黒柱ではなく、自分を食べさせてくれている存在に気を遣う求職中の失業者だ。
少しでも自分を出せばその瞬間全てを失うと思い込んでいる。私の前でさえも自分を出そうとしない。
夫は昔から、そうだった。
いや、あの時から、ずっとそうだった。
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