番外編2:中原百合の場合。(中編)

 来年の方針を決めるための打ち合わせで、小林係長が入られたときのことだ。


「中原君、最近時任君ががんばっていると思わないか」

 小林係長がそんな風に声をかけてきた。

 たしかに、最近二郎くんの教室の調子がいい。


 何というか、盛り上がっている感じがある。


「ようやく、学生気分が抜けたかな」

「そうかもしれませんね」


 んふ。

 二郎くんが褒められると、ちょっと気分がいい。


 打ち合わせが終わると、いたずら心が湧いた。

 スマホを手に取り、RINE WORKSでメッセージを送る。


「最近調子いいよね。何か変わったことしてるの? ごはんご馳走するから、教えてくれないかな」

「はい、いいですよ。どこがいいです?」


 うーん。どうしよう。

 気分的にはあまりお洒落な感じのところは行きたくない。

 何か、意識してしまいそうだから。


 ちょっと雑な方がいいな。


「ラーメンが食べたいなあ。」


 それも、ちょっと刺激の強いやつ。


「台湾ラーメンが食べたい」

 ということで、桃山町の味千に決定。

 さて、移動しなきゃ。


 店の前で待っていると、自転車で二郎くんがやってきた。

 二人して店に入る。

「最近、調子いいみたいじゃん。小林係長、褒めてたよ」


「そうですか?」


「もともと言われたことはちゃんとやるタイプだったけど、最近、一歩突っ込んでくるようになったって」


 おしゃべりしながらオーダーする。


 青菜炒めに唐揚げ、いか団子に台湾ラーメン。

 二郎くんにはごはんもいるかな。


 男の子は、ごはんたくさん食べなきゃね。


 そして、食べながらおしゃべりしてると、いきなり挙動不審になった。



「どうしたの? 二郎君」

「い、いや、どうもしてません、どうも」


 そして台湾ラーメン一気。

 案の定、むせている。


「……!!」

「ほら、何慌ててるのよ」

 水を差し出す。

「どうしちゃったの?」

「い、いや。ちょっと挑戦したくなったというか」

「台湾ラーメンに?」

「頭をはっきりさせたいことがあったんですよ」

「だから唐辛子なの?」

「頭の中、はっきりしますよ」

「そんな、無理やり覚醒させるようなこと……」


 笑顔。

 でも、ちょっと視線が合わない。


 何となく赤い耳。

 それは、台湾ラーメンで火照っているのか。

 それとも……。



 それから数日後、私は一姫さんと会っていた。


「こんにちは。スイッチ! 持ってきてくれた?」

「はい、持ってきました」

「ありがとう。じゃあ、始めようか」


 PSO2NGSを起動する。

 そして、ログイン。

 キャラクター選択画面からスタートする。


 ショッピングセンターのフードコートで肩を並べてゲームをする女二人。

 うん、生徒に見られるとちょっとしんどいかも。

 そんなことも思う。


「ねえ、中ちゃん、どうしてこのゲームやろうと思ったの?」

 え?

「いや、あの……」

「あたしが、二郎がやってるからって教えたからら?」


 あ、バレてるかな。

 これは。


「いや、まあ、そういう……わけでも、なくは……ないというか」

「あれのどこがいいの?」

「いや……まあ。ちょっと可愛いかなっていうのと、可愛いだけじゃないかなとか、何か頼りになる感じも出てきたな、とか、思ったら……、何となくいつの間にか」

「へえ」


 あ、一姫さん、にやにや笑っている。


「弟をよろしくね。あんなだけど、芯はしっかりしてるからさ」


 あ、認めてくれた……のかな?


「多分、中ちゃんのこと好きだよ。二郎は」

「だと、いいんですけど」

「じゃ、ゲームの中での二郎を見てもらおうか」

「はい!」


 そう言ってゲーム画面に目を落とす。


「まずは、名前だね。何か好きな名前ある? あと、どんなキャラでプレイしたいかな。好きなアニメとか映画のキャラがあれば、そのイメージでいいけど」

「アニメかあ」

 まあ、私だって嫌いではない。

 とは言え。

「二郎くんはどんなキャラでやってるんですか?」

「見たい? これよ」

 一姫さんは、ちょっと悪い笑顔でスマホを出した。


「ぶっ」

「あ、笑った。はい、負けー」

「いや、ズルいです。こんなの」


 思わず吹き出した。

 スマホの画面には、ちょっと間の抜けた顔のトナカイがいた。


「これが二郎くんなんですか?」

「そうよ。キャラ名はホワイトハウス」

「合衆国大統領!」

「まあ、我が弟ながらねえ」

「じゃあ、私ペンタゴンにします。アメリカ国防総省」

「え?」

「二郎くんがトナカイなら、私も人以外がいいかなあ。ダークエルフとかにしようか。さっき、キャラクリの画面にいましたよね」

「あ、うん。そうだね……」

「よーし。それにしよう。エルフだから武器はダガーかな」


 私は命名とキャラクリ、あと職選びをすませ、初ログインをした。


 最初、横で見てもらいながら、基本的なところを教えてもらう。


「じゃ、あたしもログインしようかな」

 同じようにスイッチ! を出してログイン。


 頭上に「Princess_No1」とあるキャラクターが隣にやってくる。

「これが一姫さん?」

「そそ。これがあたしね」


 目の前の人と、ゲームの中でも会っている。

 何か、面白い。


「あ、いた」

「誰がです?」

「やっほー」


 一姫さんがチャットで声をかけながら近づいていく。

 あ。あれは。


「どうしたの? 声かけてくるなんて珍しい」

「いやあ、新人の面倒見ててね」


 トナカイのキャラで、頭上には「ホワイトハウス」という名前。

「これ、ひょっとして」

「そうそう。二郎のキャラ」


「はじめまして~。ホワイトハウスとなあ」


 わ、可愛い!


「はじめまして。『ぺんた』です」

「ぺんちゃん、テンニンドーのスイッチ!なので、チャット遅いからね。気をつけてあげて」

「了解トナあ」


「こ、この話し方は?」

 思わず、リアルで一姫さんに聞いてしまう。

「可愛いでしょ」

「はい!」


「トナカイかわいいですね」

「ありがトナあ」


 あ、ダメだ。笑っちゃいそう。語尾にトナってつけるんだ。


「ぺんたさんはペンギンが好きなのトナ?」

「え? 何でです?」

「いや、ぺんただから、ペンギンなのかトナあ?」

「アメリカ国防総省ですよ。ペンタゴンの略」

「あ、そ、そうトナ」


 ん? 何か変なのかなあ?

 そんな感じで、いろいろ一緒に遊んで回った。

 一姫さんは、もう大丈夫だよね、と途中で帰っていった。


「どうトナ? だいぶ慣れたと思うトナ」

「そうですね。長いお時間、ありがとうございました。ホワイトハウスさんって、面倒見のいい方なんですね」

「まあ、ヒマだったからトナ」


 ヒマなのかあ。

 日曜日にゲームやってるってことは、他に彼女とかいないってことでいいんだよね。


「デートの相手とかいないんですか?」

「いませんよ」


 そうか。ふふん。よしよし。


「そうかあ。よかった。付き合ってくれてありがとう。二郎くん」


 楽しかったよ。二郎くん。

 ほっとけないタイプなんだねえ。


「ゲームでも面倒見いいんだねえ」


 ん、私、今何て。

 ログにしっかりと書いてあった。

 二郎くん、と。


「あ、二郎くんって言っちゃった!  黙っててごめんなさい。中原です」

「え? 中原先生? 何で?」

「一姫さんがね。面白いゲームあるよって教えてくれたの」

「面白かったですか?」


「うん。まあまあ、かな。やること多いんだねえ。でも、いかに飽きさせないか、とかいろいろ工夫が多いんだねえ。二郎くんが飽きない勉強法を生み出すのは、何かわかる気がする」


「え?」

「それに、今、隣にいないのに一緒にいるって、何か面白い感じだね」

「あ、いや、楽しいのだったらよかったです」

「じゃあ、一旦ログアウトして、ちょっといろいろすませたら、今度はストーリー進めていくね。今日はありがとう」


 そう言って、ログアウトする。


 さあ、楽しかったな。

 ゲームやるなんて、本当にひさしぶり。


 でも、会えるんだな。

 ゲームの中で。


 これは、ちょっと面白いかもしれない。

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