ファンタジー世界で王子に騙され、追放されたわたしが銀河大戦の最終兵器を拾っちゃいました。 ~廃棄処理された超兵器による、ご主人様救済計画!~

前森コウセイ

逆転のはじまり

それはきっと絶望に差し込む、一筋の光で

第1話 1

 ――これまでの悲しみに満ちた人生は、きっと今日という日を迎える為の試練だったのでしょう。


 昨晩から降り始めた雪で、景色は白一色に染め上げられていました。


 早朝の空気は、もうじき春だというのに刺すように冷たく、合わせた両手に吐きかけた息も白く煙ります。


 王都外れにある乗合馬車駅の待合室は、遠方に向かう旅人達で賑わっていました。


 ――これから始まる旅は……


 決して楽なものではないと理解しています。


 けれど、あの人はわたしを選んでくれたのです。


 すべてを捨てて、わたしと一緒に生きてくれると仰って下さいました。


 お気持ちを告げて下さったあの人を思うと、自然と胸が暖かくなって表情が緩んでしまいます。


 羽織った上着は母が残してくれた古着で、長年着古したものだったから、生地もペラペラで、普段なら寒くて凍えるのですけれど、今はそれも気になりません。


 満ち足りるというのは、きっとこういう気持ちなのでしょう。


「……リカルド様……」


 そっとあの人の名前を口にします。


 隙間風が吹く待合室でしたが、これからやってくる未来を思えば、心はどこまでも温かです。


 昨日、学園の卒業式の後。


 わたしはあの人に呼び出されて、想いを告げられました。


 ――共に生きよう。


 そう仰って下さいました。


 アルマーク王国第二王子のあの方が、すべてを投げ打っても良いと。


 ――明日の朝、一番の馬車で国を出よう。


 その言葉を信じて、わたしは日の出前にお屋敷を抜け出し、この馬車駅までやって来ました。


 元々私物なんてほとんど持っていなかったから、十年近くを過ごした私室は手提げ鞄ひとつに詰め込んだだけで空っぽになってしまって、それがこれまでのわたしの人生を表しているようで思わず笑えてしまいました。


 空っぽで空虚だったわたしの人生は……けれど、学園であの人に出会って一変したのです。


 これまでの人生を振り返ると、あまりに恵まれた今に、涙が出そうになります。





 幼い頃、わたしは王都とは別の――東の方にある町で、お母さんとふたりで暮らしていました。


 決して楽な生活ではなかったけれど、近所の人達も優しくて、楽しく暮らせていたと思います。


 それが一変したのは、八歳の時。


 お母さんが亡くなって、わたしは遺された手紙で自分の父親が誰なのかを知らされたのです。


 ――セイノーツ伯爵。


 葬儀の手続きをしてくれた町長さんに相談したら、伯爵に手紙を書いてくれて、しばらくしたら伯爵家からお迎えの馬車がやって来ました。


 お迎えに連れられて向かったのは、セイノーツ家の王都屋敷でした。


 初めて訪れた王都の景色のすごさと、これから会う事になるお父さんに、幼いわたしは無邪気に喜んでいたのです。


 結果として、その期待は裏切られました。


 父は――セイノーツ伯爵はすでに亡くなっていて、今の当主はわたしの母親違いのお兄様に当たる、グラーリオ様が継いでいました。


 そして知らされたのは、お母さんの過去。


 かつてセイノーツのお屋敷でメイドとして働いていたお母さんは、お父さんをたぶらかしてわたしを身ごもったのだと……グラーリオ様はそう仰いました。


 ――お母さんがそんな事するはずない!


 そう言いたかったのですけれど、相手はお貴族様で……


 わたしは否定したい気持ちをこらえて、お母さんを貶める言葉を聞き続けるしかありませんでした。


 ――不貞の子とはいえ、親父の血を引いているのは確か。そこらに放り出すわけにもいかん……


 涙ぐむわたしを前に、さんざん母を罵ったグラーリオ様は、そう仰ってわたしを屋敷に迎え入れる許可をくださいました。


 すでにお父さんは亡くなっているから、戸籍上、わたしはグラーリオ様の養女になる事になりました。


 名目上はセイノーツ家のお嬢様。


 けれど、実際の生活は、お屋敷の使用人と一緒――いいえ、もっとひどい扱いでしたね……


 朝早くに起きてお屋敷の掃除を始めて、グラーリオ様やその娘――クレリアお嬢様から与えられる様々な雑事をこなしたり、他の使用人のみなさんから与えられる仕事を片付けて。


 深夜に唯一与えられる、冷めきった粗末な食事を取った後は、ただ疲れ果てて眠るだけ。


 お腹はいつもきゅうきゅう鳴いていて、疲れているのになかなか寝付けない毎日。


 それでも他に行くところなんてないから、我慢するしかありませんでした。


 なんの希望もなく、ただ流されるだけの日々。


 けれどそんな毎日に変化があったのは、十五歳になった頃。


 この国では、貴族家に籍を持つ者は、王都の学院に入学しなければならないそうで。


 形式上とはいえ、セイノーツ家の戸籍に記載されているわたしもまた、その義務を果たさなければいけないのだと、グラーリオ様は不愉快そうに仰っていました。


 同じ歳のクレリアお嬢様も、一緒に学園の寮に入る事になってひどく不機嫌そうでした。


 わたしはというと、そんなふたりの機嫌をそれ以上拗らせないようにするのに必死で、ただ黙っておふたりの言葉にうなずく事しかできませんでした。


 それでも他家への見栄もあったのか、グラーリオ様は学園の制服などは用意してくださって。


 お仕着せ以外の新しい服というのは初めてだったから、胸が高なったのを覚えています。


 ……そうして運命のあの日。


 学園の入学式の朝に、わたしはあの人に――リカルド様に出会ったのです。





 物思いに耽っていると、待合所のドアが開く音がして、冷たい風が吹き込んできました。


 わたしが顔を上げてそちらを見ると――


「――なんてこと……」


 高価そうな毛皮のコートを着込んだ、美しいご令嬢がわたしを見つけて立ち尽くしていました。


 ゆるく巻かれた艷やかな金髪は、外から来た所為でしょうか――粉雪が散らばってきらきらと美しく輝いています。


「……ロザリア様……」


 わたしがその名前を呼ぶと、彼女は顔色を真っ赤に染めてわたしの元までやってきました。


「――リーリア・セイノーツ! なんで来てしまったのです!

 わたくし、あれほど忠告しましたわよね!?」


 そして学園で出会ってからずっとそうだったように、わたしを鋭く叱責なさいました。


 ――ロザリア・フェルノード様。


 フェルノード公爵家のご息女で、リカルド様のお兄様――第一王子アンドリュー様の婚約者です。


 わたしと同じ歳の彼女は、学園ではなにかにつけてわたしを叱責なさるので……苦手な人だったりします。


「ロザリア様こそ、なぜここに?」


 尋ねるわたしに、彼女は顔を寄せて来ました。


「哀れなおまえが貶められるのを救う為です!

 ――さあ、行きますわよ!」


 と、ロザリア様はそう告げると、有無を言わせぬ剣幕でわたしの手を取って立ち上がらせました。


 そのまま手を引かれて、待合所の外へ。


 周囲の人達が何事かとわたし達に注目します。


「ロ、ロザリア様!? どこへ連れて行こうというのです!?」


 戸惑いながらも、外に出た所でわたしは彼女に訊ねました。


 待合所の入り口のすぐ前には、フェルノード公爵家の家紋の入った馬車が横付けされています。


「とりあえずは我が領へ。それからは――」


 と、そこで彼女は弾かれたように顔を巡らせて、通りの向こうに視線を向けました。


「――ちっ! 遅かったわ……」


 わたしもそちらに目を向けます。


 中心街へ続く大通りを、雪煙を蹴立てて一台の馬車がやって来ます。


 そして、その馬車の周囲を囲むように、護衛の騎馬隊の方々。


 ロザリア様はわたしの手を握り締め、短く囁きます。


「ここに至っては仕方ありませんわ。

 ――リーリア。

 良いこと? 心を強く持ちなさい。

 ……今はもう手遅れになってしまったけれど……必ずなんとかしますから……」


 そう言い残して、ロザリア様はわたしから離れました。


 彼女がなにを目的にして現れたのか、まるでわかりません。


 そうしている間にも、大通りを駆けてきた馬車は待合所の前までやって来ました。


 アルマーク王家の紋章入りの馬車です。


 護衛の一人が下馬して、馬車のドアを開くと。


「――おお、リーリア!

 待っていてくれたんだね!」


 毛皮の外套をまとったリカルド様が、そう告げて姿を現しました。


 ……ああ、来てくれた!


 突然のロザリア様の乱入に混乱と不安を覚えていた心が、再び暖かくなります。


「ええ、リカルド様! お待ちしておりました!」


 わたしは思わず彼に駆け寄ろうとして――できませんでした。


 リカルド様に続いて、彼に手を取られて馬車を降りてきた人物を見てしまったから。


「……クレリア様?」


 わたしがその名前を呼ぶと、彼女はいつもなら不快そうな表情を浮かべるのに、今日はひどく楽しげな笑みを浮かべました。


 そして……


「さあ、殿下。始めましょう?」


 そう、甘い声色でリカルド様の腕にしなだれかかって囁いたのです。


 応じるリカルド様もまた――暗い笑みを浮かべて、わたしを見つめて来ました。


 ……あの表情をわたしは知っています。


 グラーリオ様や奥様が、お屋敷でわたしをいたぶる時に、よく浮かべていた笑みです。


 ……リカルド様がそんな顔をなさるなんて……なにが起きているの?


 戸惑うわたしをよそに――


「……取り押さえろ」


 リカルド様の命令に従い、護衛の方々がわたしに詰めかけました。


「ちょっ!? なにをなさるのです!?

 ――リカルド様っ!?」


 悲鳴をあげますが、鍛えられた護衛の方々に抗うこともできず、わたしは泥に滲む雪道に跪かされます。


 騒ぎを聞きつけたのか、待合所から多くの人が出て来ました。


「――さあ、それじゃあネタばらしと行こうか。リーリア」


 そう告げて口元を歪めるリカルド様の目は――どこまでも楽しげに揺れていたのです。

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