第21話 『天才の思考 高畑勲と宮崎駿』 【本】

 正月2日、青森からの帰りの新幹線で読み始めたのは、ジブリのプロデューサーである鈴木敏夫著『天才の思考』(文春新書 2019)だ。


 『ナウシカ』から『思い出のマーニー』まで、インタビューをもとに聞き書きをしたものが一冊となっている。あくまで鈴木敏夫さんの目を借りて、どんな出来事があったのかを読むことができる一冊。


 おそらく高畑監督や宮崎監督がこれを読んだら、まったく別のストーリーが浮かび上がるのだろうな、と大いに思わせながらも楽しく、ときにうなりながら、合間合間で読んでいった。


 読み終わって最初の印象は、鈴木敏夫さんは文章の人、出版の人ということ。とにかく言葉が巧みだし、語り書きとはいえ、文字として意識した文章の書き方をしているように感じた。


 おそらく一つの出来事の中で、いろいろな人が関わり合い、複雑な過程があるはずなのだが、言語化して切り取るのがべらぼうにうまい。そしてそれがきっと映像を使いこなす監督たちの通訳であり、翻訳であり、代弁者としての役割をこなす能力の一つなんだろうなと感じた。


 逆に言うと、非常にまとめがうまいため、本当は何を考えているのかうかがい知れないところがある。実際のご本人は数回ラジオを聞いたことがある程度なので、なんともとらえどころのない人だなぁと思う一方で、客観視力が強いのかもしれない。


 そんな愉快でめちゃくちゃなおじさんたちが、一つの作品ごとにあーでもないこーでもないと深夜を問わず喧々諤々やりあうお話。


 この三人の関係は何とも言えず、うらやましさがある一方で、それぞれ奥様がいらっしゃるはずなのにほとんど出てこないという一面が、ジェネレーションギャップ的に感じるようになってきた昨今だなぁと振り返る。


 まだうまく咀嚼できていない部分もあるので一つだけ。


 ジブリ幻の企画の一つに『クローディアの秘密』の映画化の話が登場した。それを読んだ瞬間、ぜひやってほしい! と思わず声を上げてしまった(家の中)


 すでに非公開にしてしまったけれど、最初にカクヨムにアップした長編『グラン・ミュゼ』を書こうと思ったきっかけが、何を隠そうE・L・カニグズバーグの『クローディアの秘密』なのだ。


 ニューヨークのメトロポリタン美術館に、二人の姉クローディアと弟のジェイミーが家出をし、天使の像の秘密を探る、というお話。


 きっと宮﨑駿ワールドによって、メトロポリタン美術館は不思議な異世界空間になることだろう。千と千尋のような神隠し話でもあり、最後に登場するの魔女のようなフランクワイラー夫人はいったいどんな風に描かれるのか……想像しただけでワクワクするけれど、幻は幻なのだ。


 それでも、この本を読んで勇気をもらえたのは、監督たちが作品を作る年齢だろう。40代前後で監督として作品を作りだし、80歳を過ぎた今も現役で続けていられる。


 その間にあった紆余曲折や引退宣言と撤回劇は、一度やめてもまたやりたくなったらやっていいんだと思わせてくれる。


 何度も何度もぶつかって、何度も何度も挫折しながらも、それでも作品を作り続けた偉大な先人たちに、自分の今の年齢を言い訳にして「やらない」理由にはならないなと思わせられた。


 それにしても鈴木さん、もしかして朝ドラ化狙ってますか? と何度か読みながら思ったものだ。まだ読んでいない記録の中に、奥様やご家族が登場する日がどこかで来るといいなと、なんとなーく思っている。

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