嫉妬と独占と依存についての調査記録

ニシマ アキト

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 学科の中に一人、目障りな女がいる。昔から私がわざわざ関心を持って目障りだと認識するような人間はリョウにやたらと付きまとう人物に他ならず、この学科内でいうならあの根尾とかいう女以外にはあり得ない。

 四限が終わってこれから大学を出る人も多いのか、講義室内はややざわついていた。入学式から一か月しか過ぎていないこの時期、同級生の間には互いを探り合う雰囲気が少なからず残っている。そんな空気の中で、一人でリョウという異性に話しかけに行く根尾は異端だと言える。少なくとも私よりは。

「ナツキ~? 帰らないの?」

 根尾に声をかけられて微笑みを返すリョウに思わず舌打ちが漏れそうになる。あの優しい笑みがただの愛想笑いだとは私もわかっている。私がこんなにも苛立つのはきっと、その相手が根尾だからだ。

 根尾には現時点で友達といえる存在がいないように見える。強いて言うならリョウが友達なのかもしれないけど、同性の友達は一人もいないだろう。私は未だに、根尾が同性の人間と話しているところを見たことがない。

「ねぇナツキ、この後さ、みんなでスタバでも行こ〜って話になってんだけどさ」

 根尾はリョウ以外の人間に対して異常に愛想が悪い。リョウ以外の前で笑顔を見せたことは一度だってないし、リョウ以外に声をかけられても腑抜けた生返事しか返さない。この前の基礎セミナーのグループワークでも、一人だけずっと俯いて一切何も発言しなかったらしい。そんな陰気な性格をしているくせに、根尾は学科内で間違いなく一番オシャレだった。身長が高いからなのか何なのか、いつも白か黒の色合いしか着ないのにそれが妙に様になっている。この前ふと根尾がその長い髪をかきあげたとき、耳にギラギラ光る銀色のピアスが幾つも付いているのが見えて、私としたことが少したじろいでしまった。

 年齢すら正確にはわからないような謎の女である根尾が、なぜかリョウの前でだけは愛想よく笑顔を見せる。よりにもよってあのリョウにだけは心を開く根尾が薄気味悪いのはもちろん、それについて何の違和感も持たずに普通に根尾に接しているリョウも何だか気味が悪い。だから私はいつも、あの二人が話しているところを見ると非常に苛立ってしまう。

「ねぇ、ナツキはどうすんの?」

「へっ、な、何が?」

 気が付いて声のほうを向くと、ほんのり茶髪の量産型っぽい女子が二人、私の顔を覗き込むようにして立っていた。名前は、えーっと……たぶん左のほうが木村か木野とかで、右のほうが田端か田口か、そんな感じだった気がする。下の名前は全く見当もつかない。

「ナツキはこの後スタバ行く?」

「あー……私この後バイトあるから、ちょっと無理かも。ごめんね」

 私が嘘を言うと、彼女たちは薄く笑って「わかった。じゃあまた今度ね」と小さく手を振って、二人とも笑顔で何かを話しながら講義室を出て行った。あの子たちと私の三人は、入学前のオリエンテーションのときにたまたま席が近かったことでなんとなく話すようになった仲なのだけど、最近は私を抜いた二人で行動していることが多いように思える。たぶん、私は基本的にリョウ以外の人間に興味がないということが気付かぬうちに少しずつ露呈してしまっていたのだろう。私も根尾の交友関係をとやかく言える立場じゃないのかもしれない。

 と、あの二人に目がいっているうちに、リョウと根尾が講義室から消えていた。急いで荷物をまとめて講義室を出たが、廊下にあの二人の姿はなかった。エスカレーターを一階まで駆け下りて校舎の外に出たが、校舎間を移動する学生の波に紛れて、二人がどこにいるのかよくわからない。この大学はキャンパスの敷地面積に比べて学生数が多すぎるんだ。とりあえず校門を抜けて道路に出たが、大学から駅へと向かう大量の学生が緩やかな列をなしていて、根尾とリョウの姿を見分けることはできなかった。

 リョウに電話をかけようかと逡巡したが、やめておいた。根尾がリョウのことをどう思っているのかは知らないが、リョウが根尾をどう思っているのかはおおよそ把握できている。だからきっと大丈夫だ。

 私は私とリョウの繋がりを信じている。

 これまでも大丈夫だったのだから、これからも大丈夫だ。

 今回だって、私はきっと上手くやれる。

 今まで何度もやってきたことだ。最後まで気を抜かずにいれば、下手なミスはしない。

 このときの私はそう思って、根尾と二人で消えていったリョウを放っておいた。根尾とリョウの関係を何とかする目処はもう立っていたし、計画通りに遂行すれば万事うまくいくと信じていた。

 翌日、あんなイレギュラーが起こるとは知らなかったから。

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