第50話 竜の吐息

「いやはや、まさかこうなるとはなボーガン。言ったことに嘘はなかったつもりだが」


王都と北を分かつミツクロニアとベルナイク。

その二つの山の境にあるのは、拡幅されてなお幅三十間に満たない空間であった。

道として通るには易く、しかし狭いところでは十間ほどの隘路となる。

無論そんな道はどこにでもある。いやむしろ、道としては非常に広いといえるだろう。

だが問題は、この道には迂回路が存在しないことだった。


左右のミツクロニアとベルナイクは急峻な山であり、高さもある。

迂回するには遥か東か西を目指さねばならぬ以上、北を目指すならばここを通るしかない。

そして単に通るだけならば広い道であっても、切り立った崖に挟まれ幅の狭いこの空間は軍の行動を著しく阻害し、小勢をもって大勢を防ぐに容易な天然の要害となる。


数百年前北方の蛮族と争っていた頃、ここはその最重要拠点であった。

北方を平定した後は交通の要所として単なる街道の一つと化してはいたが、こうして戦端が開かれた今、かつての姿を取り戻していた。


幾万の血肉を食み、貪り、その踏みならされた大地は赤く染まる。

悲鳴と死のみがもたらされ、幾多の英雄を呑み込んだ。

それは街を焼き、国を滅ぼし、天災が如き死をもたらす古の竜が如く。


――ここは竜の顎。そしてその牙の内側にあると呼ばれていた。


「流石は精強なるクリシュタンド。兵の質ではいくらか分が悪い。二万と三万で始まった戦いであるが、そう楽観視はできぬものだ」


初戦を終え、血と死体、そして夕暮れで赤く染まる道の上。


そんな竜の顎にあって笑うは、黒馬に騎乗し赤きマントをたなびかせ、金の優美な装飾を施された黒鉄の鎧を着込んだ美青年。

声は明瞭、涼やかで、しかしどこか覇気がある。

王族、絶対者としての資質に恵まれた男は、ただ言葉を発するだけでその存在を周囲の全てに認識させる。


王国東部を拡張、帝国の一部を征服した際には、黒甲冑を身につけその最前線で長大な大戦斧を振るい、王族である自らが無数の首級を挙げた。

その武勇の凄まじさは敵味方問わず恐れられ、それ故、戦場にある彼は一言こう呼ばれる。

――黒獅子、と。


ギルダンスタイン=カルナロス=ヴェル=サーカリネア=アルベラン。

紛れもなく、戦乱の世にあれば英傑と名を残すこの男は堂々と、戦場の中央にあった。


対面にあるのは稀代の名将、ボーガン=アルガリッテ=ヴェズリネア=クリシュタンド。

質実剛健、華美さのない鋼の鎧にある無数の傷痕は武勲を示す。

前線の地獄から生き残り、敵の、そして配下の命を喰らい、その身と頭脳一つで将軍まで駆け上がった英雄はそんな相手に欠片の萎縮も見せてはいない。


「無益な血だ。お前の好むところではあるまいボーガン。そんなお前に俺が告げる言葉は一つ」


ギルダンスタインはただ当然のように告げる。

彼は王族、絶対者。

王国にある全てを支配するものであった。


「――俺に降れ、だ。悪いようにはせん、この無礼も面白い余興と見てやろう」


言葉は訂正しない。

ボーガンへ先日語った言葉に嘘はなく、そして今もそうであるとギルダンスタインは言外に語る。


「もはやできぬ相談です、王弟殿下。事ここに至れば、もはや血を流した決着の他ありますまい」

「だが俺が兄上を殺したとも思っていないのだろう? あれはお前が守るクレシェンタの仕業だ。それを引き渡せばそれで良い」


寛大に過ぎる言葉で、譲歩であった。


「流石に、俺もここまでやるとは思ってなくてな。これまで上手くやってきたクレシェンタらしくはない。お前のところの養女と何かがあったか――」


ボーガンは首を振る。


「私を高く買って下さること、とても嬉しく思います。少なくとも、戦場にある王弟殿下は私の尊敬する将軍でありましたから」


嘘はない。

ギルダンスタインの戦場での手腕は見事なもので、そして自ら前線で刃を振るう姿は頼もしいものであった。

人殺しを好むことは平時においては悪癖でしかないが、戦場においてはそういうもの。

将軍としてのギルダンスタインの評価は高く、その振る舞いは尊敬に値すると思う。


「ですが私は既に王女殿下の刃。仮にこの場で降ったとて、王弟殿下の望む将軍クリシュタンドは手に入ることはないでしょう。信用と信頼を失った将軍など、価値はありません。……王女殿下の剣として私は剣を取り、こうしてあなたと対面した。ならば、もはや言葉ではなく刃を持って決着を決めねばなりますまい。王弟殿下であればおわかりでしょう?」

「くく、確かに。骨の抜けたお前はいらん」


おかしそうにギルダンスタインは言い、ボーガンを見据えた。


「では、この場で刃を持って勝敗を決めるというのはどうか、ボーガン」

「ご冗談を。私では王弟殿下に敵いますまい」

「そうか、残念だ。お前を失う前に、一度刃を合わせてみたかったものだが」


ギルダンスタインはそう言って、馬を操り背を向ける。


「これはお前の選んだ道だ。恨んではくれるなよ?」

「無論、戦場での死は戦士の誉れ。どのような結果に至ろうと恨むことなどありません。そしてそれは、互いに同じことでありましょう」

「そうか。武運は祈ろう。……少なくともお前は、それに足る武人であった」

「……ありがたく」






それからは激戦であった。

中央での戦いに勝利するため、道幅狭まる竜の顎――その僅か一里に満たない中央部をどちらも奪い合う。

その隘路を奪い安定化させれば、後は押しの一手で兵力を投入することが出来る。

竜の顎は両端に進むほど道幅が広くなるからだ。


とはいえ、それが竜の顎と呼ばれる所以。

道幅が広くなると言うことは、押し込まれている側の兵力優位が形成されると言うこと。

敵地に斬り込めば斬り込むほどに、加速度的に被害が甚大なものとなる。

しかしどちらもそうしなければならない理由があった。


クリシュタンドは北部に比べれば潤沢な人的資源を持つ中央、ギルダンスタインの兵力が増すことを恐れる。

ギルダンスタインもまた、王都を空けている以上その様子を知ることは出来ず、王都にある貴族達が王女派に傾くことを恐れた。

ギルダンスタインは自身の派閥にある貴族達を引き抜いて、配下として運用している。

当然、王都の貴族は王女派が優勢となっており、元々劣勢にあったギルダンスタインは軍事統帥権という武力を持つとは言え、時間を掛けて良いものではない。

どう転ぶか分からないのが現状で、不確定要素が大きすぎるのだ。


そして東にはノーザン=ヴェルライヒ――元クリシュタンド第一軍団長がいる。

明らかな敵となるそちらにも構えを見せ、兵力を残しておかねばならない。


西のヒルキントス、南のガーカがどちらに転ぶかはお互いに分からず、彼等が結論をつける前に始末をつけてしまいたい。

それはボーガンとギルダンスタイン両名の考えとして一致する。


だが当然、二人共にこの戦いが単純な押し合いで決まるとは思っていなかった。

彼等は互いに互いを認め、その実力を高く評価していたのだ。


険しい山へと兵力を浸透させ、その中でも知略の刃を交える。

各級指揮官の質で勝るクリシュタンド。一度は相手の喉元までボーガンの刃は差し迫ったが、ギルダンスタイン自らが迂回部隊を撃滅し、頓挫させた。

そして次には王弟自らが山中突破を仕掛け、クリシュタンドは一時窮地に追いやられてもいる。


ギルダンスタインは兵の質、指揮官の質で劣るを知るが故に、自らを駒とした。

居場所を明かさず、影武者を立て、縦横無尽に動き回る。

才覚恵まれ果断に富んだギルダンスタインはやはり強敵。


ここに来て凡そ二ヶ月近く。

そうして戦いは山が赤く色づいても、決着が付くこともなく続いていた。

セレネが逐次補充兵として予備役の人員を送り込んでいたし、ギルダンスタイン側も同様。削り取れば補充されてを繰り返し、どの攻撃も決定打にはならない。


しかしここに来て、クリシュタンドの兵を沸き立たせる存在が現れた。


太陽は天高く。

赤く煌めく金の髪と、戦場にあっては異様な、白の優美なドレス。

微笑を浮かべた顔は慈愛に満ちた聖女であり、そして左右の兵士を眺めるように視線をやる。

甲冑姿の金と銀、クリシュタンドの美姫二人を左右に連れた様はまるで絵物語の風景であり、そして背後に連れた数千の兵士は行軍縦列ではなく横列を組み、彼女らを讃えるように整然たる行進を見せていた。

野営地から少し離れたところで兵士達と分かれ、二人の美姫と二人の侍女だけを連れて野営地の門へと近づいてくる。


繰り返される命がけの戦い。

その中で疲弊したものの中には涙を見せるものもあった。

誰とも言わず膝を突き、そしてその中から馬を走らせるものの姿。


ボーガンは王女の前まで駆けると、馬を下りて膝を突き、頭を垂れる。


「出迎えご苦労。クリシュタンド将軍、頭を上げてくださいまし」

「……は」


ボーガンは堂々と立ち上がり、胸に手を当て敬礼を行なう姿勢を保った。


「あなた方の奮戦は聞き及んでおりますわ。周りの方も立って下さいませ。何も王族に対する敬意を見るために来たのではありません」


兵達は顔を見合わせ、一人一人と立ち上がりボーガンへ倣う。

透き通った声はどこか甘く、耳の内側へと纏わり付くようであった。


「目的を同じとするわたくしの同胞と、轡を並べるためにきたのですから」


斜め後ろにいたセレネは前に出て、剣を引き抜き天に向ける。

その瞬間、背後にあった兵士達に対しクリシェもまた直剣を引き抜いた。

横列を組んだ兵士達は一斉に剣を引き抜き、無数の金属音を響かせ――割れんばかりの歓声を響かせる。


地響きすら起きんばかりの空気の振動。

それは野営地にいた兵士達をも巻き込み、意図的な狂熱に誘い――竜の顎を震わせた。






一種のパフォーマンスであった。

わざわざ手前から横列を組み、見栄えを良くし、決められた合図と動作で歓声。

馬車ではなく馬を選んだのも演出の一環で、こうすることで王女自らがその場にいる兵士達と同じ立場であるという言葉に説得力を持たせるため。

わざと権威を放り出すことで、距離感を縮めたのだった。


普段王族はほとんど民衆の前に顔を見せることがない。

平民がそのかんばせを覗き見ることすら畏れ多いとされ、顔はベールで覆い隠すのが普通であったが、今回は士気高揚を目的に兵士達へと素顔を見せていた。

クレシェンタは美しく、そうすることのメリットは大きい。

先日行なったボーガンの演説の際も同様であったが、美しき王女のために戦うという意味づけはいくつもの英雄譚に描かれるだけあり、兵士たちにも受け入れやすい目的となる。

砦でもベールなどを着けていないのはそうした理由から来ている。


二ヶ月に及ぶ戦いで疲弊を見せる兵士達の士気回復を目的としたこの催しは、先日からボーガンとセレネが書状でやりとりをし、決めたものだった。

セレネは横列の前列に見栄えがよくなるよう優秀な兵士を固めていたし、ボーガンは気の利く下士官に王女が来ることを伝えていた。

統制された熱狂はそれを知らぬ兵士達に十分な成果をあげたといえる。


「……やっとすっきりです。重たいので甲冑は嫌いです」


与えられた天幕について早々着慣れない鎧をベリーに脱がせてもらったクリシェは、左腰の直剣を外して後ろ腰にいつもの曲剣を身につけた。

そしてベリーに頭を撫でられると、ほんの少し顔を突き出す。

ベリーは静かに唇を重ねて、微笑む。


「ふふ、じゃあ行きましょうか」

「……はい」


そして表に出てボーガンの天幕に入れば、各軍団長の姿が既にそこにあった。


少し遅れて椅子に座ると、ベリーはそんな彼女に甘ったるい紅茶を淹れてやる。

斜め後ろから寄り添うように紅茶を注ぐベリーの姿は美しく、蜂蜜とミルクを注ぐ姿は淡々としながらも愛情に満ちていた。

クリシェが礼を言うと、ほんの少しの微笑みを見せ、それを終えるとクリシェの右後ろに姿勢を正して立ち目を伏せる。


そんな彼女の所作は鮮やかで美しく、集まった理由も忘れて彼女に目をやるものもいた。

先日から明らかに雰囲気が変わったようなベリーの姿にクレシェンタは内心不満が渦巻いていたが、何も言わない。王女として振る舞う必要があったからだった。


このところベリーはクリシェのキスに対して慌てなくなったどころか、嬉しそうに微笑みを見せるのだ。むしろクリシェがそうしたくなるよう頬をなでたり顔を近づけたり目を見つめたりと、クリシェがキスしたがるように仕向けているようにすら見える。

元々甘かったのが甘々になった。クリシェはそんなベリーに喜んで、余計にキス魔と甘えが悪化していた。餌を前にすると尻尾を振って飛びつく犬が如しである。


クリシェを見た後クレシェンタは不機嫌を押し隠し、アーネが淹れた熱々の紅茶を思慮深げにスプーンで掻き回しつつ黙り込んでいた。

善意の嫌がらせと言うべき熱々の紅茶であった。クレシェンタは極度の猫舌である。

思慮深げな風を装いながら紅茶を冷ましているだけだった。


セレネはクレシェンタの様子におかしさが込み上げてしまいそうになったが、それを堪える。

彼女もベリーがクリシェに更に甘くなったことには気付いていたが、今更である。

気にはなっているものの、変な噂にならなければそれで良い。


クリシェが揃ったことで、誰もがボーガンに視線をやる。

主立った人間はここに集まっていた。

既にそれぞれクレシェンタへの挨拶も終えている。


「揃ったようだ。会議を始めよう。――王女殿下に」


定型通り、ボーガンは立ち上がり、他の者もそれに倣う。

そして胸に手を当て敬礼を行ない、クレシェンタは座ったまま会釈する。


「どうぞ、座ってくださいまし」

「は」


こうした会議に王族が同席する際は多少の作法があるのだった。


「この場の最上位者はクリシュタンド将軍。全て、任せます。話して下さいませ」


全員が着席したところで、ボーガンにクレシェンタが告げる。

軍の階級と貴族の階級というのは少しややこしい。

そのため特に王族が同席する場合には王族が指揮を執るのでない限り、こうして全ての権限を預けてもらうのが習わしであった。

王族を差し置いて勝手に今後のことを話し合うというのは無礼にあたるし、仮に王族がそれに意見を出した場合、どれほど荒唐無稽な内容であっても否と言えなくなってしまう。

王族とは絶対的なものであり、貴族はそれに従うことを求められる存在であるためだ。


そのため王族には一度権限をその場の指揮官に委ねてもらう必要があり、こうすることによってはじめて指揮官が状況を判断し、王族の意見であっても退ける力を持つが出来る。

軍が軍という組織として機能するために必要な手順であった。


「は。まずは第二軍団長から現状の報告を」

「はい。第二軍団、戦闘可能な現在員は3800名。復帰可能者は200名ほどの見込みです。補給滞りなく士気旺盛。以上です」


勇壮なる大男、コルキス=アーグランドが答えた。

流石に王女の手前、いつもより多少声の大きさは絞っている。

中央で戦う第二軍団は軍団長コルキスの勇戦もあり、常に敵に大きな出血を強いている。

損耗はあるものの、相手に与える損耗も大きく、比較的優勢と言えた。


「第三軍団、戦闘可能兵員は2800名。復帰可能者は100名。補給は滞りなく、ですが士気は先日から持ち直しておるとは言いがたいですな」


鷲鼻で骨張った、どことなくダグラに似た男、第三軍団長テリウス=メルキコスは告げる。

先日ギルダンスタインの突破を受けた第三軍団は損耗が激しい。

ボーガンの増援との連携により突破を頓挫せしめたのは良いが、ギルダンスタインの猛烈な攻めに士気をくじかれているものがいくらかあった。


「第四軍団、戦闘可能兵員は4300名。復帰可能者は……100名足らずでしょう。補給は問題なく、士気もいつも通り、ですが少し疲れが見えますね」


病的な痩身。骨のような男はエルーガ=ファレン。

自ら剣を振るい兵を鼓舞する性質の男ではないが、クリシュタンド軍の中でも特に戦術指揮に優れる知将であった。

ギルダンスタイン自らの反撃によって時間を食い、撤退を余儀なくされたものの、一度は夜襲によりギルダンスタインの喉元にまで迫っている。

そのため損耗も少なく兵の士気は高いが、第四軍団には多少の疲労があった。


「本陣は1500。損耗はない。セレネ」

「はい。連れてきた人員は8500名。内2000は猟師を中心とした弓兵ですわ」

「ほう、2000も」


第三軍団長テリウスが感心したように頷く。


「村落にも募兵の通達に行かせたのが良かったのでしょう。騎乗可能な人員は訓練不足のため、文に書いたとおり置いてきています」

「ああ、それでいい」


隊列を組み比較的単純な動きを行なう歩兵と違って、騎兵は求められる能力が全く違う。

高価でコストの嵩む馬を使う以上それに見合った能力が必要で、そうした要求は高々一月程度の訓練では満たせない。

特に竜の顎での戦いは騎兵が活きる場所でなかったため、特に問題はなかった。


「弓兵はいくらか第三軍団に頂きたい。損耗しておりますゆえ」

「ああ、わかった。割り振りは後で行なおう」


ボーガンはそう言って、テーブルの上にある地図を差す。

竜の顎周辺を描いたものだった。

逸話に多く残るだけあって、地図自体の数も多く、質も良いものが多い。


「西のミツクロニアには第三軍団、東のベルナイクには第四軍団が布陣。共に山の尾根にある砦跡を修復、占領している。中央は第二軍団、こちらは隘路で睨み合いの最中。全体としてみれば優勢と言えるだろう。集まってもらったのはここからの戦術展開についてだ」


ボーガンは腕を組み、目頭を揉んだ。

敵を正面にし、押して押されて二ヶ月近く。

当然ながらボーガンにも疲労は大きい。


「王弟殿下は慎重に事を進めている。引くべき所は引き、兵力を温存させ、こちらを削り取るつもりだろう。我慢比べ……だが、時間は敵に利するところが大きい」


時間を掛ければ不確定要素――周りがどう動くかも分からない。

それは向こうもこちらも同じであったが、純粋に人口が違うことは大きい。

王都圏の方が徴兵する余裕が多く残されていることは確かであった。


「決定的戦果を挙げたい。目的の第一は王弟殿下だが、それに次ぐ第二は竜の顎の完全制圧。王都圏の平野における決戦であればこちらが優位に立てると私は考える。この際は第二に絞ったもので良い。意見はあるか?」


第一、第二。

戦場において目的は統一すべきであり、優先順位が必ず必要となる。

二つの目的が同時に存在すれば、それは戦場に必ず混乱を生むからだ。

そしてその混乱は軍を分裂させ、各個撃破される状況を作り出してしまう。

そのためクリシュタンドにおいて目的の優先順位は常に明確にするよう定められていた。


ギルダンスタインを討つことは当然、それ自体がこの内戦を終わらせる最重要目的となるが、この状況では難度が高い。

現状でそれが困難であるとされるなら、それが容易となる状況を作り出すことを優先させ、一時的に段階を踏み第一目的よりも別の目的を優先させる。

目的を絞る、ということはそういうことであった。


「はい、第二目的のみを考えるなら意見があります。ご当主様」


そして、答えたのはクリシェであった。

誰もが頭を捻っていた難題。

それに対し、あっさりと宣言したクリシェにどよめきが走る。


「……聞かせてくれ」


ボーガンも息を飲み、しかし、胸の内を安堵と期待が渦巻いた。

第一軍団の再編も当然、ボーガンの期待し待ち望んでいたものであった。

実戦に耐えうる増援をボーガンに供給し、その傍ら8500もの兵士を掻き集めたセレネは十分過ぎる活躍を見せており、その手腕には父親ながら舌を巻く。

だがそれ以上にボーガンが期待していたのは目の前にいる、銀髪の幼い少女であった。


サルシェンカを振り回した彼女の戦略。

先日の記憶はまだ新しく、そして彼女であればこの状況に決定的な結果を生み出すことが出来るのではないか、そうボーガンは考えていた。


「明後日、総攻撃を掛けましょう」

「総攻撃?」

「はい。第三軍団は明日山を下りて撤退――東のベルナイクを使います」

「……撤退。山を明け渡すと?」


そうです、とクリシェは頷く。

別に、今考えたわけではなかった。

先日王都へ向かう途中、馬車でここを通った際に簡単に考えていたことだ。

自分が竜の顎を攻略するならばどうするか。


甘ったるい紅茶に口付け、喉を潤し――


「その通りです。……敵に明け渡して、山ごと燃やしてしまえばいいんです」


――そして童女のような微笑を浮かべ、そう言った。

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