第48話 歪み

――城砦を包む噂話。


「違いますよ、クレシェンタ。こうです、こう」

「……こうですの?」

「そうです。上手です」

「……えへへ」


しかしこの厨房はそうした不穏な空気とはやはり無縁である。

ベリーにべったりなクリシェに不満を覚えたクレシェンタが「わたくしもお料理がしてみたいですわ」といった事が切っ掛けで、三人で料理を作っていた。

クリシェはクレシェンタの頭を撫でつつ優しく教え、微笑ましい光景をベリーは眺める。


クリシェとクレシェンタの関係を積極的に隠すようなこともなかった。

セレネがそのように判断したのだ。

忌み子、という言葉の広まりは大きく、クリシェが王家縁の者であることはもはや隠すまでもない。むしろそれを隠すことによって無用な疑いを掛けられることを避けたかった。

そうした言葉に対してはむしろ、こちらは堂々としているほうが良い。


ボーガンとはそのことに関して以前にそうした話をしており、それに踏み切ることにしたのは先日のこと。

セレネがクレシェンタがどのような人間であるかを自ら確認し、一定の信用を持ったからであった。


クリシェと同様、クレシェンタは精神的には幼く、純粋である。

むしろ積極的に兵士達には無邪気なところを見せてやるのがよく、奥へ閉じ籠もらせているよりは、いくらか表に出しておいたほうがマシではある。

特にクレシェンタは異常性を隠すことに長けているため、そうすることへのデメリットも少なかった。


「クレシェンタはセレネより上手ですね」

「当然ですわ。すぐにアルガン様に追いついて見せますから」

「ん……ベリーはクリシェよりお料理上手ですから、まずはクリシェより上手にならないといけませんね」

「え……? そうなんですの?」

「はい」


ベリーは苦笑して、そんなことはありませんよと答える。


「単に経験の差ですよ。同じものを作ればクリシェ様はわたしと変わらないものを作れるんですから。引き出しの数が少し違うだけです」

「クリシェにその引き出しはないですし、やっぱりベリーの方が上手です。色んなものを組み合わせてクリシェが想像も出来ないお料理を作るんですから」


嬉しそうに、花が綻ぶような笑顔を見せながらクリシェはベリーに擦り寄る。

あらまぁ、などと微笑みながら、ベリーはそんなクリシェの頭を撫でた。

クレシェンタは不満げにベリーを睨む。


「お、お料理の途中ですわ。アルガン様、おねえさまの邪魔をしないで下さいまし」

「邪魔だなんて。クリシェ様の頭を撫でて差し上げてるだけですよ」

「わたくしは教えてもらわないとどうしたらいいのかわからないんですから、おねえさまを取らないでくださいませ」

「クリシェはなでなでされながらでも大丈夫です。でも、クレシェンタがそういうなら、お料理中はクレシェンタになでなでしないことにしますね」

「そ、そういうことじゃ……」

「ふふ、クリシェ様駄目ですよ、そんなこと言っては。クレシェンタ様、次はトマトを角切りにして下さいますか?」

「うぅ……」



そんな三人を見る無数の瞳。

料理班は今日も無駄のない無駄な仕事を行ないながら彼女達を見ていた。


銀色の髪の妖精、クリシェ。

赤毛の聖女、ベリー。

そこに加わるは気高く尊き王女クレシェンタであった。


十二歳となる姫君はクリシェよりも更に幼く、気品がありながらも童女の可憐さを残す。

光の加減で赤く煌めく金の髪、凜々しい眉と宝石のような紫の瞳。

同じ王家の血を引くとされるクリシェとは、まさに瓜二つの整った顔はやはり妖精の如くで、クリシェと比べ表情豊かなこともあり、彼女は大輪の花であった。

クリシェの静謐な美貌と比べれば動。

ひっそりと慎ましく咲くクリシェと、溢れんばかりの輝きを見せるクレシェンタ――そしてそんな二人を照らすのはベリーと言う名の月である。


クリシェとベリー。

そこにクレシェンタが加われば男むさい厨房はまるで幻想的な月夜の高原のように映る。

彼女らの美しさは足し算ではなく掛け算なのだと、男たちは胸を震わせた。


決して手を伸ばせはしない絵画世界。

しかしそれゆえに溢れんばかりの美がそこに存在していた。


「今日は何を作るんですか? お魚もありますけれど……」

「今日はベーコンを使ったピザと、このお魚、ピルカーナで塩窯焼き。スープもトマトベースのものにしてしまいましょうか」


ピルカーナは近くで取れる川魚であった。

この時期は脂がのり美味であるが、やや生臭く下手に調理をするとその臭みが残って駄目になる。


「塩窯焼き……」

「塩と卵白を混ぜたものでお魚を包んでしまうんです。臭みは塩に逃げますし、おいしさがぎゅっと閉じ込められてとても良いものになるんですよ」

「おお……」


クリシェは感心しつつ、クレシェンタは何やら悔しそうにベリーを睨む。

クレシェンタは二人の料理談義について行けていないのだった。


「あ、うっかりしてましたね。そうです、卵を忘れてました」


――再び、厨房に緊張が走る。


しかしやはり、いち早く動き出したのは料理班長ザルバック。

厨房の王にして神。ザルバックは塩窯焼きという言葉にいち早く動き出していた。


『今日はベーコンを使ったピザと、このお魚、ピルカーナで塩窯焼――』


ピルカーナを見たとき、ザルバックは半信半疑であった。

ザルバックは後にこう述懐する――


『ピルカーナを見たとき、単なる塩焼き、もしくは煮るか、その辺りだと考えた。だが、あのベリー様は侮れん。これまでの高度な料理技術から察するに、更に一歩上に行くのではないかとな。俺ですら作ったことはない、が、何を使うのかは知っている。その場には卵がおかれておらず、俺は静かに卵置き場へと間合いを詰めていた――』


かつては宮廷料理人を目指し、王都で修行したこともある。

身内の不幸が重なり、実家へ戻ることにならなければ、そのまま修行を続け少なくともどこかの貴族のところで料理を振るっていただろう。

そんなザルバックだからこそ、気付けた。動けた。


ザルバックはそうして、誰より早い一歩を踏み出していた。

ボーガンが迅雷の将軍であるならば、ザルバックは迅雷の料理長。

予測されるあらゆる可能性から正解を見いだし、果断に動いた。


誰もこれには敵うまい。

にやり、と笑うザルバックの耳に届くのは一つの足音。

咄嗟に振り返れば、そこにいたのは不敵を浮かべた青年、カートであった。

その手には卵の籠。

そして背後には無数の食材が整然と並べられたワゴンがあった。


――青年カートは先手を譲ることを決めていた。

ザルバックはこの世界の王。そしてここは庭。

ザルバックはこの世界のことを知り尽くしていた。


あれから幾多の戦いを繰り広げた結果、それは確信となっている。

であれば、どうすれば良いか。

そんなことは決まり切っている。


自分がこの世界に、新たな秩序と箱庭を設けてやればいいのだ。


三人の美しい乙女を見ながらカートが行なったのは食材の在庫整理であった。

肉に野菜、魚まで、余った食材を計算し、正確に数値を割り出す――振りをして食材を集積、彼のワゴンという小世界へと集積した。

彼女らに不足が出ればどのような要望にも応えられるように。


まるで神に弓を引く神話の戦士の如し。

彼は後に述懐する。


『狙った? まさか、職務の一環さ。在庫整理を下の者に毎日やらせるというのは僕の美学に反してね。たまにはこうしてその仕事を代行してやろうと思ったのさ。上に立つ身としてやはり基本となる作業をおろそかにしてはいけないからね。ま、偶然その時、ベリー様が卵をと仰ったから卵の近くにいた僕が――』


才能溢れるカートは配食にあってもやはり優秀――


不敵を浮かべたカートを、まるで子を殺された親のような顔つきでザルバックは睨み、笑う。


――こしゃくな真似をする、若造。

――くく、足腰の悪くなってきた老人はそこでお休みください。


ザルバックはカートに目をやりつつ考えた。

彼我の差はやはり三歩。

転倒に見せかけた速歩で詰められるのは精々二歩。


であれば、カートの動きを止めるのみ。

そう考えたザルバックは秘策に出る。


「おっと」


――何もない場所でつまずいて見せたのだった。

一瞬の前傾姿勢と跳躍。

カートは眉をひそめた。

彼もまた、老人の卑劣な手段に対し対策は取っている。

そのために今日は三歩の差をつけたのだ。


何をするつもりだ――そう考えるカートに向かって飛んできたのはトレイであった。

円盤状のトレイが回転し、カートの持つ卵を目掛けて飛来する。


そう、ザルバックは転倒に見せかけ、机の上にあったトレイをカートに向かって正確に投擲していたのだ。

カートの目に浮かぶは驚愕だった。

そこまでやるかという感情が見て取れた。


――しかしカートは一流を自負する男。

咄嗟にそれを片腕で音も無く受け取る。


ザルバックはカートの視線を気にせず、転倒しかけた先に『偶然存在していた卵』の籠へと手を伸ばし、掴んだ。

ザルバックにあったのはカートへの信頼である。

カートは一流。そう評価するザルバックはこの程度の攻撃で食材を無駄にすることなどあり得ない。必ず防いでみせると見て取っていた。

予想通りカートはザルバックの遠隔攻撃を音も無く凌ぎ、卵を死守した。


しかし同時にその一瞬で、カートは一歩というザルバックへのアドバンテージを失ったのだ。


不敵を顔に浮かべたザルバックを、カートはまるで父親を殺された息子のような顔で睨み、笑う。


――この糞爺、俺じゃなかったらどうなっていたと思ってやがる。

――ふん、ガキだな。お前だからこそ受けられると思ったんだよ、わしは。


二人の勝負は拮抗し、割って入れない他の者は固唾を飲んで見守るしかなかった。

二人の長の対決。

もはやそれは聖戦だった。


だが、その決着は再び、更なる強者の存在によって阻まれる。


「お、お任せ下さい! わたしが卵を持って来ます!」


バタバタと暗黙の了解を打ち破り、空気も読まず小走りに踏み込んだのは七色の欠点を持つ女――アーネである。

突如現れた伏兵はやはり、ずっと入り口で待機していた。

三人の楽しげな様子を邪魔してはならない、しかし必要なときにはすぐにお手伝いしなくては。

そうしてアーネは、機を見て盛大に飛び出したのだ。


無計画に飛び出したアーネは周囲を見渡し卵を探し、ザルバックの持つ籠を見る。


「あ、わざわざありがとうございます。頂きますね」

「な……」


アーネは籠をザルバックからもぎ取ると、ぱたぱたと駆け――


「うぇっ!?」


――足を引っかけ盛大に転倒しかける。


「っ!」


誰より早く動いたのはクリシェであった。

咄嗟に跳躍し宙を舞う籠を掴み、散らばりかけた卵を瞬時に押さえた。

くるりと宙で体を捻り、猫のようにしなやかな着地を見せると、ベリーが拍手をし、この女わざとであるまいかと呆然と考え込んでいたクレシェンタが慌てたようにそれに倣う。


「流石ですわおねえさま」

「お見事でしたクリシェ様。アーネ様、大丈夫ですか?」

「は、はい……大丈夫です」

「……卵は全然大丈夫じゃなかったです」

「ひっ」

「く、クリシェ様……」


クレシェンタはため息をついてアーネを見る。


「この子、わたくしのところにいるときもこんなこと繰り返してますのよ、全く。アルガン様、どうにかしてくださいまし」

「駄目ですよ、ベリーは忙しいんですから。クレシェンタが一番暇だと思いますけれど」

「わ、わたくしだって今はちゃんと、セレネ様のお手伝いしてますわ。それにおねえさま、わたくし王女ですのよ?」

「王女ならなおさら使用人が必要です。なのでアーネです。ベリーはクリシェのお世話で忙しいんですから」

「まぁまぁお二人とも……あ、あまり責めるとアーネ様がおかわいそうです。一生懸命やろうとしてちょっと失敗しただけですから」


困ったようにベリーが抑える。

二人から押し付け合いの対象となったアーネはすみません、すみませんといつものように繰り返した。


「…………」

「…………」


そして、男たちは未だ固まったままのザルバックとカートを見て、憐憫の目を向けた。






そうして、食事を作り、五人で夕食を済ませ、向かうは部屋である。

城砦の中央にある指令所の一階、二階には執務室他、実務に使われる部屋があり、三階に上がれば砦の機能を果たす胸壁がある広間になる。

ここからは四方に木製の橋が掛けられ、城壁内側にある小さな城壁の角、四つの塔に繋がっている。

ベルガーシュ城砦はもともとこの内側の城壁のみであったらしく、外の重厚な城壁による二重構造は後から増築されたもの。

とはいえ、外の城壁が出来た以上内側の城壁と塔は半ば無用のものと化していて、半分は居住空間として使われていた。


そんな橋を渡りながら、クリシェは楽しげにベリーに擦り寄る。


「えへへ、それにしても塩窯焼き、すっごい素敵でした。ピルカーナを見たときは確かにちょっと臭そうだと思ってたのですが……」

「まぁ、悪くはなかったですわね」

「ありがとうございます。おかげさまでいい感じに出来上がりました」


アーネには先んじて風呂の用意を命じてあり、ここにいるのは三人。

クレシェンタは不満そうにベリーへ擦り寄るクリシェを見つめる。


「……おねえさま、それよりお風呂のことですけれど」

「今日は駄目です。クレシェンタ、洗いっこの文句ばっかり言うんですから」

「も、もう言いませんわ」

「クレシェンタのもう言いませんは昨日で三回目です。昨日も言いましたけれど『二射を外せば狩ってはならぬ』という決まりがあるんですから」


同じ獲物に矢を二度外せば、その日獲物を追ってはならない、という村の掟であった。

獲物の深追いを避ける戒めであり、転じて約束事にも使われる。

二度破った約束は三度目も破られる、という意味合いで使われ、二度は許しても三度目は罰則が設けられるのが普通であった。


それがお仕置きであったり、本当の罰であったりと場合により変わるのだが、クレシェンタは反省するまでアーネとお風呂、というお仕置きが命じられていた。

クレシェンタは先日からベリーとクリシェの洗いっこに文句を言い続けていたため、昨日クリシェの機嫌を損ねてしまっていたのだ。


『クレシェンタの言い分はわかりました。でもクリシェはベリーと洗いっこしたいですから、クレシェンタが嫌ならアーネと一緒にお風呂に入ればいいです』


村で覚えたクリシェのルールであると説明されればクレシェンタは破るわけにはいかず、それとなく反省した素振りを見せるのだが、クリシェは最低一日はお仕置きです、と頑なである。


「うぅ……」

「ちゃんと反省したら明日はまた一緒に入ってあげます。だから今日はアーネと一緒。わかりましたか?」

「ひどいですわ……」


拗ねた調子でクレシェンタが唇を尖らせ、クリシェは駄目です、と唇を押さえた。

その様にベリーはおかしくなって笑ってしまい、クレシェンタがむぅ、と睨んだ。


そうしてそんな折り、下から聞こえてきた声にベリーの眉がひそめられる。


「――いやぁ、本当綺麗どころが揃ってるよな。目の保養になるぜ」

「ああ。……けど、クリシェ様は相当やばいって噂だぞ。人殺しが趣味なんだとよ。笑いながら指を切り落として拷問するそうだ」

「そりゃ聞いたけど……やっぱりあの忌み子って噂――」

「やめとけって。誰かに聞かれたらどうすんだ」


橋の下で歩いている兵士達の声だった。

空は花曇り。

欠けた月が薄く隠れて、夜闇で本人がここにいることにも気付いていないのだろう。


クレシェンタは露骨に不快を顔に出しクリシェを見るが、クリシェはいたって平静だった。

クリシェはベリーを見上げる。

そして少し考え込むと、ちょっと行きますね、と止める間もなく三間ほどの高さを軽々と飛び降りた。


「ひっ」


悲鳴が聞こえ、慌ててベリーが下を見る。


兵士二人は尻餅をついた状態だった。

クリシェはその片方の腰から剣を引き抜き、その首へと刃を押し当てている。


「く、クリシェ様っ」

「大丈夫です、殺したりはしませんから」


クリシェは無表情にそう言った。

そして兵士を見る。


「クリシェは特にそうした噂を気にしないですし、どう言われても構わないのです。が、このような往来でクリシェの悪評を広めるのは意識的、無意識的に関係なく上官への侮辱に当たります。……あなたたちは十日前に来たダッガとジルバンですね。選別番号は七十八と百八十二」

「っ……」

「所属は第四大隊第九番隊、第十七班トルカ伍長のところだと記憶してますが、間違いありませんか?」

「は、はい……な、なぜそれを」

「記憶してますから」


さらりと告げ、クリシェは無表情に首を傾げた。


「ここにはどのような用で? 配置上ここは第一大隊第三番隊の管理区域です」

「はぃっ、そ、装備品不足の伝達を、お、行なっておりました、軍団長副官殿」

「なるほど、確認は後にするとして。意図は問わずとも先ほどの言動は軍団長副官であるクリシェへの侮辱に当たります。事実を誇張した内容と言えるでしょう。罰則はあなたの上官を通じて申し渡されることになると思いますが、よかったですね」


クリシェは笑顔を見せた。


「あなたたちの言葉通り、クリシェの趣味が人殺しならこの場で二人とも略式で処刑しているところです。そうすることはクリシェの立場上とても簡単なことはわかるでしょう?」

「ひ……っ」

「これからは気を付けてくださいね。……趣味ではないものの、クリシェはそうすることがとても得意ですから」


そう言ってクリシェは剣を鞘に戻してやり、では任務へ戻ってくださいと一言告げた。

二人の兵士は怯えたように走って行き、クリシェはそのまま壁を蹴って橋の上に戻ってくる。


「ベリーに恥ずかしいところを見せちゃいました。まだちょっと、教育が上手くいっていないみたいです」

「……教育、ですか」

「おねえさま、あれではその……怖がらせすぎて逆効果に思えますけれど」

「クリシェを怖がって従順になるのなら、それはそれで良いことです。要は反抗する気も起きないくらいの力を見せておけば良いのですから。もちろん、セレネみたいに親しんでもらえるのが一番なのですけれど、クリシェは苦手ですし」

「……そういう考え方もあるのかしら」


クリシェはベリーに何事もなかったように擦り寄って、腕を抱く。


「ベリーがああいうの、好きじゃないことはわかってるのですけれど」

「……いえ。仕方の無いこともあると思います」


例えばクリシェが一人で歩いていたなら、気にも留めなかったのではないか、と思う。

ベリーが不快を示したから、クリシェはああしたのだ。


「さっきも、今みたいな話を聞いたんじゃないですか? クリシェが今みたいなことをするのが見たくないから、黙ってたんだと思ってたのですけれど」

「……はい。でもお気遣いは無用です。差し出がましいことながら、わたしが注意しましたから」

「駄目ですよ、そういうのはクリシェに言ってくれたらいいんですから」


曖昧に笑ってベリーは頷く。


「クリシェ様にご心配をお掛けしてはいけませんね」

「えと、心配、というか……」


クリシェは迷うように少し考え込んだ。


「クリシェがああいうこと言われるのは別にいいのです。気にしませんから。……でも、そのせいでベリーまでああいうこと言われるの、クリシェ、すごく嫌ですから」


困ったように、何かの感情を持て余すように。

クリシェはそんなことをベリーに告げる。

――綺麗。

ただ、そう思って頬を撫でた。


「……お待ちかねのお風呂の時間です。気を取り直して行きましょうか」


頬に手を当て唇を親指でなぞる。

クリシェは恥ずかしそうに頷いて、逆にクレシェンタは不満げにベリーを睨んでクリシェに告げる。


「おねえさま、その、わたくし反省し――」

「今日は駄目です」

「うぅ……」


静かにベリーは笑いながら、ぼんやりと空を見上げた。


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