13.散策

「お引き取りください」


 喧騒から離れた、街外れの川沿いに建っている家。そこに闇魔法の使い手がいると聞いて訪問したネレスたちは、玄関先で揃って立ち尽くした。

 応対に出てきた緑髪の若い女性が扉にもたれながら眉をひそめて刺々しく言う。


「バラエナ辺境伯なんてすごいお方がこんな場所に来る訳ないでしょ。それにあの方は金髪緑眼の貴公子だっていう情報くらい、外れ者の私だって知ってる。何が目的か知らないけど、冷やかしなら帰って」

「色は訳あって変えたのだ。私はただ、ロレッタ嬢に娘へ闇魔法を教えてやっていただきたく――」


 アルヴァロが珍しく困ったような声を出す。それを遮るように「また闇魔法!」と女性がうんざりしたように吐き捨てた。


「そんなに姉さんが目障りなわけ!? 帰って、どこかへ行って! 次ドアをノックしたらぶっ叩くから!」


 バンッと勢いよく扉が閉められる。静寂に包まれたなか、アルヴァロは「なるほど……予想外だ」と呟いた。



 彼女の家から離れ、馬車が停まっているところまで歩く。ネレスはアルヴァロと手を繋ぎながら、陽光を反射してきらきら輝く川をぼんやり眺めた。

 覚悟を決めて来たはずが肩透かしを食らった気分だ。


「断られること、あるんだ……」

「すまない。煙たがられることは予想していたが、まさか私の身分すら信じてもらえないとは全く思っていなかった」

「髪と目の色、戻せば?」


 アルヴァロはたしなめるようにシムフィへ視線を向ける。


「ここは人目につく場所だ。戻せばよろしいのではないでしょうか」

「戻せば、よろしいのでは、ないのでしょうか」


 シムフィは覚えるように区切りながら繰り返した。アルヴァロが「よろしい」と頷く。


「言葉遣いはよろしいが、色を戻す案はよろしくない。今更変えたところで信じないだろう」

(ていうか、そもそもなんで色変えたんや……)


 見たことがないので想像もつかないが、きっと金髪緑眼のアルヴァロは大層キラキラしていたことだろう。

 なんとも言えない気持ちで彼を見ると、考えが伝わったのかアルヴァロは困ったように眉尻を下げた。


「ミフェリルが……金髪緑眼の女性として描かれることが多いんだ」

「な、なるほど……」

(完全に理解したわ。そら嫌やろな)

「今の色で、良かったと思う……」


 そう口にしてからはっとネレスは自分の口を押さえた。これだけでは誤解されそうだ。手をわたわた動かしながら、慌てて言葉を重ねる。


「ア、や、ちがくて、元々の色が嫌とか、じゃなくて……もし金髪だったら、キラキラしすぎて直視できんかっただろなって……」


 目を丸くしたアルヴァロは、次の瞬間花がほころぶように笑った。しゃがんで首を傾げながらネレスを覗き込んでくる。


「嬉しいことを言ってくれるな。それなら、今の私は沢山見てくれるか?」

「エ゛……ぅ…………」

(近い近いイケメンにしか許されないムーブすな!!)


 絞られたヤギのような声を出して硬直する。その様子を面白そうに見て、アルヴァロは「ウ……」と鳴き声しか上げなくなった少女を抱き上げた。


「ともあれ、こんなことになるならベニートに闇魔法を教わっておけば良かったな。今から王宮へ手紙を出して間に合うか……?」

(占星術師の……? あの人も闇魔法使えたんか)


 そう考えたところで思い出した。星図を展開するために闇魔法が必要だとアルヴァロが言っていたのだった。

 これからどうするのだろう。ネレスが闇魔法を使えなければ魔獣の被害が収まらないというのなら、かなり危険な状態ではないだろうか。


「今から中部に向かってもいいが、その場合はこの辺り一帯が壊滅してから鎮めることになるだろうし……」

「エッ」

「私の魔法も連発すると逆効果になる……ふむ」


 顎に手を当てて考えていたアルヴァロはひとつ頷いてネレスを見た。


「とりあえずベニートに手紙を送ろう。それからここに滞在して、魔獣を追い払いながら当初の予定通り闇魔法の使い方を模索していこうか」

「エ……でも、ワ、私が闇魔法を使えなかったら……?」

「魔獣が処理しきれないほど増加する前にベニートが間に合えばよし、間に合わなかった場合は一度撤退する」


 間に合わなかったら、この街は滅ぶのだろう。その前にネレスが闇魔法を使えるようになれば問題ないのだ。しかし……できる自信は、全くない。

 暗い表情で目を伏せたネレスへアルヴァロは「できなかったとしても君のせいではない」と声を掛けた。


「楽観視して連れてきた私のせいでもあるし、こんな状態まで悪化させておいて未だに考えを変えない教会のせいでもある」

「……」

(いやでも、プレッシャー半端ないって、これ……キツ……)


 自分の小さな手を見つめて唇を引き結ぶ。

 できなかったらきっとネレスは自分を責めるし、何もかも嫌になるだろう。気が重かった。

 彼は抱えていたネレスを下ろし、ポケットに手を入れた。


「とにかく、私は手紙を出すために領主のところへ行ってくる。終わったら迎えに行くからネレスたちはこの辺りを観光していてくれ。そろそろ店も出ているだろう」

「か、観光?」

(こんな気持ちで!? パパ上から離れて!?)


 ぽかんと口を開いたネレスへお小遣いの入った袋を渡し、アルヴァロは本当に馬車に乗り込んでしまった。

 あっという間に飛び去っていくカエバルをシムフィと一緒に見上げる。


 それから、彼女と顔を合わせた。「ど、どうしよう……」と呟く。シムフィは無表情で何度か瞬きをして、すんっと鼻を鳴らした。


「おいしい肉の匂いがする……します。食べに、行きますか」

「……肉、好き?」

「はい」

「じゃあ……行こ、か」


 なんだか気が抜けた。シムフィが居てくれて良かった、と心の底から思った。



+++



 先ほどまで誰もいなかった大通りには、いつの間にか驚くほど人が溢れかえっていた。シムフィと手を繋いでいなければはぐれてしまいそうだ。

 食材から家具、魔道具らしきものまで屋台に並べて売られている。店主の呼び声や人々のざわめき、金槌の音などが混ざりあって活気のある街へ様変わりしていた。


 シムフィの鼻を頼りに目当ての屋台へたどり着く。そこでは薄く白いパンで焼いた肉を挟み、よく分からないソースの掛かった食べ物が売られていた。


「いらっしゃいお嬢さん! どうだい、ひとつ300ノエムだよ!」

「あぇっ、あ、し、シムフィ……!」


 お金の単位が分からなかったため、慌ててお小遣いの袋をメイドへ差し出す。彼女は袋の中から銀貨らしきものを6枚取り出して「ふたつ」と言いながら店主に渡した。

 紙に包まれた暖かいサンドらしきものを受け取り、シムフィはひとつをネレスへと渡した。


「あ、ありがと……ごめん、お金の単位知らないこと、うっかり忘れてた……」

「いえ。私も最近覚えたばかり。役に立って良かった、です」

「ウン……!」


 行儀が悪いかと思ったけれど座る場所も見当たらなかったため、手を繋ぎながら食べ歩くことにする。

 よく分からないサンドらしきものは美味しかった。何の肉かも、何のパンかも、何のソースかも分からないが。


 食べ終えたあとも街を散策する。行き交う人々の服装や並べられている商品のどれもが見慣れなくて、楽しいけれど目が回りそうだ。

 知らないものを尋ねるとシムフィが淡々と教えてくれるので、しばらくネレスはよわいウン十歳にして子供のように質問し続けていた。



 一生分歩いたような気がする。噴水広場でひと息つき、足を止める。アルヴァロに抱えてもらったら楽できたんだけどな、と考えて頭を振った。


(あかん、甘やかされすぎて怠惰になっとる……!)


 これではいけない。ネレスは今、この街の未来を左右する重大なポジションにいるのだ。浮かれて観光している場合ではない。

 そう考えると急に気持ちが暗くなってきた。もう駄目だ。帰りたい。土に埋まりたい。


「ウッ……」

「お嬢様?」


 首を傾げたシムフィに「な、なんでもない……」と答える。そのとき、ネレスの耳にしっとりとした女性の声が届いた。


「そこの可愛らしいお嬢さん、お花はいかが?」


 振り返ると花屋らしき店の前で、女性がのんびりと微笑みながら手を振っていた。

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