23 夏焼 独り言

 人の関係性って脆いよ。


 俺の母親のエリコは、新しい物が好きだった。世間知らずでよく意味の分からないものを買って来ては家に飾った。棚の上、壁が謎のオブジェだらけだった。有名画家が描いた絵なんてのもあったけど、俺からしたら子供のラクガキにしか見えなかった。


 人から勧められたことを全部鵜呑みにして「今日は誰々さんの講演会があるから、ママ行ってくる」っていう謎の外出が増えた。親父が良い顔をしなくなったのはその頃からだと思う。当然だと思った。俺だって良く思わなかった。


 ついにエリコが手をだしたのが仮想通貨だった。「今、価値が上がってるんですって! 投資するならチャンスを逃しちゃいけないって、教えてくれたの!」なんて言ってたけど、禄に調べもしないで誰かの言いなりになって口座作ったんだろ。

 自分じゃしくみがわからないからみるみる損をたたき出し、ついに親父がキレた。


「ごめんねぇ」って泣きながら謝るエリコを、俺に相談もせずに家から追い出し、かわりに連れ込んだのがあのペタンコ靴の女だった。新学期を迎えた春の日だった。


 なんの説明もないまま、親父は女を居座らせた。女にも家庭があった。だから通い妻みたいに家に来るんだ。やることだけやって、俺に媚び売って帰る。


 親父にはエリコとあの女がいて、あの女にも家族がいて。エリコはどっか行って。俺だけひとりだった。「家が爆発しないかな」って思った。


 唯一の救いはエリコの弟、つまり叔父さんが気にかけてくれたことだ。叔父さんが働いている店の連絡先をくれた。「夜の店だから周りの目もあるけど……、困ったら来なさいよ」って。だから稀に店に寄らせてもらってた。香水と化粧のにおいがキツかったけど、みんな親切にしてくれた。それに、どこに行ったかわからないエリコが、身内を頼って顔を出すんじゃないかって期待もあった。でも叔父さんに聞いても「来てないわねぇ」って言われるだけだった。


 それからなんの音沙汰もないまま夏になった。親父は俺の面倒を見る気はないのか、金だけテーブルに置いて会社に行く。俺も学校へ行く。昼になるとペタンコ女が家にあがってくる。俺が帰宅すると猫なで声をかけてくるからいつも通り無視する。


 親父が帰ってくると、女とベッドでお楽しみの時間が始まるから、俺は全部シャットアウトするつもりでヘッドフォンをして電子ピアノを弾く。そんな感じだ。


「やってらんねぇ~」

 俺は寝返りを打って独りでボヤいた。やってらんねぇ。今何時だ? 何で寝てるんだっけ。あぁ、風邪引いたんだ。家帰って飯食べて薬飲まないと。


 校舎を出て電車に乗って、いつもみたいに最寄りで降りてマンションへ走って帰った。なんだ治ってるじゃんか。

 次第に楽しくなってきた。

 七階まで上がって玄関を開ける。

「あ、カイトおかえりぃ」ってエリコが立ってた。なんだいるんじゃん……。

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