第2話 妹をかわいがることにした

 仲を深めるために、二人きりで話をしたいと申し出て、私とシルフィーナだけになる。


 ゲームのアリーシャ・クラウゼンの、仲良くなりたいなんて言葉はウソ。

 突然現れた妹を快く思わなくて、二人きりになったことをいいことに、あれこれと辛辣な言葉をぶつける。

 なんてひどい姉なのだろうと、プレイヤーは憤ったものだ。


 でも、私はそんなことをするつもりはない。

 妹をいじめたりなんかすれば、ゲームの悪役令嬢……アリーシャ・クラウゼンとなにも変わらない。

 そのままバッドエンドを迎えてしまうだろう。


 破滅を避けるためには、どうすればいいか?

 メインヒロインである妹をいじめることなく、むしろ、仲良くなればいいのではないか?

 そんなことを最初に思いついたため、まずは、二人でゆっくりと話をしてみようと思った次第だ。


「ねえ、シルフィーナ」

「は、はい……えと、その……なんでしょうか?」

「うーん……ぎこちないわね」

「え?」

「私はただ、あなたとお話をしたいだけですよ。だから、そんなに緊張しないで」

「す、すみません」

「謝る必要もありませんよ。ほら、笑って」

「こ、こうですか……?」

「ぎこちないですね……やっぱり、緊張しています?」


 シルフィーナのことを、なぜウチが引き取ることになったのか、その理由は知らない。

 顔色を見る限り、たぶん、辛いことがあったのだろう。

 だから今も暗い顔をしたままで、ここは本当に自分の居場所なのだろうか? と疑問を抱いていて、常にビクビクと怯えているのだろう。


 うーん、なんかモヤモヤしてきた。


 シルフィーナの事情は知らない。

 知らないが……しかし、十五の女の子がこんな暗い顔をしていいわけがない。

 笑顔になるべきだ。

 だって、女の子は笑っている方がかわいいのだから。


「うーん」

「あ、あの……なにか?」

「えいっ」

「ひゃあ!?」


 シルフィーナを抱きしめるようにして、それから脇をくすぐる。


「ひゃっ、はう!? や、やめっ、あは、あははは!?」

「ほらほら」

「あはははっ、あは、ははははは、あううう、くすぐったい……あはははっ」

「うーん……ちょっと違うかしら? 無理矢理に笑わせても、納得できませんね」

「な、なんですか……? はぁ、はぁ」


 余計に警戒させてしまったらしく、シルフィーナは己の体を抱くようにして、私と距離を取る。

 がっくり。

 私はただ、仲良くなりたいだけなのに。


「あ、あの……アリーシャさまは、なんでこんなことを?」

「え? それはもちろん、シルフィーナと仲良くなりたいからに決まっているじゃないですか」

「私、と?」

「でも、少し強引だったかもしれませんね。ごめんなさい」

「あ、いえ……とんでもないです……」


 ぽかんとした様子で、シルフィーナはこちらを見る。

 私の言葉が、よほど意外だったのだろうか?


「でも、私なんかと仲良くしても、得になることなんてなにも……」

「あら? 得になることなら、ありますよ」

「え?」

「かわいい妹を愛でることができるじゃないですか。これは、十分な得ですよ」

「か、かわいい……」


 シルフィーナが赤くなる。

 こんなことで照れるなんて、本当にかわいい。

 さすが、メインヒロイン。

 その魅力は、同姓である私にも通用するみたいだ。


 というか、かわいすぎる。

 なんていうかもう、語彙力が崩壊して、とにかく、かわいいしか思い浮かばなくなる。

 それくらいにかわいい。

 私の心はイチコロだ。


 こんなかわいい妹をいじめるなんて、ゲームのアリーシャ・クラウゼンはなにを考えていたのだろう?

 ちょっとズレているのではないだろうか?

 あるいは、美的センスが皆無なのではないか?


 いや、待て。

 ゲームのアリーシャ・クラウゼンも、ある意味で私。

 自分で自分を貶すことはやめておこう。

 なんか虚しい。


「あの……一つ聞いてもいいですか?」

「はい、なんですか」

「アリーシャさまは、迷惑じゃないんですか? その……突然、私なんかがやってきて、疎ましく思わないんですか?」

「え? なんで妹ができたことを、迷惑に思わないといけないんですか? 家族が増えることは、うれしいことじゃないですか」

「で、でも……」

「シルフィーナ」

「あっ」


 怯える彼女の心に少しでも私の想いが届けばいいと、そっと抱きしめた。

 驚くような声がこぼれるものの、抵抗はされない。


「よしよし」

「はう」

「私、妹が欲しいと思っていたんです。だから、シルフィーナが来てくれてうれしいですよ。喜んでいますよ。ほら、ぎゅー」


 言葉だけではなくて、態度でも喜びを表現するように、シルフィーナを抱きしめた。

 困惑しているものの、嫌がっている様子はない。


 ということは、もっと抱きしめてもいいはず。

 私はさらに抱きしめて、さらに頭をなでなでした。

 はぁ、ホントかわいい。


「私……ここにいてもいいんですか?」

「もちろんです。あなたは、私の家族なのですから」

「……家族……」


 即答すると、シルフィーナは少しうれしそうな顔をして……

 そっと、私の服の端を掴んできた。


 彼女なりに私に甘えようと思って、でも、その方法がよくわからなくて、ついでに恥ずかしくて……

 その結果、服の端をちょこんと摘むという行動に出たらしい。


 なに、このかわいい生き物?

 魅了のスキルでも持っているのかな?


「ふふっ、本当にかわいいですね」

「あうあう……あ、アリーシャさま、少し苦しいです」

「あ、ごめんなさい。というか……それよ」

「え? それ?」

「アリーシャさま、っていう呼び方はなに? どうして、さまなんてつけるんですか?」

「それは、だって……」

「いいですか? 私達は姉妹なのですよ? だから、私のことは姉さまと呼んでください」

「そ、そんな恐れ多い……!?」

「ダメです。姉さまと呼ぶまでは、離しませんよ。これは、姉命令です。シルフィーナに拒否権はありません」

「うぅ……横暴です」


 なんてことを言いながらも、シルフィーナに拒絶の色はない。

 ちょっとずつだけど、私に心を許してくれているみたいだ。


「……ま……」

「聞こえませんよ」

「ね……さま……」

「リトライ」

「……アリーシャ姉さま……」

「っ!?」


 恥ずかしそうに頬を染めて、瞳をうるうるさせて、こちらを見上げる。

 なんていう破壊力。

 私の妹、超かわいい。


「あーもうっ、本当にかわいいですね! シルフィーナはかわいすぎですよ」

「あわわわっ」

「あなたみたいな子が妹になるなんて、私は幸せものですね」

「幸せ……なんですか? 私なんかが妹になるのに……?」

「もちろん。私の妹は世界で一番かわいくて、そして、そんな妹を持つ私は世界で一番の幸せものですね」


 ここに他の人がいたら、会ったばかりでなにを、と思われるかもしれない。

 でも、これが嘘偽りのない本音だ。

 シルフィーナという妹のことを、とても愛しく思う。


「……私も」

「今、なんて?」

「い、いえ……なんでもありません」


 聞きそびれたものの、シルフィーナは甘えるように体を寄せてきた。


「そうだ」

「?」

「シルフィーナは、私のことを姉さまと呼んでいるけれど、私は普通に名前で。それはなんか寂しいので、シルフィーナのことを愛称で呼んでもいいですか?」

「……愛称……」

「んー、そうですね……フィー、なんてどうでしょうか? シルフィーナだから、フィー」

「……フィー……」


 少しして、彼女の顔がぱあっと華やぐ。


「う、うれしいですっ」

「では、決まりですね。これからは、フィーって呼びますね」

「は、はい。アリーシャ姉さま」


 少しはフィーと仲良くなれたかな?

 でも、油断は禁物。

 バッドエンドを迎えないように、メインヒロインであるフィーと、もっともっと仲良くならないと。


 決して、妹がかわいすぎるから、というわけじゃない。

 ただ単に、彼女を甘やかしてかわいがりたいだけ、というわけじゃない。

 ……ホントだよ?


「あの……アリーシャ姉さま?」

「なんですか、フィー」

「恥ずかしいので、そろそろ離していただけると……」

「残念」


 心底残念に思いつつ、フィーを離した。


「あっ」


 ふと、フィーは時計を見て小さな声をあげた。


「どうしたんですか?」

「えっと、その……人と会う約束をしてて」

「あら、そうなんですか? ごめんなさい、引き止めてしまって」

「い、いえ! 用事が終わったら会いに行くと約束をしていただけで、時間は決めていないので……それに、私も、アリーシャ姉さまとお話できてうれしかったです」


 かわいすぎか。


「約束というのは、誰と?」


 プライベートに踏み込んでいる自覚はあるものの、気になる。

 フィーは私の妹になったのだから、心配をしてもいいはずだ。


「幼馴染です」

「幼馴染?」

「は、はい。幼馴染に、アレックス、っていう男の子がいるんです」


 その名前を来て、すぐにピンと来た。

 その男の子というのは、おそらく、攻略対象のヒーローだろう。

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