第20話 黒の神と青の神

「ようこそお越しくださいました、ルイス様。客室までご案内します」


「ありがとうございます」


 お辞儀をして、頭を上げた瞬間、王城の威圧感にまたも圧倒されてしまった。







 今日は、(何故か)ジル殿下に呼ばれ、王城に来ている。


 まさか私、何かをしでかしてしまったのか……と思ったが、そうではないらしく。


 ただ単に、ジル殿下が私に話したいことがあるらしい。


 まさか王子殿下からお声を掛けられるとは思ってもいなかったので、だいぶ緊張しているけれど……大丈夫だろうか。


「お部屋はこちらになります。殿下がいらっしゃるまで、少々お待ちください」


「はい、ありがとうございます」


 侍女の方────カンパニュラ家のティア様は、丁寧に頭を下げると、綺麗な所作で去っていった。


 客室に通されるのは初めてだから、何だか緊張してしまう。当たり前だけれど、私の家の客室とはだいぶ違う。豪華さというか、上品さというか……とにかく、凄みがあるのは分かった。


 はて、座っていて良いのだろうか……いや良いんだろうけど、ここまで立派なお部屋だと、座るのも憚られるというか……。


 そうやってうろうろしていると、優しくドアを叩く音が聞こえた。


「どうぞ、お入りください」


 (良かった、このままだと一生立ち続けてうろうろしている羽目になるところだった)


 内心安堵しながらノックに応えると、そのままゆっくりその方は入ってきた。


 見慣れた、夜のような黒髪……黒髪が……。


「……え」


「あらあら、やっぱりいらっしゃったわ。ごきげんよう、ルイス様」


「……っ、ごきげんよう」


 私はすぐに頭を下げた。


 それもそのはず、だってこのお方は……。


「そんな、そんなに深々と頭を下げなくても……良いのよ、ほらお座りになって?」


「いえ、女王陛下よりも先に座るなど不敬でございます。どうぞ、お座りくださいませ」


「そんな、気にしないで頂戴。貴女がお客様なのだから」


 そう言って、穏やかに微笑んでくださった。


 アリアス・ゼオス・アンダラス様────現女王陛下であり、今、この国で見つけられている唯一のゼオス家の方。


 ふんわりとした優しい雰囲気の何処かに、神のような威厳を感じるのは、きっと気のせいではないはずだ。そしてそれは恐らく、彼女の血筋が九つの名家の一つであり、最も神に近いとされる一族、ゼオス家であることに関係して……って、今はそれどころではない。


「ところで女王陛下、どうしてこちらに……」


「ああ、気にしないで。私が直接ルイス様とお話ししたかったの。ジルが来る前に、少し話しておこうと思って」


「……左様でございますか」


 女王陛下は、にこにこと穏やかに微笑む。……本当に、私と話したかっただけのようだ。


 それにしても、と改めて彼女を見てみる。


 おっとりとした顔立ち。特に、柔らかな垂れ目と、小さな涙ぼくろが、彼女の穏やかさをひき立てている。


 (すごい、なんて綺麗な方……)


 そうこうしている内に、またドアを叩く音が聞こえた。


「あら? ジルかしら。もう、もっとルイス様と話したかったのに」


 そう言いながら彼女がドアを開けると、外にいたジル殿下がぎょっとしたような顔をした。


「かっ……違う、母上。どうしてここに」


「ジルが来るまで、ルイス様と話してみたいなあ、と思ったのよ。だって、社交界でもこんなに可愛らしい方見たこと無いって、皆言うのよ?」


 ……え。私、そんなこと言われていたんですか、女王陛下。


 そんな戸惑いの気持ちとは裏腹に、会話はどんどん進んでいく。


「それにしてもジル。そんなに怖いお顔では、ルイス様に怖がられてしまうわ」


「……怖がる年齢ではないと思いますが……」


「いえいえ、まだ15歳よ? ミリィやレイスより年下だわ。ほら、ほっぺむにーって伸ばして」


 ほらほら、と手本のように、女王陛下は自らの頬を伸ばした。……私に背を向けているから、顔が見えない……。


「……ほれでひひですは」


「あら、可愛いわねえ」


 ほわほわと穏やかそうに笑う。……私はほっぺを伸ばしているジル殿下を見て笑いそうです。今の殿下の顔、正妃であるルナ様でも見たことないのでは……。


「うんうん、お顔も解れたわねえ。じゃあ、私は失礼するわ。また会いましょう、ルイス様」


「はい。ありがとうございました」


 女王陛下が扉を閉めると、一気に緊張感と冷気が漂ったような気がした。……おかしい、魔法は使ってないのに。


「お待たせしてすまない。話を始めよう」


 そう言って、ジル殿下は私に向き直った。


 ……さっき解れたはずの顔は、いつの間にか元の顔に戻っていた。







「……殿下」


「何だ」


「本当に、これらは……全部、私への推薦状なのでしょうか?」


「ああ」


 殿下は、先ほどティア様に持ってきていただいた紅茶を一口飲んで、また話し始めた。


「これは国立魔法研究所から。これは魔物討伐委員会から。それからこれは、他の4ヶ国からの留学推薦状。ちなみに王家から直々に出ている。……ああ、これは俺からだ。他にもあるぞ」


 あまりに書類が多くて、ふら、と視界が揺れたような気がした。


「殿下……私、そんなに何か特別なことをしたのでしょうか。ただ学校生活を送っているだけなのですが……」


「それだ」


「……え?」


 殿下は足を組み直して、私を見据えた。


「簡潔に言うと、貴女の成績があまりにも優秀なんだ」


「……そうなのですか?」


「そうなのですか、って……逆に聞くが、全部の教科で首席を取っている人間のどこが優秀ではないと思う?」


「……人の優秀さは、成績だけでは測れない……と思うのですが」


「……肝が座っているところも見込まれたんだと思うぞ」


 少し呆れた表情をしながらも、殿下は話を続けた。


「それと、魔法に長けているところもな。それに通ずる話だが、あの時使った『神々の詠唱』は、どうやって習得したんだ? ……正直に言うと、今日貴女を呼んだ一番の理由は、それを聞くためなんだ」


「……え」


 じっ、と期待を込めた目で見つめられる。


 どうやって……? どうやって、と言われても……。


「なんとなく、でしょうか」


「……なんとなく?」


「はい。昔、詠唱本に載っていたものを使ってみたくて練習していたのですが……気づいたら習得していました」


「……特別なことは?」


「他の魔法の練習と何ら変わりありません。読んで、魔法の流れを整えて、といった感じです」


 私がそう言うと、一拍おいて、ジル殿下は深いため息をついた。


「……まさかここまで『天才』という言葉が似合う人間がいるとは」


「……そうでしょうか?」


「……でなければこんなに推薦状も来ないだろう」


 ジル殿下は諦めたように、全ての推薦状を私に渡した。


「この中で興味が湧いたものがあれば、受けてみるといい。貴女ほどの実力であれば大丈夫だろう」


「承知しました。感謝申し上げます」


 私が受け取ると、殿下はまた一口紅茶を飲んだ。


「その、ところで、だが」


 殿下に釣られて紅茶を一口飲んだ私に声をかける。顔を見ると、ちょっと難しい顔をしていた。


「貴女は、生まれ変わり……ないしは、前世というものを信じるか?」


 ぴん、と空気が張り詰める。


 (……タイムリーな話題)


 その質問の意図を知りたくて殿下の顔をじっと見つめたが、ぴくりとも表情を変えない。この人の表情変化で感情や意図を探るのは間違いだった。


「……物語の中だけの話かと思っておりました」


「奇遇だな、私もだ」


「では何故、こんな質問を?」


 今度は私が質問した。


 この人は、いったいどこまで知っているのだろう。それとも、何も知らなくて、ただの世間話として提供しただけ? もしこの方にとって世間話がの話しか無いのなら、この国の将来は心配だ。


「……私の知り合いに、生まれ変わりを信じる者がいてな。その者が、貴女が前世の知り合いに似ていると」


「つまり、殿下はその方の代わりに私に確かめた、と」


「……そんなところだ。まあ、ただの戯言だと思って聞き流してくれ。私もその方面の話は信じ難いんだ」


 殿下はまた、すました顔で紅茶を飲んだ。表情はやっぱり、ぴくりとも変わらない。ポーカーフェイスも良いところだ。私より表情筋動かないんじゃないだろうか、この方。


 会話が止まってしまった。手持ち無沙汰に、とりあえず紅茶を飲む。目線を横に向けると、ある絵画が目に入った。


 ────先ほどに引き続き、なんてタイムリーな。そこにあったのは、四大神が描かれた壁画だった。


 ……もし、以前図書室で聞いたルーナ様とエルザ様のお話が本当だとしたら。この四人のうちの一人の、あの青髪の女神────ルイア、は私の前世、なのだろうか。今の私と一番似てるし。


 なんだか実感湧かないなあ、でもルーナ様とエルザ様がご乱心とも思いたくないしなあ、なんて呑気に考えて、何気なく青髪の彼女を見る。


 ────そこで、あることに気がついて、ぞくり、と背中が粟立った。


「……ルイス嬢?」


 殿下が怪訝そうな声で私の名を呼ぶ。でも私は、それどころじゃなかった。


 自分の首元をちら、と見る。


 いつ手に入れたのかすら記憶にないぐらい、ずっと前から愛用している、このネックレス。


 少し深みのある青の宝玉が、雫型に削られ、首元のチェーンは銀で作られた、綺麗なネックレス。


 まさか何百年も前からあるはずがないし、もしあったとしても、もう少し古びていいはずだ。


 だけど、そのネックレスは未だ新品のように輝いていた。


 では、なぜ。


 ────なぜ、絵画の中の青髪の彼女も、私と同じネックレスを着けているのだろうか。







 ─────部屋の窓が勢いよく割れ、何者かが飛び込んできたのは、私が疑問を頭に浮かべた、その直後だった。


「……っ、ルイス嬢!!」


「……わっ」


 ぐいっ、とやや乱暴にジル殿下の後ろに引き寄せられた。


 そのすぐ後、剣同士がぶつかり合う音がし、振り返ると、殿下とその謎の侵入者が剣を交えていた。


「……貴様、誰だ」


「……くっ」


 その侵入者はぱっと後ろに下がると、肩を、そして徐々に身体を震わせた。


「……逃げるつもりなら、そうは────」


「……くっ、ふふっ」


 その瞬間、堪えきれなくなったように顔を上げ、


「ふはははははっ!! ついに! ついに見つけたぞ!! お前たちこそ、魔王様の因縁の相手────」


 一息おいて、邪悪な笑みを浮かべた。


「忌々しい、黒の神と青の神……!」


 彼のその瞳は、まるで今すぐ私たちを殺すのではないかと思うぐらい、狂気を湛えていた。

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