一ノ瀬柑奈


 事前にLIN○で知らされていたし、通話でも聞いていた。だが、それはそれとして、こうして直接目にすると驚いてしまう。


 事前に知らされていない同級生達への衝撃は計り知れないだろう。最近巷で話題の二人が教室の引き戸を開けた瞬間、一度教室の時が止まった。


 完全な静寂だった。廊下から聞こえてくる騒がしい音が嫌に響いた。この瞬間だけは、普段まとまりのない皆の心が一致したことだろう。


 クラスに静寂を齎した下手人達が気圧されたように一歩下がって顔を見合わせた瞬間、急速に時が動き出す。どよめきが教室を満たすのに須臾の時も掛からなかった。一部の男子が絶望の声を上げるのが聞こえる。に万が一にも勝てるわけなかっただろうに、ほんとにバカな男子だ。


 男子が気持ち悪い呻き声をあげている一方、女子も数名が黄色い声を上げていた。気持ちはよくわかる。


 そう、学校一のバカップルと名高い二人が登校してきたのである。



 春休みが終わり、高校二年生としての初日。私は無事に菫と同じクラスになっていた。そして何と島田くんも同じクラスだ。何となく先生方のご意志を感じる。ただの偶然だろうけど。


 菫と同じクラスになれたことに歓喜し、ソワソワしながら頻りに入り口の方を確認していた男子は脳を焼かれ。女子のネットワークにより既に情報を得ていた女子達は野次馬根性でずっと彼らの登場を待ち構えていた。


 そして今朝の騒動に至るというわけだ。


 教室に入って来た菫は私を見つけると顔をパァッと輝かせ、小走りに近寄ってくる。嫌な予感がした私は椅子から立ち上がる。するとそのまま勢いよく菫が突撃してきた。



「柑奈ちゃーーーん!!! 久しぶりぃーー!!」



 思いっきり抱きしめてくる彼女の背を優しくさする。立っていなかったら色々と危なかった。



「おひさ。今年もおなくら同じクラスだね」



 ひとしきり抱き合った後、そっと耳元で「おめでとう」と囁くと、頬をほんのりと赤く染めた菫は柔らかく笑って島田くんの元へ去っていった。



 なにあれ可愛すぎか? 



 そう口に出すのを何とか堪え、机に突っ伏す。深呼吸をして落ち着いた後、別のクラスになってしまった茉潤まひろにLI○Eを送る。『さみしい』と書かれたうさぎのスタンプが返ってきた。


『なんかすごい騒ぎだね笑笑』


 茉潤曰く、他のクラスでも騒ぎになっているらしい。流石というかなんというか……菫の影響力は相変わらずだ。中学の頃を思い出す。


 廊下の方を見てみると、他クラスの野次馬達が引き戸の窓やらから覗いている。それだけあの付き合ってないと言い張るバカップルにはみんなやきもきしていたということだろう。



 今年も騒がしくなりそうだなぁ。



 そう、新年度早々にイチャイチャする彼らを見て思うのだった。





※※※





 校長先生からの長話を乗り切り、始業式を終えた後。ホームルームでまたしても担任の長話を聞いたり、余った時間で自己紹介をしたり、ようやく初日が終わって解散となった。


 久しぶりにいつものメンバーでということで放課後、菫、茉潤、私の三人でカフェに寄ることにする。島田くんは島田くんで色んな男子に揉みくちゃにされていたので丁度いい。二人を引き離すのは少し心苦しいものだが。



 カフェに入ると、茉潤にアイコンタクト。二人で素早く菫を挟むと、そのまま肩を組んで席に連れて行く。


 そのまま菫を挟み込んだ状態で座った。



「いやぁ、ようやくかぁ。感慨深いものがあるねぇ」



 突然のことに目を回している菫の耳に口を寄せて囁く。茉潤も興味津々といった様子で顔を寄せる。


「いやぁ、色々と聞きたいなぁ。春休み中のエピソード」


「で、とりまキスはもうしたの?」


「いやまっひー直球だね……」


 茉潤の言葉に、目を回していた菫がボッという音が聞こえて来そうな勢いで顔を赤くする。あわあわと口を開閉していて可愛い。その様子に色々と察した私たちの笑みが深まる。


「あぁ〜ついにすみちゃんが大人になっちゃった〜」


「いやぁうぶで可愛いね〜」


 この様子だとまだ一線は超えてないのかなーと、下世話なことを考える。あのピュアッピュアな二人ならそういう風になるのはだいぶ先な気がするけど。


「どうだったー? 初めてのキスは」


「うぁ……うぅ……その、どさくさに紛れて…………しちゃって、その……あんまりよくわかんなかった……」


「ほほぅ」


 まじかっわいい。永遠に虐めたくなっちゃう。こんな子と付き合うとか島田くんは前世で一体どれほどの徳を積んだのだろうか。羨ましい。


「まぁこれから確かめ放題だね」


「いやむりむりむり!! 恥ずかしくてもうできない!」


「えぇ──でも島田くんはしたいんじゃない?」


「うるひゃい」


 顔を真っ赤にした菫がついに手で顔を隠してしまう。そんな菫を二人で抱きしめ、頭を撫でる。やはり恋する乙女というのは可愛らしい。


 そのままの体勢で揶揄い続ける。恥ずかしさが臨界点に達したのか、うわごとしか発さなくなる菫。



「次は柑奈の番だね」


「ん!? いや私は……」


「私も! 柑奈ちゃんの恋バナ気になる!」



 しばらくすると茉潤が突然私に標的を変え始める。それに便乗して、今までの仕返しとばかりに鼻息を荒くした菫が詰め寄ってくる。わ、私の恋人は画面の向こうにいるから……



「私はまだ好きな人もいないし……クラスの男子は……色々幼すぎてそういう目で見れないかな」


「えー、つまんない回答だなぁ」


「地味に柑奈ちゃん狙ってる男子多そうだけどねー」



 だ、だめだこういう話は聞く分には良いけど自分に振られるのは色々難しい。こんな時は忍法身代わりの術である。


「そういうまっひー茉潤こそどうなの? 彼氏とは」


「わ、私は最近手を繋げるように……」


「いやまっひーの方がうぶなんかい!」


 今度は私と菫で茉潤を揶揄うタイムに入る。先程までの雪辱とでも言うかのようにイキイキとしている菫。久しぶりにこうして三人で集まったが、やはりこのメンバーで過ごすのは楽しい。でもこれからは島田くんとのあれこれで、こうして集まることも減るのだろうか。


 そう思うと、なんだか島田くんに菫を取られてしまったような気がして、少しだけ嫉妬してしまう。そもそも幼稚園からの付き合いらしい二人の関係を考えたら、お邪魔虫は私達の方なんだけど。


 脳裏に仄かに差し込んだそんな思考を振り払い、先ほど頼んでおいたチョコレートケーキを口にする。その甘さに、心が浄化されるようだった。



 そうして楽しくもかしましい女子会は、空の色が変わり始めるまで続くのだった。


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