第8話 王妃との会話

「第四皇女殿下。ディオレント王国の王妃殿下が面会を望まれています」


 侍女が告げた言葉に、レイは驚愕する。アリアリーナはディオレント王妃であるアデリンが訪ねてくることを粗方あらかた予想していたため、特に驚きはしなかった。


「すぐに向かうと伝えてちょうだい」

「いえ、その、あの……」


 侍女はしどろもどろする。彼女の奇妙きみょうな焦り具合に、アリアリーナは首を傾げる。刹那、侍女の背後からとある人物が姿を現した。上品なワインレッドのドレスに身を包んだアデリンであった。まさか彼女自ら、アリアリーナが住まう宮を訪れるとは。さすがにそこまでは予想していなかったアリアリーナは、ベッドから立ち上がろうとする。


「ディオレント王妃殿下、」

「無理に立ち上がらなくとも結構です」


 アデリンは不器用な優しさを見せる。アリアリーナの傍らに立っていたレイは彼女とアリアリーナに深々と一礼して、部屋をあとにした。

 正真正銘しょうしんしょうめい、アデリンとふたりきになる。彼女は、何を考えているのかまったく読めない表情を浮かべている。数十秒の沈黙のあと、彼女が先に、口を開いた。


「ツィンクラウン帝国アリアリーナ第四皇女殿下。私のせいであなた様を危険にさらしてしまい、申し訳ございません。そして助けていただいたこと、心より感謝申し上げます」


 一国の王妃が帝国の皇女、それも私生児の嫌われ者の皇女に向かって頭を下げている。その事実に、アリアリーナは驚倒きょうとうする。

 アデリンにとっては彼女の噂などどうでもいいのだろうか。随分と聡明そうめいな女性だ。アリアリーナに助けられたからと言って、無理に謝罪や感謝をする必要性はないのにも拘わらず、アデリンははじしのんでそれをしたのだ。


「感謝されるようなことは何もしておりません。当たり前のことをしたまでです」


 アリアリーナは胸に手を当てながら、軽く会釈えしゃくした。

 何が「当たり前のこと」だ。ワインに毒が入っているのを知っていてターゲットの代わりにそれを飲み干す行為など、万が一にも一連の思惑おもわくがバレてしまったら気が触れていると思われるだろう。毒が入っている可能性があると内密に教えるだけでも効果的だっただろうに。気が動転して、とにかく助けなければという思いが先行してしまった。冷静さを欠いた自身の過去の行動に、アリアリーナは頭を抱えて悶絶もんぜつしたくなった。


「ところで、ひとつ、気になっていることがあるのですが、お聞きしてもよろしいですか?」

「どうぞ」

「なぜ……私が受け取ったあのワインに、毒が入っているとご存じだったのでしょうか?」


 アデリンの疑問に対して、アリアリーナは顔色を一切変えない。伊達だてに、一度目の人生にて天下のツィンクラウン皇族を滅ぼしていない。


「先程、私の執事からとある報告を受けました。罪人の部屋で毒が入っていたであろう空き瓶が見つかった、と。つまり証拠が発見されたということですね。それはご存じでしたか?」

「いいえ……初耳です。皇帝陛下は何も教えてくださらなかったので……」


 皇帝はアデリンに多くを語らなかった。愛する妹の心と体の状態を懸念けねんしたためだろう。アデリンの顔色を見ていれば予想はつく。酷く疲弊ひへいしているから。


「そうだとしたら……ディオレント王妃殿下はまるで、毒が入っていたと確信したように話されるのですね」

「っ……! そ、それは、あなた様が倒れられたからで、」

「えぇ、その通りです。私は確かに倒れました。ですが、それが演技であったのならば? いかがでしょうか」


 アデリンは動揺を見せた。アリアリーナが話した通り、本当に演技だったのであれば、アデリンの謝罪や感謝は、全てが無下むげと化す。相応の覚悟を持ってアリアリーナのもとを訪れたであろうに、その覚悟が嘲笑ちょうしょうを受けたということになるのだ。


「自白し極刑を言い渡されたという可哀想かわいそう都合つごうのいい男をあらかじめ用意したのも私。男の部屋に空き瓶を仕込んだのも私。ワインに毒を仕込んだかのように見せたのも私。全ては、このアリアリーナが仕組んだ茶番ちゃばんであったと申し上げたら、ディオレント王妃殿下は、いいえ……叔母様はどう反応されるのでしょう?」


 アリアリーナは右手を口に添えながら、17歳の少女とは思えないほど、艶やかに笑った。

 アデリンは恐れおののく。彼女の目の前にいるアリアリーナという女性は、本当に低脳だと言われる悪女なのだろうか。半ば信じがたい思いを抱えた彼女は、震える口を開く。


「一体、なんの、ために」

「なんのため? 愚問ぐもんですね。遊びですよ。世間一般的な私への共通認識は、私生児のくせに皇女を気取る身の程知らずの悪女。ならば、ただの注目を浴びたいがための遊びだった、と言っても納得できるでしょう?」


 アリアリーナは婉然えんぜんに微笑む。まるで自分のことではないかのように話す彼女に、アデリンは驚愕した。次の瞬間、アリアリーナの表情から笑みが消え去る。


「それとも、この茶番は王妃殿下の自作自演じさくじえんでしょうか」

「な、にを……」

「ワインを飲んだ私が倒れてしまったので、実際にあのワインには毒が入っていたのでしょう。本来は王妃殿下自らが毒を飲んで、誰かに罪を着せるおつもりだったのではございませんか?」


 アリアリーナの無表情の問いかけに、アデリンは息を呑み冷や汗を流す。


「予測不可能なことが起こり上手くいかなかったため、暗殺を実行した男に偽のターゲットを自白するよううながした。ツィンクラウンの建国記念祭の場にて計画を実行したということは、本当のターゲットはあの場にいる誰か、それも王妃殿下ほどのお方が毒を飲まなければ吊るせないくらいの地位を持つ者。処刑された罪人が自白した貴族でないことは確かでしょう。真のターゲットを吊るし上げるのであれば、皇女という地位のある私が毒を飲んだとしても作戦通りターゲットを売ればいい。しかし、私が毒を飲み、わざわざ作戦変更して自国の貴族を売ったということは……王妃殿下が吊るしたかった人物は、私でしょうか」


 微笑びしょうする。

 もう、呪いの恐怖におびえヒステリックな行為に走る弱い自分ではない。一度絶望し、肉体の死を経験したからこそ、成長できた。今世においても、この身は呪われているが、もう怖くない。過去のアリアリーナではない。

 一国の王妃相手に強気に出た彼女は、フッと雰囲気を和らげた。


「と言いたいところですが、残念ながら事件は、私や王妃殿下の茶番ではございません。あのワインに毒が入っていると思ったのはただの勘です。私は記憶力がいいのです。ディオレント王妃殿下にワインを渡した使用人は、見たことのない顔でした。大抵たいてい、ああいう公然の場、それも各国の貴族や王族、皇族までもが集まる場において、まだ経験の浅い新入りの使用人がワインを運ぶということは、何かが起こると相場が決まっているのです」


 アリアリーナは自信ありげに答えた。

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