第3話 妄想癖のあるストーカー

 私はミシェルの質問にショックを受けている。


――私はロベールと付き合っていない?


 私はロベールと付き合っていると思っていた。


 競技会の後、私はロベールに「私の婚約者になりなさい」と言った。

 その後、ロベールは・・・

 私に「ダンスパーティーを一緒に踊ってもらえませんか?」と言った。


 ロベールから直接的な回答はなかった。でも、同じ意味のはずだ。

 ひょっとして、違うのだろうか?


「付き合っているはず・・・」私は小さくミシェルに言った。


「はず、ですか?」

「ええ、そうよ」

「付き合っているか?いないか? これは『虫よけ大作戦』において重要なことです」

「そう?」

「もし、お嬢様がロベール様と付き合っていなかったら、他の女子生徒を排除する権利はありません」

「そんな・・・」

「つまり、二人が付き合っていない場合、お嬢様は妄想癖のあるストーカーなのです!」

「妄想癖のあるストーカー?」

「そうです。ロベール様と付き合っている、という妄想。ロベール様に付きまとうストーカー。そういう意味です」

「うぅぅぅ・・・」


 ミシェルは『私たちが付き合っているか?』の事実確認をし始めた。


「どちらかから、「付き合ってください!」と言いましたか?」

「私から「私の婚約者になりなさい」と言ったわ」

「ふむふむ。お嬢様が告ったんですね」

「まあ・・・そうね・・・」


「それで、ロベール様の返事はどうでした?」

「ダンスパーティーで一緒に踊ってほしい、と言われたわ」

「ふーん」

「なによ?」

「ロベール様はお嬢様に対して、正式にお返事されていませんね」

「えっ? 意味は同じでしょ?」

「そうですか? もし、『お肉食べたいですか?』と質問されて、『魚がいいです』と答えたら意味は同じですか?」

「違うけど・・・」


 私はミシェルに反論を試みる。


「照れ隠しで『ダンスパーティーで一緒に踊ってほしい』と言ったんじゃないの?」

「ご本人にちゃんと確認しましたか?」

「してないわよ! だって、実質的にオッケーでしょ」

「それはどうでしょうか・・・」


 いま私は理解した。


――ミシェルは私とロベールが付き合っていないと思っている!



「今日、ロベールと手をつないで、いえ、腕を組んで歩いたわ」

「ふーん」

「腕を組んで歩く男女は恋人よね?」

「手をつないで、腕を組んで・・・子供ですか?」

「はぁ?」

「小学生でも手をつなぎますよ。それだけでは付き合っているとは言えません」

「じゃあ、どうしたら付き合っている男女なのよ?」

「そうですねー。たとえば、キスしたとか・・・」

「キッス?」

「そうです。恋人同士ならキスくらいは・・・」

「キッスは正式に婚約した後にすることじゃ?」

「ふっ」


 ミシェルは鼻で笑った。完全に私のことをバカにしている。


「違うの?」

「お嬢様、何十年前の話をされているのですか? 今の男女は婚約前にキスします。これが普通です」

「えっ? ひょっとしてミシェルはキッスしたことあるの?」

「いやー、どうでしょうねー」

「ちょっと、ミシェルーーー!」


 ミシェルは納得しないと『虫よけ大作戦』を遂行しない。とりあえず、ロベールには明日確認しよう。


***


 少々取り乱した私は、ミシェルに具体的な任務を伝える。


「『虫よけ大作戦』は他の虫(女子生徒)をロベールに近づけないための作戦」

「まあ、二人が付き合っているのなら、協力しますよ」

「明日、ロベールに確認してくるわ」

「私が動くのは確認後ですからね」

「それでいいわ。とにかく、ミシェルは女子生徒を追い払うのよ!」

「えぇ? 具体的にどうやるんですか?」


 私は『虫よけ大作戦』の内容をミシェルに説明する。


「まず、この作戦は2段階に分かれる」

「面倒くさいですね・・・」

「うるさい! まず、1段階目。『ロベールが私のことを愛している』という噂を学校中にばら撒きなさい。『私も、ちょっとはロベールに気がある』ことを付け加えてもいいわ」

「えぇぇぇ? 付き合ってもないのに?」

「しつこいわね! 付き合ってるわよ! 明日証明するから!」

「はいはい」

「やるのよ! 分かった?」

「しかたないですね・・・」


「次に、2段階目。ロベールに近づいてくる女子生徒がいたら邪魔しなさい」

「それは無理ですよ。学校ですから女子生徒がロベール様に近づくこともあります。全部は阻止できません」

「もちろん分かっているわ。だから、一定の距離までなら許す」

「一定の距離……どこまでですか?」

「そうね・・・半径1メートルはどうかしら?」


 ミシェルが呆れたようなジェスチャーをしている。この侍女はいちいちムカつく。


「半径1メートル? 教室で、ロベール様の隣の席に座ったらアウトですよ」

「そうね」

「現実的な距離にして下さい」

「じゃあ、半径50センチメートルは?」

「半径50センチメートルですか。パーソナルスペースがそれくらいですから、まぁ妥当な距離ですね」


 ミシェルは半径50センチメートルに納得したようだ。


「そして、ロベールの半径50センチメートルに女生徒が入ってきたら・・・」

「いたら?」

「タックルして半径50センチメートルの外に出すのよ!」

「タックルですか?」

「そうよ。パーソナルスペースに私以外の女生徒が入ってきたら、ロベールは意識するはず。そんなことはあってはならない!」

「お嬢様の気持ちは分かりますが・・・効率悪くないですか?」


 またミシェルはバカにしたような目で私を見ている。


「じゃあ、どうすればいいのよ?」

「そうですね。お嬢様がロベール様に結界魔法を掛けたらどうですか?」

「結界魔法?」

「女性が半径50センチメートル内に入れない結界魔法です」


 ミシェルの意見は尤もだ。なかなかいい案かもしれない。

 私は何か見落としがないかを考える。


「その結界、私も入れないよね?」

「まぁ、そうなりますね。でも他の女子生徒は排除できますよ」

「却下! 却下よ!」


「ちっ!」

 ミシェルの抵抗は虚しく終わった。


「私やロベールの家族以外の女性が入れない結界、そんな複雑な結界を作る方が大変。あなたが付きっきりで見張ってタックルした方が効率的!」

「絶対に違うと思いますよ・・・」

「何か文句でも?」


「それに、私、他の学生に嫌われませんか?」

「嫌われるかもしれないわね・・・」

「そんなの嫌です! 私、仲間外れは嫌なんです!」


 ミシェルは泣き落とし作戦に出た。さすがは私の侍女、私がこういうのに弱いのを知っている。ただ、私は折れるわけにはいかない。


「ミシェル、よく聞きなさい」

「はい、お嬢様」

「あなたは他の学生に嫌われるのと、私に嫌われるのと、どちらが嫌かしら?」

「ぐぬぬぬ・・・」

「ほら、どっちが嫌?」


「ちっ!」

 また舌打ちした。ミシェルは泣き落とし作戦の失敗を悟ったようだ。


「もちろん、お嬢様に嫌われることです」

「じゃあ、他の学生に嫌われても構わないわね?」

「それは・・・」

「不満なの?」

「承知しました・・・」


 あぁ、疲れた。ミシェルは優秀だけど、こういうところが疲れる・・・


「じゃあ、確認するわよ。ロベールの半径50センチメートル内に入った女生徒がいたら、あなたはどうするの?」

「タックル・・・。タックルして、追い出します」

「よくできました!」


 こうして私は2つの作戦を決行することにした。

 すべては、ロベールを伯爵にして私と婚約するため・・・



 それにしても、


――付き合っている男女は婚約前でもキッスするらしい・・・


 ミシェルから有用な情報を聞いた。

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