第3章

第17話

 昼休みに生徒会室へ来るようにと、月日が累を呼び出したのは翌日だ。

 考えに考え抜いた末、誠意を見せたいと思ったのだ。


「こんにちは」


 生徒会室でスタンバっていると、累が時間通りにやってきた。


「用事ってなんですか?」

「せっかちね。まあ、そこに座って」


 累が席に着くのを確認し、冷蔵庫から冷やしておいた麦茶を出した。


「どうも」


 累は受け取ってすぐに飲み干してしまう。


「あなた本当にせっかちね」

「お昼休みの時間は限られていますから」

「まあ、そうよね……はい、これ」


 累の目の前に、布で包まれた箱を置く。


「これは?」

「開けてみてよ」


 言いながら、月日はちょっと離れた累の隣に腰を下ろした。

 彼女は一瞬だけ眉根を寄せたのだが、そろそろと布を解く。中から顔を出したのは、苺がプリントされた弁当箱だ。


「お弁当箱に見えますけど」

「そうよ」

「……これは?」


 累が本当にいぶかしんでいるので、月日は「あーもうっ!」と両手のこぶしを握り締めた。


「お弁当よ、作ったの!」

「ではどうぞ、先輩が食べてください」

「ワタシのはこっちにあるわ。それは、累のお弁当」

「はい?」


 開けてみてよと言うと、累は蓋に手を伸ばし、ぱかっと開けた。


「……」

「焦げちゃったの。お菓子作りはするけれど、お料理は苦手で」


 中には、ちょっと焦げた卵焼きと、ちょっと焦げた照り焼きチキンが入っている。

 彩りのプチトマトをまとめた串には、つまみの部分が星型だ。累はそれをまじまじと見ていた。あまり表情が動かない彼女が、驚いているのが月日にもわかる。


「私にですか?」

「あなた、毎日毎日パンとかお菓子ばっかりだから」


 ふふっと累が笑う。月日は、はじかれたように彼女を見た。

 累は箸を手に取ると、いただきますと手を合わせる。ちょっと焦げた卵焼きを切って、口に運び入れた。


「……美味しい」


 恐る恐る見ていた月日は、累の食べる姿にほっとして全身から力が抜けていく。


「美味しいです、先輩」

「……よかったわ。ワタシも一緒に食べていい?」

「どうぞ、お好きに」


 照り焼きチキンも美味しい、とにこにこしながら食べる累を見て、まったく同じ弁当を開きながら、月日は自然と笑みがこぼれていた。


「お料理苦手って言う割には、めっちゃ美味しいですよ先輩。ありがとうございます。焦げ味がアクセントです」

「それ、焦げてるってことじゃないのっ!」

「あはは!」


 累が笑った。


「あー、おかしい。先輩そんなに怒らなくても」

「累――……」


 月日はあんぐりと口を開けながら彼女を見た。

 思わず身を乗り出して、月日は彼女の頬を両手で包み込んでいた。

 突然頬を包まれた累は、驚いた顔のまま固まる。


「あなた、笑うと可愛いのね」

「……はあ。ありがとうございます」


 もういいですか、と言われて月日は両手を大慌てで引っ込める。累は気まずそうに口を曲げた。


「先輩のほうが可愛いですけどね。笑っていてもいなくても」


 累も気まずかったのか、いつも言わないようなことを口走った。さすがに予想していなかったため、月日の顔に一気に血が上ってくる。


「可愛いというか、美人。みんな騒ぐのもわかります。生きた人形みたいですから」

「そそそそそそそんなことないわよ」

「そんなに挙動不審にならなくとも……」


 月日は累の視線を避けるように、そっぽを向いて自分のお弁当をつまむ。


「先輩。自分のお弁当も持ってきたんで食べていいですか?」

「え、もう食べ終わったの!?」


 月日作の弁当をすっからかんにした累は、ランチ用のバッグからどでかい入れ物を取り出した。

 月日が作ってきた弁当が、子どもサイズだったかと思われるような、超特大サイズだ。


「その量を全部食べるの!?」

「成長期なので」


 ラグビー部も真っ青な大きさの弁当箱を取り出して、累はパカッと蓋を開けた。

 身を乗り出して中身を覗き込み、月日はニコッと笑った。


「わ……すごいわ! これ、累が作ったの?」

「パンの日は、寝坊が原因です。基本的には、自炊します」


 ぎっしりとご飯が詰め込まれており、豚肉と茄子の味噌炒めがどどーんと入れられているという、まさに豪快そのものだ。


「なによ。あなた自分でお弁当作れるんじゃない」


(毎日パンだったから、作って来たのに)


 月日は豪華な弁当を見て、しゅんと気持ちが落ち込んだ。自分がしたことが、大きなおせっかいだったと気付く。


「作れますけど、先輩みたいに可愛いのは無理です」

「可愛いっていうか……焦げちゃったし」

「私を心配して作ってくれたんですよね。嬉しいです。ありがとうございます」


 累は、豚肉と茄子をちょっとだけ月日の弁当箱の蓋に乗せてきた。


「私のは手抜きなんで。でもこれあげます。お礼」


 月日は累がくれたみそ炒めを口に入れ、目を見開く。


「美味しいわ」

「先輩の手作りにはかないません。入ってるものが違うでしょう?」

「材料はもちろん違うけど」


 それに累は思い切りため息を吐いた。


「愛情をいれて作ってくれたんじゃないんですか?」

「愛……っ!?」


 月日の心臓が早鐘を打ち始める。だが、累はどこ吹く風で野菜をシャクシャクと食べていた。


「自分で作るのもいいですけど、愛情込めて作ってくれると美味しいですよ」

「あ、あ、愛情なんて入ってないわっ!」

「あはは、先輩照れて可愛い」

「照れてないわよ! それより累、ご飯粒ついてるわよ」

「どこですか?」


 月日は、累の口元についたご飯粒を指先ですくい取る。


「ほら見――」


 指先に着いたご飯粒を見せようとしたところ、累の手が伸びてきて月日の指先を唇に押し当てる。


「――――!?」


 そして、米粒をぱくっと食べた。


「一粒でも残すと、目が潰れるんですよ」


 月日は全身が発火するほど熱くなっていた。


「あ、そうだ。そういえば先輩、私のこと嫌いって言ってましたよね」

「…………うん、嫌いかも」


 累はウエットティッシュを取り出すと、動けなくなっている月日の指先をごしごし拭きあげる。


「そうですか。別にいいですけど」


 会話はそこで終わってしまった。累の顔を見ることができないまま、月日はただ黙々と自分の弁当を食べた。

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