プロローグ
どの学校にもイケメンや美女の一人二人はいるが、月日は漫画の主人公のようにレベルが違う。
学内で、住んでいる町内で、彼の名前を知らない人間はいない。
連日、靴箱や机の中にラブレターが届く。
朝昼放課後と告白する女子が、毎日あとを絶たない――。
「先輩、つきあって下さい!」
放課後。人気のない渡り廊下に少女の声が響いた。
「一目ぼれなんです……」
顔を真っ赤にしたショートカットの女子生徒が、思い切り頭を下げる。
絞り出すように出した彼女の声は震えていた。
頭を下げる彼女の前に立っていた青年は、口を真一文字に引き結び、ほんの少しだけ眉根を寄せる。
「……ごめんね」
断り文句を告げる青年の声は、まるでそよ風のように爽やかだ。
人形が息をしているかと思うような、整い過ぎた容姿。
通った鼻筋に、穏やかに揺れる緑味の強い茶色の瞳。
サラサラな黒髪に一八〇を超える高身長。
――彼の名前は、十条月日。
道行く誰もが振り返る、この学校で知らない人がいない人物だった。
「君の気持ちは、嬉しいんだけど……」
月日の言葉を聞いた女子生徒は、目を真っ赤にして涙をためていた。
「いえ、こちらこそごめんなさい! ありがとうございました!」
「あ、ちょっと……!」
告白した少女は、振り返りもせず駆け出して去って行く。
「はああああああ」
月日は、ため息とともにがっくしと肩を落とした。
ここ三日、朝昼放課後と連続で告白されている。
そのため、彼の精神は擦り切れていた。
彼女たちの気持ちを思うたび、月日の心は痛む。
先ほどの女子生徒も、五分後には彼女のクラスで待っていた友達に慰められ、泣きながら下校するのだろう。月日は脳裏に浮かんだ彼女の泣き顔を、頭を振って追い払う。
そもそも、いくら好きだと言われたとしても、月日は誰かと付き合う気はない。
告白してくる相手にはいつもそのことを伝えており、学校中が知っているはずだった。
それでも、月日に思いを寄せてくる人は絶えないのだ。
「あー、もうっ……」
辺りに誰もいないことを確認すると、月日はポケットから小さなクマのぬいぐるみを取り出した。
「今日も告白を断っちゃったわ、いやね、こんな毎日」
目がばってんになっている茶色のクマに、先ほどと同一人物とは思えない口調で月日は話しかけた。
「ねぇティム、どうしよう。今日も泣かせちゃったの」
蝶ネクタイをしたぬいぐるみの頬をなでると、月日は頬ずりした。
「あああ、どうしよう。ワタシどうしたらいいのかしら……」
この十条月日という、まるで王子様な人物。
学校中の女子が恋に落ちる美貌と、全校の男子生徒がうらやむ頭脳を持ち合わせながら、実はかなりの乙女だった。
それを知っているのは、月日の家族と幼馴染だけ――。
「彼女たちが、どれだけ勇気をもって告白してくれたか考えると……ああーんもうっ!」
ティムに頬ずりしながら悩まし気な声を出していると、その時。
人の気配がしてハッとした。
見れば、背の高い女子生徒があんぐりと口を開けたまま月日を凝視していた。
月日の心臓は止まりかけ、クマのティムをぎゅっと握りしめてしまった。
「きゃあ! ティムごめんなさい!」
女子生徒は、驚いた顔のまま固まりかけている。
月日は女子生徒と再度目が合うと、さっと血の気が引くとともに悲鳴を上げた。
「きゃあああああ!」
「え――!?」
女子生徒は一瞬おろおろしたあと、辺りを見回してから月日に近寄ってくる。
いまだに悲鳴を口からほとばしらせている月日に向かって、一呼吸おいてから手のひらを前に出した。
「人の顔を見て悲鳴を上げないでください。私は化け物じゃありません」
放たれた凛とした声に、月日は目じりから出かけていた涙が止まる。ティムを握りしめながら、ガタガタ震えた。
「いっ……」
「落ち着いてください」
「いっ、いやああああ!」
月日は衝動を抑えきれず、その場から全速力で走って逃げてしまった。
教室に戻り、水を一気に飲みほして落ち着いたあと、自分のしでかしたことの重大さに気が付いた。
(まずいわ!)
ずっと隠し続けていた乙女な本性を、どこの誰かもわからない女子生徒に見られてしまった。
それにパニックになりすぎて、言い訳も口止めもせず、その場から走って逃げてしまったのは最悪中の最悪でしかない。
冷静になってくると、みるみる月日の身体から血の気が引いていく。
心を落ち着けようと、ポケットに手を突っ込む。そこにいつもいるはずのぬいぐるみ、ティムを探したのだが彼の姿が見当たらない。
(うっ、うそっ!? まさか、落っことして……!?)
大慌てで渡り廊下に戻るが、すでに先ほどの女子生徒の姿はない。
「待って、本当にどうしよう」
周辺をキョロキョロ見渡し、落っことしたティムも探した。走って逃げた道を数往復したが、ティムの姿は見当たらない。
渡り廊下の近くもくまなく探したが、結局見つかったのは、女子生徒が立っていた場所に落ちていたシャープペンシルだけだった。
「山田……?」
月日は彼女のものであろうシャーペンを手に取ると、それをぎゅっと握りしめた。
「どうしよう! このままじゃ、ワタシの正体がばれちゃう! 探さなきゃ!」
しかし。
月日の必死の決意もむなしく、その日のうちに彼が『山田なんとかさん』を見つけることはできなかったのだった――。
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