第35話

 プレッパーのコロニーを監視しているマットとカウボーイ、それに監視壕を掘っているジャクソンとバーバラ以外のメンバーとビッグジョーは集落から見えない位置まで森の奥に戻りそこを仮の拠点とした。あまり日のささない木立の中で良い環境とは言えないが敵に見つからない事の方が大事だ。背嚢を持ってきたので携帯食は充分にある。トラックを隠すときに補充した水もまだ充分にある。ケビンがよっこらせと背嚢を下ろし固縛していた無線機を外した。

「ビッグジョー、無線はこの辺でいいか?」

「そうだな。そこでいい。アンテナはあの枝に掛けとけ」

 ケビンはビッグジョーが指さした枝を見た。

「了解、あのあたりね」

 背の高いイエローパインの木だ。他の枝が邪魔にならないように角度を調整し何度か投げてやっと紐が枝を跨いだ。その紐を引っ張りアンテナ線を枝まで引っ張り上げて固定した。

「ケビン、ついでに大隊本部に通じるかテストしておけ」

「ああ、やっとく」

 ケビンは無線機の前に座り込むとヘッドセットを被り、マイクを取った。

「キングスギャンビット、こちらビッグジョー。通信チェック。聞こえるか?」

 この辺りからならホースランチの町の無線中継局経由でオーエンズまで届くはずだが、何しろこの森の中だし、それなりの高さの高地もある。中継局まで電波が届くかのチェックは必須だった。


 イカサマとジェシカが三番手の見張りについた頃にはすっかり陽が落ちていた。とっくに畑からは人影が消え、放たれていた牛も囲いの中に入っていた。風力発電の電力を節約するためか丸太組の家の窓にはゆらゆらとランプのものと思しき明かりが灯り、煙突からは微かな煙が立ち昇った。微かに料理の匂いさえしそうだ。とてもカルトやテロリストのコロニーとは思えないのどかな農村の風景だ。

 ジェシカがイカサマの指示であちこちを双眼鏡で見ているが、これまでの二組と同様に監視の成果は得られていない。掠われた要人の気配もなく、要人が監禁されているなら見張りの交代くらいはあるかと思ったがそういった人の動きもない。一人の歩哨すらたてていない。こちらの集落は「はずれ」だったのか。

 監視をはじめてから1時間が経過し、辺りが完全に闇に沈んだ頃だった。一軒の丸太組の家の扉が開き、灯りが漏れた。

「ジェシカ、あの左から4軒目の家の扉が開いたのが判るか?」

 ジェシカが双眼鏡をそちらへ向けた。

「はい、見えました。…あ、人影です。杖をついている老齢の男性が一人、同じく老齢の女性が一人。あとは…中年の男性とランタンを持った女性が二人出てきました」

「ジェシカ、双眼鏡を寄越せ。それとビッグジョーを呼んできてくれ、静かにな」

 ジェシカはイカサマに双眼鏡を渡すとゆっくりと後ずさり、ビッグジョーを呼びに行った。イカサマはジェシカから双眼鏡を受け取ると家から出てきた一団を観察した。女性二人がランタンを掲げ、反対の手で老齢の男女をそれぞれ支えた。

「若い女は介助者か? 杖があっても介助者がいないと歩けないくらい年寄りってことなのか?」

 ランタンがあっても暗い夜道だ。足下の覚束ない老人には昼間よりもなおさら歩きにくいだろう。

「それならこんな暗くなる前に動いた方がよかったんじゃないの? その方がこっちも楽だったのによ」

 心の中で愚痴をこぼすイカサマを余所に一団は別の家に向かっているようだった。

「掠った要人と会うために現れたテロリストの幹部って感じか?」

 イカサマは数秒間、双眼鏡から目を離し周辺の目印を探したが双眼鏡で観察していたときに目に入ってしまったランタンの光のせいで夜目が効かない。双眼鏡で見ると夜目を効かなくするくらいには明るかったランタンだが、裸眼で見ると辺りを照らすまでの光量はない。下弦の月の今日はこの時間は星明かりしかない。満天の星空とは言え裸眼では辺りをぼんやりと照らすランタンの光が動いている、くらいしか判らなかった。諦めて双眼鏡での観察に戻った。似たようなデザインの特徴のない家ばかりで気をぬけば集落のどの辺りなのか判らなくなりそうだった。

 後からビッグジョーが這って現れた。

「イカサマ、動いたか?」

「ああ、ビンゴかどうか判んねえけどな。聞いていると思うが男女の年寄りとその介助と思しき女二人、おっさん一人が左から4軒目の家から出て移動中、っと待った。目的地に着いたみたいだ」

 双眼鏡の視界の中で中年の男性が家のドアを叩くのが見えた。

「4軒目の家からさらに4軒、左へ行った小さい方の家だ。いま、おっさんがノックしてる」

 ビッグジョーの目にも家のドアが開き灯りが漏れるのが見えた。

「若い男がドアを開けたな。全員入るみたいだな」

 全員が家に入りドアが閉まった。

 ここから双眼鏡で見ているだけでは決め手は得られない。どうやって確証を得るか。オーマン軍曹と一緒に待機しているフェルナンデス巡査部長なら掠われた要人の顔を知っているだろうが、人質の顔を拝めなければ結局のところあの小屋に人質がいるという確証は得られない。

 丸太小屋の中にいる人質が例え声を限りに叫んだとしてもここまで聞こえるかどうかあやしい。

「連中、どう動くかね」

「中尉が言ってた連中の要求の回答期限はもう過ぎたろうしな」

「州政府がテロリストの要求のんだとは思えねえな」

「まあ、プレッパーと州政府がどう揉めようと構やしねえ。いっそのこと、外で人質を公開処刑とかしてくれりゃ話が早いんだがな」

「ジョー。それは黒すぎるぜ」

 双眼鏡を覗いたまま呆れたようにイカサマがツッコミを入れた。ツッコミに反応せず考え込んでいるビッグジョーにイカサマが言った。

「ブトコフスキーから聞いたんだけどよ。体裁つけりゃ良いんだろ? 今度の件はよ」

 ビッグジョーはハッとしたようにイカサマを見た。イカサマは変わらず双眼鏡での監視を続けながら言葉を継いだ。

「良いじゃねえか。アレが当たりってことで。『人質が囚われていると思しき建物を発見。テロリストの幹部と思われる人物が護衛とともにその建物に入り長時間にわたり滞在したことを確認。さらなる脅しのために人質を尋問していたものと思われる』ってなもんでよ。俺たちにゃあ人質の顔かたちすら知らされてねえんだぜ」

 ビッグジョーは薄ら笑いを浮かべイカサマに応えた。

「違えねえ。そりゃ良い考えだ。イカサマ、時間まで監視を続けろ。」

「あいよ」


 森の中の待機拠点に戻ったビッグジョーはメンバーに状況とこれからやろうとしていることを説明した。ジェシカをイカサマのところに戻すと無線機に繋いだヘッドセットを被り、マイクを取った。

「チャーリー1。こちらビッグジョー。聞こえるか?。チャーリー1。こちらビッグジョー。聞こえるか?」

「チャーリー1、受信」

「チャーリー1、中尉を頼む」

「ビッグジョー。呼んでくる、少し待て」

 1分とかからずジエン中尉が無線に出た。

「ビッグジョー、見つけたか?」

「チャーリー1。どうやら見つけたみたいです。監視中のグリッドAJ(アルファジュリエット)10のテロリストのものと思われる集落に人質になっている要人が監禁されていると思しき小屋を発見しました」

「要人の無事は確認できたのか?」

「そいつに関してはネガティブです。ごつい丸太で組まれた小屋に閉じ込められ、窓にもカーテンが掛かって確認はできません。ただ、テロリストの幹部と思われる複数の人物がその小屋を訪れ、長時間滞在してました。可能性は高いと考えます」

「確認する方法はないか?」

「先だって連絡したとおり集落の周りは農地などの開豁地の上、犬もいます。気付かれずに接近は無理です」

「判った。敵の規模に関する見積もりに修正はないか?」

「ありません。集落の規模から見て戦闘可能な人数は最低でも60、多けりゃ100くらいは居そうかと」

「分かった。それだけの数となると我々だけで相手取るのはちょっとキツいな」

 ジエン中尉の言葉を聞いてビッグジョーは「我々のなかに俺たちを入れてんじゃねえだろうな」とイヤな気分になる。

「AK(アルファキロ)10にある集落も同規模です。そっちにも同じくらい居ると考えたがいいでしょうな」

「そうだな。…対応を検討する。監視を続けてくれ」

「了解しました。ビッグジョー以上」

 ビッグジョーは無線を待機状態に戻した。もともとこんな予定ではなかったのだ。予備のバッテリーは持ってきてない。トラックからおろしたときはフル充電されていたがここでは再充電しようにも手段もない。バッテリーは大事にするべきだった。

「伍長。朝までは監視を続ける」

「了解。すんなり引き揚げさしちゃあくれないか」

「ああ、中尉だって俺たちと似たようなもんよ。現場とシェーファーのおっさんの繋ぎをやらされてんだ。ひょっとしたら繋ぐ先は上にバレたシェーファーのおっさんが飛ばされてその上になってるかも知れねえけどな」

「はは、ありそうだな」

 ビッグジョーとブッカーは立木を背に眠ろうと目をつぶった。気温は昼よりはずっと下がっているとは言え風が通らずポンチョを着ていると微妙に蒸し暑い。だが夜明け前には気温が下がる。夜露も降りるし今は暑いと思ってもポンチョを体に巻き付けておかないと風邪をひきかねない。メンバーにも徹底はさせているがそう何日も続けられるものではない。

 早めに手を引きてえもんだ。だがそれを決めるのはここではなく快適なオフィスにいる連中だ。

 やってられねえ。

 

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