第20話

約三十日を経て、雲一つない快晴の中、船は目的の港に到着した。海賊たちが航路を把握していたことに加えて動力球の整備が効いたようで、最初の想定よりもかなり早く到着したらしく、キャプテンは新記録だと言って満足げに笑っていた。

海賊たちの荷下ろしを手伝いながら、シヴァドたちは自分たちの荷物も運びだす。

「よおし!こっからは俺たちは別行動だな!」

海賊の操舵手が輝くような笑顔でトオガの背をバシバシ叩く。

「え~、分け前とかねえのかよ」

「拾ったことが分け前だ!生きてるってことはそんだけで価値だぜ」

「そんなもんかね…なんか言いくるめられてないか?」

ワイン樽を台車に乗せながら、トオガが溜息をついた。書籍の入った重い木箱を置いて、シヴァドが手の甲で汗を拭う。

「悪いね、運んでもらって」

油断なく周囲を見回しながら、キャプテンはそう声をかける。

「いえ、乗せてくれてありがとうございます」

港には商店や取引所も並んでおり、そこで物を売って得たお金で次の航海の準備を整えるそうだ。特に貴重なのは沈没船などから得た金属類で、やはり金は相当に価値があるらしい。

「あんたらのおかげで随分早く着いたからね、物の状態も普段より悪くなっていないはずだよ」

「キャプテン、そろそろ荷物を売るぞ」

スキラーが声をかけ、キャプテンが部下に指示を出してそれぞれの店に運ばせる。

「僕たちも何か…」

「お前たちには他にすべきことがあるはずだ」

シヴァドの言葉を遮り、スキラーはギルドの方を指さした。

「ギルドの手帳を再発行しておけ」


それは太陽の光を弾く白い塗装の壁面が支える背の低い建物だった。窓ガラスは分厚さが一様ではないものの、枠にぴったりと収まって潮風が屋内に侵入するのを防いでいるようだった。そのガラスでできたドアを開けると、開放感のあるエントランスの真正面に受付が見える。

「手帳の再発行をお願いします」

四人分の手帳を差し出すと、受付に座っている制服を着た丸メガネの中年男性が受け取って中身を確認した。

「少々、お待ちを」

彼はそう言ってカウンターの奥のドアを開けてその先に姿を消した。

「ダメだったか…?」

トオガが呟く。小声であるにもかかわらず、その声は外の賑やかさを貫いてはっきり聞こえてきた。

俺たちの素性がバレたら、というよりも俺たちがどこから来たかということに触れられたら、貴族に狙われかけていることも判明するかもしれない。

しばらく時間が経って、奥から男性が戻ってきた。

「拝見しました。また、皆さんのことはお伺いしております。事情が非常に特殊ですが、ひとまず通常の冒険者と同じように扱います。ただし、何かあった際、例えば積極的な暴力行為や略奪の先導などを行った際には通常よりもすぐにギルドの登録を解除されると思いください」

「分かりました。ありがとうございます」

シヴァドは手帳を受け取り、四人に渡した。

外が静かになった。

気を付けないとね、と言うクロナにそうだね、とアザハが返事をしている。

ドアが開いた。入ってきたのはスキラーだった。

「外に出るな」

「え?」

言っている意味が分からないままでトオガがもう一度聞き返す。

「外に出るな、と言ったんだ」

「それは…」

アザハの質問を遮るように、キャプテンの大声と、知らない男性の声が聞こえてきた。

「そんな連中は乗せてないよ」

「言うだけならいくらでも言えるだろう。乗っていない証拠を見せてみろ」

「無茶言うんじゃないよ、まったく」

しばらく外では沈黙が空気の流れを止めていたが、やがてなにか硬いものが剝がれる音がした。

「何を…」

キャプテンが言い終わらないうちに、俺たちのいるギルドの建物を白い電撃が直撃する。

「魔力の塊を見つけたぞ。出てこい」

凄まじい高音とともに窓ガラスが全て割れた。俺たちは出ていくしかない。

「急に何の用だ」

スキラーが迷惑そうに声の主に尋ねた。

声の主は背丈ほどの巨大な大剣を左手に持った、銀の長髪の男性だった。その水色の眼光がシヴァドを貫く。

「そうか。お前が持ち主か」

「何を…」

シヴァドが反論する前に、男性は大剣を構えて飛び込んでくる。シヴァドは辛うじて剣を抜き、攻撃を防いだ。

男性が懐から何か細長いものを投げる。それは紫の光を帯びた縄で、意思を持つようにシヴァドに絡まった。男性が縄の端を引っ張りながら窓の外に飛び出し、シヴァドも引きずられて外に出た。右肩を強く打ちながらもシヴァドは起き上がり、体勢を素早く変える。横凪ぎに振られる大剣を縛られたまま受け止め、男性と向き合う。男性の足元のタイルは剥がれて、その破片がキャプテンの周囲に飛び散っていた。

「いきなりなんだって言うんだ…」

「不当に我々の領域に立ち入った。容赦する必要はない」

その目は外の光を跳ね返さなかった。やはり話の通じる相手ではない。

「防ぎきるしかないか」

心底嫌なことが起きたという表情でシヴァドが剣を握りなおす。

男は身動きの取れないシヴァドに凄まじい速度で大剣を振るう。白い衝撃波が弧を成して飛ぶ。シヴァドがしゃがんで攻撃を回避し、そのまま前に飛んで距離を詰める。後ろでキャプテンが荷物を守るよう指示する声が聞こえた。シヴァドの体を縛る縄はびくともしない。男性は後ろに飛び退りながら、縦に大剣を振る。無理やり体を捻って衝撃波を避け、また立ち上がる。安定しない姿勢に真っ直ぐ大剣が迫り、それも体捌きで回避する。

「いい加減に降伏したらどうだ」

「冗談じゃない。強盗に頭を下げる家主なんていないだろう」

その言葉を聞いて、男性は逆上したようだ。縛られたままのシヴァドの首めがけて大剣を薙ぎ払う。その一撃を、シヴァドは後ろに跳んで避ける。

「今の発言、教会に対する侮辱と見なすぞ」

「ただの例えだよ」

シヴァドの返答を聞いてますます我慢ならなくなったらしい。男性の攻撃は一層苛烈になり、一撃の速度も威力も増しているように見えた。

一方で、シヴァドに煽られる前まではキャプテンにも向いていた意識が、今では完全にシヴァド一人にだけ集中していた。少しづつ、シヴァドの服を大剣の刃が掠めはじめる。

「おい、大丈夫なのか?」

俺のささやきにシヴァドは攻撃を避けながら答えた。

「大丈夫だよ、もう少しで…」

答え終わるか終わらないかのタイミングで、男性が渾身の一撃を大上段から振り下ろした。

シヴァドはすんでのところでそれを回避したが、跳ね上がるタイルの破片が眉を切った。その体勢は大きく崩れている。男性が切り上げると、シヴァドは勢い余ってついに尻もちをついた。

「貰ったぞ!」

男性が体重を乗せて大剣を振り下ろした。


それからは一瞬だった。


シヴァドの体を縛っていた縄がほどけ、一瞬にして魔法陣を作り出し、剣戟を弾き飛ばした。


男性は飛び退り、驚愕の表情でシヴァドを見ている。

「間に合った」

シヴァドが剣を抜いて立ち上がると、魔法陣も追随してシヴァドの正面に動く。

「大剣に帯びた君の魔力を削り取って作った、防御魔法陣だ。君が攻撃しても、魔法陣は君の攻撃を吸い取るはずだ」

「馬鹿な!魔力の漏洩などなかった筈だ!」

「完全に漏洩を防ぐ術なんてないよ」

シヴァドは剣を構えて男性をまっすぐ見つめる。

「すぐに立ち去ってくれ」

「立ち去るものか」

男性は低く唸り、もう一度自分の武器を構えなおした。波の音も止まった完全な緊張が港を満たす。地面を蹴る音とともに、男性が大剣をシヴァドに突き立てようと飛び掛かり――。

「やめなさい」

シヴァドと男性の間から声がした。男性はすんでのところでブレーキをかけて立ち止まる。

「争いを起こさないという取り決めはどうしたんだね」

大柄な老人が立って、あたりをぐるりと見回していた。

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