第15話 スーパーGT 最終戦鈴鹿

 10月、朱里はH社のホームコース鈴鹿にやってきた。チャンピオン争いをしているH社の2台は、相当の走り込みをしているようである。

 予選Q1はまたもや朱里に任された。最終戦はサクセスウエイトがないので、マシンの性能とドライバーの技量で決まる。前回は元チャンピオンの野沢についていったが、今回は他のマシンとの接触をさけて、少し遅めにコースインした。

 3周目アタック。S字をうまく抜けて、デグナーでは左側をゼブラゾーンに乗せて抜ける。ヘアピンではアウトインアウトの立ち上がり重視のラインを取る。スプーンコーナーでは横Gを感じる。バックストレートではアクセル全開。130Rはノーブレーキだ。シケインは早めにブレーキをかけ立ち上がり重視で抜ける。そして下りながらメインストレートへ。

 結果はレコードタイムの1分44秒112にせまる1分44秒856を出すことができた。無線で、館山が

「OKだ。もどってこい」

 と言ってきたので、朱里はバックミラーで後続車を確かめながら走っていた。マリアとリリアがバックストレートで抜いていった。4周目もアタックしているようだった。

 Q1は3位で通過できた。朱里より速かったのはH社10番野沢とH社7番高橋である。2台とも鈴鹿が地元だ。走り込みはされている。マリアとリリアもQ2進出を果たしていた。

 Q2は山木の出番である。山木は後半の一発勝負にかけた。他のマシンのタイムをねらってチェッカーフラッグが振られた後にタイムを出すタイミングででた。

 4周目、残り10秒というところでラインを越えた。山木の次のマシンからはチェッカーを受ける。山木は勇気をだしてアクセルを踏む。前へ前へとマシンを進める。デグナーを過ぎたところで、館山から無線が入る。

「飯田が43秒台!」

 レコードタイムだ。(やはりねらってきたな)と山木は思っていた。自分もレコードタイムねらいの走りをしているのだ。ポイントはシケインだ。いかにして速く抜けるかがカギだ。山木はいつものラインよりもストレートに近いラインをとる。片輪をゼブラゾーンに乗せて走るので、ステアリングががたつく。ここでアクセルを緩めるとスピンにつながる。ぎりぎりのテクニックだ。立ち上がりではアクセルを思いっきり踏む。そしてチェッカー。結果は1分43秒899。目標の43秒台に乗せた。

 無線で館山が

「やったぜー! レコードタイムだ」

 と怒鳴っている。一瞬、無線を切りたくなるぐらいの怒鳴り声だった。マシンを流しながら山木はジワーっと喜びがわいてきた。ピットに入るともみくちゃにされた。一番いやらしいのは朱里で、後ろからのコチョコチョ攻撃が山木だけでなく、皆の笑いをさそっていた。


 決勝日。天候は晴れ。スタートドライバーは朱里で、2番手に庄野、ラストは山木となった。山木は自分のドライヴィングで年間チャンピオンを決めたいと願ったからである。もちろんスタートを朱里に任せても大丈夫と思っているからである。ただ、館山はポールからのスタートを朱里に任せるのは不安に感じていた。そこで、朱里に

「トップを守らなくてもいいぞ」

 と声をかけた。すると、朱里の闘争心に火がついた。トップを走るプレッシャーに耐えてみせると心に決めた。チームの作戦は全78周のうち、28周を朱里、20周を庄野、残り30周を山木が走るというものだ。庄野はソフトタイヤをはくが、朱里と山木はミディアムをはく。

 レーススタート。朱里はトップでS字に入る。ラインどりは完璧だ。後ろのH社飯田でさえ抜けない。と言ってもレースは長い。飯田は朱里の走りを見ているようだった。

 10周目、GT300のマシンが見えてきた。コーナーでは抜かずにストレートで抜くようにした。

 15周目、ヘアピンでGT300のマシンにひっかかりスピードが落ちた。立ち上がりで加速しようとした時に飯田が横に並び、ラインを変えることができず、そのまま飯田に先行を許した。

 29周目、朱里は2位でピットイン。トップの飯田はまだ走っている。庄野は7位でコースインした。しかし、上位6台はピットインしていないので暫定1位だ。庄野の走りは堅実だ。GT300のマシンを無理なく抜いていく。

 朱里は山木に詫びを言った。

「山木さん、トップを守れなくてすみません」

「いいんだよ朱里、よくやった。経験の差だよ。朱里も数を重ねれば抜くタイミングがわかってくるよ」

 その言葉で救われる気がした。

 39周目、H社飯田がピットイン。規定周回数の限界まで走っての交代だ。残り40周を2人で走る。もちろんソフトタイヤを選択だ。リリアがピットアウトした時は、庄野の後ろだったが、ニュータイヤがあったまった40周目にはリリアがトップに出た。庄野ではリリアに太刀打ちできなかった。そこにマリアも庄野にせまってきた。庄野はなんとかマリアをおさえる走りをしているが、差はほとんどなくなっていた。

 49周目、山木に交代。5位でコースにもどった。トップはリリア、2位のマリアがいるが、この2人はピットインを残している。3位にはH社10番野沢がいる。4位は同じくH社の高橋である。予選Q1で朱里の前を走った2人が今度は山木の前にいる。このままならチャンピオンになれると監督の館山は思っていた。

 59周目、リリアとマリアがピットイン。これで全車がピットインを果たす。2台のマシンが山木の前でピットアウトしてきた。だが、タイヤはあったまっていない。山木はS字で抜けると思い、まずN社3番のインに入る。ドライバーは近澤である。すんなりと抜くことができた。次はH社5番姫島である。デグナーカーブの立ち上がりで抜こうとしたが、姫島が譲らない。H社の1・2・3をねらっているかだろう。

このままでは年間チャンピオンにはなれない。H社10番が90Pとなり、山木は89Pで1P及ばないからである。何とか3位に入らないといけない。

 コーナーのたびに姫島のうしろにつく。だがストレートで引き離される。H社のセッティングが鈴鹿に合っているというか、知り尽くしている感じだ。

 75周目、GT300のトップ争いが姫島と山木の前に見えてきた。山木はその2台を使って、姫島を抜くチャンスをうかがうことにした。

 76周目、デグナーカーブを過ぎたところで、GT300が並ぶ。姫島はその後ろでやきもきしている。そして、ヘアピンでの立ち上がり、アウトインアウトのラインをとった3台の後ろから山木がアウトインインのラインで立ち上がる。姫島の横に並ぶ。姫島は前にGT300のマシンがいるので、加速ができない。山木は3位に上がることができた。監督の館山はガッツポーズをしている。朱里と庄野も目をつぶり、祈っている。庄野と朱里は全戦出場しているわけではないので、チャンピオンにはなれないのだが、山木は全戦出場でチャンピオンになる可能性があるし、チームもコンストラクターズチャンピオンになれるのだ。

 78周目、ファイナルラップ。山木は2位H社7番の高橋にせまっている。3位では満足していないのだ。監督の館山は(無理するなよ)と思っているが、無線では話さない。山木の集中を乱したくなかったからだ。

 シケインにほぼ同時に飛び込む。そして立ち上がり勝負。高橋がイン、山木がアウトだ。レースアナウンサーが

「どっちが2位だー!」

 と叫んでいる。ボードには

「10・7・1」

 とでた。山木はおしくも3位に終わった。だが、年間チャンピオン決定だ。優勝した野沢の方が悔しがっていた。

 朱里は表彰台にあがった後、すぐに中部国際空港に向かい、ヨーロッパに飛び立った。2週間後にWECの最終戦があるからである。今年最後のレースだが、まだ出れるとは決まっていない。予定ではユリアが乗ることになっている。それでも、朱里は来年を見据えている。今の自分には満足していないのだ。

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