スーパーGTに女性ドライバー登場

飛鳥 竜二

第1話 第1戦 鈴鹿

 202X年、FIAは画期的な決定をくだした。

「202X年より、すべてのカテゴリーにおいて、複数のドライバーによるレースは男女混成とする。もし、同性同士の場合はペナルティとして1時間のレースにつき、1分間のペナルティとする」

 このことは、ルマン24時間レースで女性チームが躍進したことと、近年エクストリームで男女混成のレースが盛り上がっているからだと言われている。FIAにとっても男性だけのレースでは世間に受け入れられなくなったということだろう。

 GT500に参戦しているチャレンジチーム監督の館山は、かつてのレース仲間、野島の娘、朱里に白羽の矢をたてた。まだ19才の若さだが、欧州のF3を転戦している。優勝はないものの何度か表彰台にはあがっている。現在の日本人女性ではナンバー1だと考えたからである。

 3月に鈴鹿でテストを行った。すると、エースの山木より1秒遅れのタイムをだした。シミュレーションで練習してきたとはいえ、このタイムは合格以上の何ものでもない。即、契約となった。ひとつやっかいなのは、朱里が父親をアドバイザーとして、チームに入れてくれと申し出てきたことだ。館山は正直迷った。野島とは若い時に別のチームに所属しており、競い合った仲だ。時には、接触したり、アクシデントを起こしたこともある。彼のアグレッシブな走りは、堅実な走りをする館山とは異質なものだったからだ。彼をチームにいれれば、チーム内に波がたつのではないかと危惧したのだ。だが、朱里は逸材だ。結局、その申し入れを受け入れることにした。あくまでもアドバイザーであり、決定権はないこと。また、万が一、朱里側からの契約破棄があった場合は、高額の違約金を課すことを条件とした。野島のアドバイスで、離脱することを避けたかったからである。

 さて、今年のスーパーGTは7戦で行われることになった。

 第1戦 4月 鈴鹿300km  52周

 第2戦 5月 SUGO300km 84周

 第3戦 6月 富士450km  99周

 第4戦 7月 岡山300km  82周

 第5戦 8月 茂木300km  63周

 第6戦 9月 大分450km   94周

 第7戦10月 鈴鹿450km   78周

 300km戦はドライバー2人体制だが、450km戦では3人体制をとるチームもある。だが、チャレンジチームは全て2人体制でいくことにした。朱里のパートナーである山木はチャンピオン経験者で絶対的な信頼がある。今まではパートナーで恵まれず、山木がいい走りをしても最終的に順位を落とすことがあったのだ。

 朱里の登録はぎりぎりまで延ばされた。女性ドライバーを採用したことを秘匿しておきたかったのだ。他のチームは、男性だけのチームを作っている。なぜかというと、全チームが男性だけで構成されていれば、1時間に1分のハンディを背負わなくていいからである。万が一、女性ドライバーが出たとしても、女性ドライバーが1時間走ったとして、1分のハンディがつく。これは取り返しのできるタイムと考えていたのである。

 4月1日、登録最終日。チームの体制発表を行った。山木は3シーズン目に入るので当然と思われたが、野島朱里の名前を出すと、会場にいたメディアからどよめきが起きた。GT500史上、初の女性ドライバー誕生である。朱里が会場に姿を現すとカメラのストロボがさかんにたかれていた。

 そこに、マネージャーからチーム監督の館山に連絡がきた。そのメモには、

「H社のノンリミッターチームにイタリア人女性ドライバーが加入」

と書かれていた。それを聞きつけた専門誌の記者が質問してきた。

「朱里さん、今度H社のチームにイタリア人女性ドライバー、リリアが参戦します。去年のルマン24時間レースのアマクラスチャンピオンですが、これをどう思いますか?」

朱里がその質問を受けて、

「私はF3が主体でしたので、リリアさんとはレースしたことはありません。でも、女性ドライバーが増えることはいいことだと思います。歓迎したいですね」

と無難に応えていたので、館山は

(若いのに、たいしたものだ。さすが、ヨーロッパできたえられてきただけのことはある)

と感心していた。

 結局、女性ドライバーを採用したのは2チームだけとなった。GT300には以前から女性がおり、今年は倍増していた。GT300では、1分のハンディをくつがえすのは難しいからだ。

 

 4月の第3土曜日、鈴鹿の予選日である。Q1はエースの山木がドライブする。T社は今年全面改良した新型を投入してきた。昨年はH社4勝、N社2勝、T社1勝と遅れをとったからだ。

 Q1では、山木が1分46秒台の好タイムを出し、Q2進出を果たした。朱里は初のGT500の実戦。テストでは走らせたが、他のマシンといっしょに走ったことはない。山木から

「テストのつもりで走れ。少し遅めに出て、他のマシンとからまないようにしろ」

と言われて、そのとおりにすることにした。ピットレーンがグリーンになり、6台のマシンが早速出ていく。残っているのはH社のリリアだけだ。すぐ出る気配はない。きっと自分と同じ考えなのだろう。ということで監督の館山にGOの合図を送った。ピットアウト。1周目はタイヤをあたためるために、ステアリングを左右にふる。鈴鹿のコースはレースデビューしたところであり、慣れているつもりだが3年ぶりの日本での実戦だ。少しドキドキしている。

 2周目、少しスピードをあげる。8分目だ。ヘアピンやシケインではスピードを落とし、ブレーキポイントを確認する。シケインを過ぎたところで、バックミラーに後続車が見えた。H社のマシンだ。リリアだ。

 3周目、タイムアタックに入る。第1・第2をひとつの弧でまわり、上りのS字に入る。ここはテクニックの見せ所だ。デグナーカーブを過ぎて、問題のヘアピンに入る。ここも頭に描いたとおりのラインがとれた。ここから加速。スプーンカーブに入る。アクセルコントロールが難しい。無理するとコースアウトする。

 裏ストレートではめいっぱいアクセルを踏む。130Rでは少しゆるめるが、ブレーキは踏まない。激しい横Gを感じる。そして、シケインで急減速。右・左・右にステアリングをきる。1台だけならラインどおりに走れる。そしてフィニッシュライン。無線で、

「いいぞ朱里!」

と館山の声が聞こえた。そこで、アタックを終わり、ながして走っていたら、ヘアピンの立ち上がりでリリアが抜いていった。後をついていくと、朱里を意識したのかスプーンカーブでオーバーランをしていた。となるとタイムは抹消だ。

 結果は1分47秒1。予選5位になった。チームの皆からは

「初めてにしては上出来だ」

とほめられた。しかし、山木からは

「ライン以外の走りも覚えておけ、最後はながして走るのではなく、相手がいることを考えて、ラインを外した時の走りもしておけよ。それと300の抜き方も覚えないとな」

山木の言うとおりだと思った。リリアは1分47秒8で8位に終わった。Q2のラストの位置に終わった。しかし、2人のタイムを見て、他のチームが騒ぎだした。これで、1分のハンディを背負ってしまうと、取り返すのが困難だからだ。中には、次戦のSUGO大会に向けて、女性ドライバーの手配をするチームも現れてきた。

 その夜、チームは作戦会議を行った。明日の決勝での作戦会議である。主な争点は朱里の周回数である。規定では、1時間走らないと1分のハンディは発生しない。しかし、1時間走るということは、レースの半分である26周を走ることになる。その分エースの山木が走る距離が少なくなる。そこで、館山は山木に意見を求めた。

「山木くん、周回数をどうしたらいいと思う?」

「オレから言うことではない。オレはチームが決めたとおりに走るだけだ」

ということは、

(周回数を減らすな)

と言っていると同じだな。と館山は思った。そこで、朱里にも聞いてみた。

「朱里さんは、どうしたい?」

「走りたいのは山々です。でも、ハンディで勝ったなんていわれたくないです」

その発言に、館山も山木も目を見張った。

(勝ち気な娘だな。まあ、レーサーはこれぐらいでないと大成しない)

と二人とも思っていた。そこに野島父が口をはさんだ。

「今回は朱里にとって、初舞台です。今まではフォーミュラでやっていたので、箱車のレースは久しぶり、それもGT500みたいな大きなマシンにはまだ慣れていません。まだ修行中です。そこで、私としては3分の1の18周でさせてみたいのですが、チームは1分間のハンディが必要ですか?」

館山と山木はアイコンタクトでお互いの考えと、野島父の考えが同じことをうれしく思った。

「いや、今日の予選タイムを見たら、朱里さんでも充分太刀打ちできると思っています。昨年も出ていた男性ドライバー2人に勝ったのですから、どうですか山木くん?」

「そうですね。他のチームは青ざめていましたよ」

「よし、結論を出そう。スタートは山木くん、周回数の目安は32周。3分の2以内の周回数だ。ガソリンをやや多めに入れるので前半はつらいかもしれない。残り20周は朱里さん。ニュータイヤでせめてほしい。でも300にじゃまされるから、あせらずに抜いていかないといけない。いいかな?」

皆、納得の顔をしてうなずいていた。


 決勝当日は、春らしいのどかな太陽がでていた。気温は20度近いが、路面温度は30度まで上がっている。ソフトタイヤではもたないかもしれないので、ミディアムタイヤをはくことにした。

 山木は3列目スタートで、無難に順位キープの走りをしている。ガソリンが多いので、抜かれないだけでもすごい走りである。

 中盤の26周を過ぎて、各車がピットインをして、ドライバー交代をしている。リリアも出てきた。だが、山木は入らない。他のチームは、

「チャレンジチームはハンディを捨てたぞ!」

と騒いでいる。真向勝負なら勝つチャンスが増えたのだ。後半に走るドライバーたちは朱里に負けられないと気合いを入れている。

 30周目、リリアが遅れてきた。300のペースに付き合わされ、なかなか抜けない。ところどころ、オーバーランをするなど、ミスも目立つようになった。ルマン24時間のアマチュアチャンピオンだが、ルマンでは速いクルマに抜かれることが多く、ピット作業やトラブルで順位が決まる。アマチュアクラスでは抜くことはめったにないのだ。8位のポジションが12位までに落ちていた。

 33周目、朱里の出番だ。山木がコースにとどまっていたので、朱里が最後にでるドライバーとなった。これで全車ドライバー交代で、順位がわかりやすくなる。

 朱里の順位は3位だ。山木がいい走りをして、2つポジションアップを果たしていた。2位のH社佐藤とは3秒差。4位N社近澤とは2秒差だ。無線では「KEEP」という指示が出ているが、朱里は守りの走りをする気はない。300のマシンにコーナーで追いつき、直線で抜く。そのたびに、ピットでは歓声があがっている。今年から500のマシンにはカメラが積載されており、ピットのモニターで見ることができるのだ。

 40周目、ヘアピンで2位のマシンに追いついた。そこからH社佐藤のマシンのスリップストリームに入る。ステアリングがぶれる。スプーンカーブを過ぎたところで、左に出る。加速勝負だ。佐藤のマシンはややアウトに膨らんだ。朱里が2位に上がる。ピットは大騒ぎだ。そのままレースは終わった。朱里はGT500初挑戦で、初表彰台。皆から祝福の嵐を受けていた。

 表彰台には、中央にH社の野沢・江藤。前年度チャンピオンだし、地元のレースなので負けられないと頑張ったようだ。ポールトゥウインだ。2位にT社の山木・野島。3位にはH社の飯田・リリア組が入った。順位は12位だったが、ハンディ1分が功を奏し、3位に食い込んだのだ。この結果を受けて、各チームが女性ドライバーの手配にやっきになり始めたのは言うまでもない。ちなみに結果は次のとおりである。

 1位 H社 №1  野沢・江藤組  20P

 2位 T社 №11 山木・野島組  15P

 3位 H社 №5  飯田・リリア組 11P ※ハンディあり

 4位 H社 №7  高橋・佐藤組   8P

 5位 N社 №3  山上・近澤組   6P

 6位 H社 №17 米山・前川組   5P

 7位 N社 №5  樋口・井筒組   4P

 8位 T社 №36 工藤・新藤組   3P

 9位 N社 №15 武田・元木組   2P

10位 T社 №99 鳥居・姫島組   1P

 次戦は5月のSUGO。魔物が住むコースで、波乱を予感させていた。

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