第5話 旅

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 そうだ旅に出よう。

 勇者の生首アレックスはそう思った。

 そう決心すると彼はいそいそと身支度をする。

 しかし、彼は生首であり、荷物を持てないので荷造りはしない。

 出来るのは用意された料理を食べて、食いだめをすること。

 旅に出れば、次はいつまともな食事にありつけるか分からないからだ。



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 アレックスは先日この町の危機を救い、町の英雄として祭り上げられ、町長の地位に納まった。

 そして、彼は町長としてよく働いた。

 そこでは食事に困ることもなく、だれもが彼の指示をよく聞いた。

 こうしてチヤホヤされるのも悪くないとも思っていた。

 しかし―


「アレックスよ。飽きたか?」

 アレックスに問いかけるのは、魔王の生首ヴァ―ルである。

 彼は町長となったアレックスの補佐として働いていた。

「街を支配して、たらふく食べ物を食べ、お前の望みはかなっているのではないか。人を使ってこの町を発展させる姿は、楽しそうに見えたのだがな。我より王の資質あるぞ、お前」

 ヴァ―ルはおかしそうに笑う。

「俺と思ってたのと違うんだよ。俺の描いてたのは町を恐怖で支配して、人間が怯えながら、生贄や食事を差し出すやつ。今の住民の顔がキラキラしてるし、なにも言ってないのに豪勢な食事が出てきたりするのは違うんだよ」

「まっとうに統治者していたからな。そうなる」

「くそっ。お前はどうなんだ、ヴァ―ル。かつての魔王の経験を生かして警備隊の訓練してただろ。評判いいって聞くぞ」

「…我もかなり過酷な訓練をさせているのだがな。全員ついてくるのだ。かつての我の魔王軍には遠く及ばんが、それこそ魔王軍でなければ町を落とすことは出来ないほどの力はある」

「やりすぎだろ」

「お互いにな」

 はあ、とアレックスはため息をつく。


「俺はともかく、ヴァ―ル、お前の復讐の件はどうなったんだ?」

「ああ、とりあえず魔力の回復食事に専念することにしたのだ。魔力が無ければ何もできんからな」

「なるほどな。俺はすぐに出ようと思うが、お前はまだ残るのか」

「いや、勇者に合わせて旅立とうと思っていた。そのうち飽きるだろうと思っていたが、存外もったな。

 で、?」

?」

「最初に言っておっただろう。飽きたら壊すと。どうするのだ?」

「…いや、なんか、そんな気分じゃないからいいや。自分が作ったものを壊す趣味はない」

「気分が向かないなら、やらないのも手だな。義務でやるものは総じてつまらん」

「まさか理解を示されるとは…。お前は壊さないのか。乗り気だっただろ」

「…我は現実的な理由で出来ん。警備隊を強くしすぎた。戦ったら多分負けるな」

「馬鹿だろ、お前」

「調子に乗ったのは否定せん」

 二人は大声で笑い始めた。



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 しばらくののち、二人の生首は馬車に揺られながら、町の入り口で住民から熱い送り出しを受けていた。

 食いだめした後、こっそり旅立つはずだった

 しかし、部屋を出た瞬間に秘書を務めるクレアから、

―旅立ちの準備は整っています。どうぞこちらへ。

 と言って案内されたのだ。

「なんでこうなった」

「分からん」


 旅立つことはさっき決めたばかりだ。

「アレックス様とヴァ―ル様の付き合いは短いのですが、じっとするのが苦手な方だということは知っています。なので、近いうちに旅立つと思い、準備をしていました」

 馬車の御者うんてんしゅ席に座ったクレアが彼らの疑問に答える。

「貴様、馬車の操縦できたのか」

「はい。頑張って練習しました」

「…前から思っていたが、結構器用だな」

 ヴァ―ルは呆れたように呟く。


「おい、送り出しの熱すごすぎないか。あいつらになんて言ったんだ」

「世界の平和を救いに行くと言ってます」

「そうなの?てっきりほかの町のことを嫌っていると思ってけど…」

「救う過程で悪を滅ぼすとも言ってます」

「「ああ、なるほど」」

 二人の生首の声がシンクロした。



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「そういえば、なんでクレアがついてきてるの?」

「えっ。生身の人間がいたほうが、他の町で活動しやすいですよ」

「確かに生首だけで動くより、近くに普通の人間がいれば、いろいろできるけどさ」

 人通りが多い場所でも、袋などに入っていれば、怪しまれることはないだろう

「あと馬車は便利ですよ」

「それは分かるけど」

 アレックスはちらっと馬車の隅に置かれた保存食の山を見る。

 生首だけではこうはいくまい。

「それに移動も早いです」

 たしかに馬車に乗っていたほうが、転がって行くより早く移動できる。

 あと痛くない。

「その利点は分かるよ。でもそれは俺たちの事情なんだよ」

「そうだな。貴様がわざわざ旅に出る理由はなんだ。他のやつがいただろう」

 二人の生首から問われ、クレアは少し考える。

「そうですね。一番の理由は―」

 生首の視線が集まる。


「私も旅というものに憧れていたんです」

 クレアは満面の笑みでそう言った。

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