第14話 突入……?

 その言葉を受けて、ももは目を見開いた。


「そういうつもりで、言った訳じゃ……」


 彼女の言葉は途中で途切れ、視線は下に落ちる。


「だったら……!」


 慶の右の拳が強く握られたが、程なくしてそれは緩められた。


「悪い、何でもない」


 少し猫背気味になり、喫茶店に背を向ける。


「今日は一旦帰ろう──」

「待って」


 とぼとぼと歩き始めた慶の前に、優奈が立ちはだかった。


「少しだけ、寄っていこうよ」

「は?」


 訳がわからない。ももの言葉を聞いていなかったのか。そう考えながら、軽蔑というよりは動揺に近い目をする慶。


「まったく、考えが凝り固まってるね」


 ふふん、と優奈は笑った。


「どういうこと?」


 ももが訊く。


「そもそも中にいるのが土生かもしれないってだけで、土生だと決まったわけじゃないんでしょ?」

「それはそうだけど、もし本当に土生がいたらどうするのさ」

「どうもしなきゃいいじゃん。今はまだ様子を見るんでしょ?それって喫茶店でもできるじゃん。なんなら今ここでやるのが一番効率的だし」

「それは、まあ、確かに……?」

「じゃあ、早速行こう」

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 今度は、優奈の行く先に夏南が立ちはだかった。


「じゃあ結局、岳がいじめられてても見てみぬふりするの?」

「まあ、そうなるね。もし本当にいじめられてたら」

「それって──」

「友達を本当に見捨ててるみたいで嫌かな?」


 言おうとしていたことを言われてしまった夏南は無言で頷く。


「やっぱり、夏南は真面目だね」


 優奈は振り返り「じゃあ私はお先に」と言って喫茶店の中に入って行ってしまった。


「私たちも行こう」


 ももが優奈に続いて中に入る。慶も無言でもそれに続いた。


「……信じられない」


 夏南は喫茶店に背を向ける。


「冗談じゃないよ、岳──」

「岳がいじめられてるのなんて見たくない?」

「うわぁっ!?」


 驚いて振り返ると、そこには少年が立っていた。彼のなびく髪の白が日光を反射し、少し眩しい。


「やほ、昨日ぶり」


 ニコニコと笑って手を振ってくる。


「……何?」


 夏南は見せつけるようにため息をついた後にそう言った。


「なんだよ、機嫌悪いなぁ」


 まあいいけど、と呟いて微笑するロゼ。

 一言一言、一挙手一投足全てが夏南の神経を逆撫でする。


「何なの!?私、貴方と──」

「貴方と話してる程暇じゃない?そんな酷いこと言わなくてもいいじゃな──」


 茶化して笑っていたロゼはふと夏南を見て言葉を失った。

 左拳を握りしめ、右手には近くにあった大きめの石を掴んでいる。そしてその右手を振り上げ、投擲の標準をロゼに合わせた。


「もういい……」


 少し、後ろに振りかぶって


(私、何してるんだろ。いちいちムキになっちゃって、馬鹿らしい)


 そのままポトッと、石を落とした。


「えーっと……夏南さぁん?その、ごめ」

「帰る」


 黙ってロゼに背を向けた夏南は、そのまま止めている自転車の元へ歩き始めた。

 一歩、二歩、三歩。


「慶くんたちは放置して、そのまま帰るのかい?」


 ……四歩。


「きっと君もいた方がいいと思うよ」

「貴方に何がわかるの」


 五歩、六歩。


「きっと岳くんは君の助けも必要だよ」

「だから──」

「僕は綺麗事を抜かしてるんじゃない」


 夏南の歩みは、そこで止まった。


「岳くんは今この瞬間にもいじめられているかもしれないんだろう?そして、そんな環境に正義感の強い慶くんが足を踏み入れた。口でどう言っていたって、どうなるかなんて目に見えている」


 ロゼが言い終わるよりも早く、店の方から「ちょっと、お客様!おやめください!!」「土生、てめぇ……!」などという声が漏れてきた。ロゼは店の方を指差し、ほらねと言いたげな顔で微笑する。


「もうこうなったら、岳くんを助けるのは今しかない。もし僕が岳くんだったら、そんなときに一人だけ馬鹿らしいとか言って家に帰ってるのは嫌だけどな」


 その刹那、夏南の中である光景が思い起こされた。

 五人の高校生が喫茶店の駐輪場で自転車から降り、そのまま中へ進んでいく。学校帰りだろうか、全員が制服姿だ。スカートを履いている三人は随分と乗り気で、今日から新作がーとはしゃいでいる。一方男子、特に眼鏡をかけた方は嫌々といった雰囲気を隠そうともしていなかった。


(ああ、そうそう。岳はすごい嫌がってたな。実際中に入った後は一番エンジョイしてたけど)


 帰り道に五千円をまるまる使い切ってヘコむ彼の姿もすぐに思い出される。

 そんな思い出の喫茶店を、思い出そのものを、土生晴渡という男は汚している。

 これはいじめであると同時に、私たちへの宣戦布告だ。

 慶の怒る気持ちも、それを諌めつつも中に入ることを提案した優奈の気持ちも、文句を言わずについていったももの気持ちもよく理解できる。

 私も今、きっと同じ気持ちだ。


「よしきた」


 ロゼは不敵な笑みを浮かべ、夏南のもとに走ってきた。


「じゃあ行こっか!」

「えっ!?はっ!?」


 ロゼはさも当たり前のことのように夏南と腕を組んだ。


「ちょっと、何してんの!?」

「一瞬だけ、カレカノ設定!いいでしょ?」

「やだよ!!」

「いいの?ありがとー!」

「やだってば!!」


 無理矢理振りほどく夏南。


「もー、冗談だよ、冗談。ほら、早く中入るよ!」


 ノリ悪いなぁと呟きながらロゼはさっさと中に入って行った。


「別にロゼは帰ってもいいと思うんだけど……」


 ぶつぶつ言いながら、夏南も中に入って行った。

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