第12話 柳先生
帰り道。四人は、柳の車に乗っていた。
「……すみません、柳先生」
「あっはは、大丈夫……」
納車されたばかりでピカピカと輝いている彼の車は、助手席と後部座席に座る四人の生徒たちが脳筋美女にとっ捕まえられた例の喫茶店へ向かっている。
「こっちこそごめんね。間壁には後できつく言っておくよ、ちゃんと自転車も学校に持って来るように」
「怒らないであげてくださいよ。間壁先生も悪気があったわけじゃないんですから」
「……ふふっ、ありがとう。優しいね」
「くぅーッ!!聞いた?柳先生が、私に『優しいね』って!!ああーもう、最高!」
「はぁ……実のところ、ももは柳先生の車に乗れて嬉しいだけでしょ?」
「ばれたか」
柳は困り笑顔が得意なようで、このときも「ばれたか」というももの言葉を苦笑いしながらスルーした。
「そういえば」
ももが、神妙な顔つきに変わる。
「どうしたの?」
柳が訊く。
「柳先生って、他の先生たちのことは山田先生とか田中先生って感じで呼びますけど、間壁先生のことだけは『間壁』って呼び捨てにしますよね。何故なんですか?」
「ああ、それはね──」
言いかけた柳が青い顔をして、急ブレーキをかける。タイヤとコンクリートが擦れる嫌な音がなったのと同時に、全員の体が前に飛び出しそうになった。
それらが収まってから助手席の慶が車の前方を見ると、一人の少年が車とほんの数十センチの位置に立っている。
柳は珍しく怒った顔をして窓を開け、顔を出した。
「君、危ないじゃないか──」
少年の顔を見た柳は、そこで言葉を止めた。
「ちょっと柳先生、急ブレーキなんて何事で──」
後部座席から身を乗り出してきた夏南の言葉も、そこで途切れた。
「ロゼ」
その名前が、二人の口から同時に溢れ出る。
「……げ、倫太郎」
白髪の少年は、それだけ言うと走り出した。
「ちょっと待っ──」
柳の声が届いているのに無視しているのか、ただただ聞こえていないのか。ロゼは振り返らずにどこかへいってしまった。
なんだよと考えながら、小さくため息をつく。
「……ん?」
ため息を出し終わって空気を吸い込み始めたそのとき、柳は小さな違和感を覚えた。
吸い終わった後、その違和感を口にする。
「佐倉、何であいつがロゼって名前だとわかったんだい?」
「あっ、私も気になる」
「俺も」
「私も!」
「えー、いやあ、何でって言われても……」
夏南はロゼと出会ったときのことを説明しようとするが、脳内でどうやっても話が上手くまとまらない。大体、昨日の放課後に謎の白髪の少年にそう名乗られて願いを言った、だなんて奇妙な話を誰が信じるというのだ。
あまり妄言を言うような人間だと思われたくないんだけどな。
「信じてもらえないと思うんですけど」
まあ、言うしかないか。覚悟を決めた夏南は昨日の出来事を打ち明けた。
「──えぇっ、つまり夏南は昨日『扉の少年』に会ったの!?それに、さっきの子は『扉の少年』だったってことだよね!?」
ももが大声を出す。
「『扉の少年』……?」
「日下部高校七不思議が一つ、扉の少年」
柳が言う。
「といっても、僕が高校生の頃に話題になったやつだけどね。卒業式前日に学校のある場所に現れる扉に入ると、そこは『扉の少年』がいる異世界に繋がっていて、そこに辿り着くことができた者の願いを叶える……そんな話。流石にその少年の名前はロゼ!なんてことは噂になっていなかったけれどね」
にしても越前、よくそんな古い話知ってたね。そう言いながら、柳は肩で笑った。
「いやいや、まだまだ現役のお話ですよ!」
「マジ?」
「大マジです!卒業前日ってのももうすぐそこだから、最近は学校の裏……」
ハッとして、口元を手で隠す。
「裏……?裏サイトでも話題、みたいなこと言おうとしたのかな」
柳が訝しむような目でももを見る。
ももは誤魔化すために口笛を吹こうとしたが上手くできず、ただただ口をすぼめて呼吸をしているだけになっている。
「いや、裏ツイッターとか、裏インスタとかかな?」
インスタと言った瞬間にももが目を逸らしたのを、柳は見逃さなかった。
「インスタか。……世代だね、僕の頃は裏ミクシーだったよ。今思うと、呼び方ダサいけど」
「あはは……ん?僕の頃は?なんだか、柳先生が当事者だったような言い方ですね」
慶が言う。
「『扉の少年』の話を『僕が高校生の頃の都市伝説』って話しているのもおかしいです。この学校に来て一年目の先生がその学校の七不思議の詳細を知っているとも思えないし、まるで先生が──」
「この学校の卒業生みたいかな?」
「……はい」
「まあ、みたいっていうか事実だからね」
しれっと打ち明けられた事実に四人は驚愕する。
「えぇっ、本当に卒業生だったんですか!?」
「うん。本当に卒業生だった」
「本当の、本当に?」
「本当の、本当に」
「えぇー!?」
何度確認をとっても飽きないようで、慶は「本当の、本当の、本当に?」と訊き直すと、柳は柳で鬱陶しいだのやかましいだのと突っぱねることなく、「本当の、本当の、本当に」と返した。
「じゃ、じゃあ……」
二人の漫才に夏南が割って入る。
「先生が『扉の少年』の名前を知っていたのは……」
「僕が『扉の少年』に会った生徒だったからかな」
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