Dream.30-2 実家に帰りたくない王子


 岩稜地帯を無事に抜け、あとは一路西の王城を目指すだけの道中。


 クライスとセシルドの馬が並走する形で先導し、その後を私とリュイの乗る馬が付いて行く。


 岩稜地帯を抜けた後の西の国は、緑の豊かさが目に留まる森林の王国で、肥沃で陽気な南の国や、気温が低くて不安定な天候の東の国とはまた違った様相を見せている。


「国によってこんなに印象が違うんだねー……」


 もちろん私の暮らす世界だって、国が変われば文化も風習も全然違うけど、夢の世界ラルファールは何と言うか、国境を越えた途端に気候ですらもパッと変わってしまうような……そんな感じ。


「東西南北にそれぞれ賢者と魔術師がいるでしょう? 彼らの力が国の特色に色濃く反映されるのだと言われていますよ」


 前を向いたままのリュイが、私の呟きに答えるようにして説明してくれる。


「確かに南のおじいちゃん賢者は陽気だったもんねー。……あれ? でも東の魔術師だって……」

 

 ――マシンガントーク美女だったよな……センス変だったけど。


 などと思案していると。


「東の国も一年通して気温は低めですけど、賢者様の不在も影響しているのかもしれませんね。ほら、東の魔術師のレアが言っていたでしょう? 賢者はいつ訪ねてもいない、って」

「そういえば言ってたかも」

「賢者と魔術師は常時でしたら二人でひとつの国を支えていますが、賢者が不在ともなるとどうしても力の均衡が崩れてしまう。天候が荒れるのも仕方の無いことです」

「じゃあ、普段は天気は普通で、ちょっと寒いだけの国ってこと?」

「そうですねぇ……。私が以前旅をしていた時はそんな感じでしたよ」


 のんびりのんびり回顧するリュイに、私もまた頷いた。


「ってことはさ、東の賢者って人は、よっぽど落ち着いた人なんだね」

「え?」

「だってさ、レアは落ち着いてなかったじゃん? それが天気に反映されてたから嵐だの晴れだのが代わる代わる来てたんじゃないかなぁ」

「ふふ。キラは時々鋭いですね」


 自分なりの推測で話をしていただけなのに、どうやら当たったみたい?


「じゃあ、西の国の賢者と魔術師は、きっと物静かで思慮深い人たちだね!」

「さて、どうでしょう。楽しみですね」


 私とリュイがのんきに会話を楽しんでいるその時、私たちの前を行く二頭の馬上では何やら不穏な空気が漂っていた。


 妙にそわそわと周囲に目を走らせるクライスと、そのクライスに悟られないように横目でこまめに一瞥を加えるセシルド。


 遥か彼方。


 視界の先に、目指すべき西の王城が姿を見せ始めている。


 馬を走らせればそれほど時間も掛からずたどり着けるだろう。


 そんな距離に差し掛かったところで。


「悪い! 俺パス!」


 突然乗っていた愛馬の手綱を大きく振り下ろし、同乗していたアイラさん諸ともまったく別の方向に疾駆し出したクライスを、私もリュイも、そしてセシルドも一瞬、何が起きたのか理解できずに呆気に取られて動くことができなかった。


 クライスと共に一蓮托生を強いられる形となったアイラさんでさえも、「え? え? ええーーっ!」っと困惑の声を上げていたものの、それもすぐに遠ざかって行く。


「悪いな! 城での用が済んだらまた逢おう!」


 私たちの開いた口が塞がらないうちに、振り向きざま場違いなほど爽やかな笑顔を伴ったクライスが片手を振る。


「ええ? なんでなんで? 自分ちクライスんちあっちじゃん!」

「ちっ!」


 それでもまだ混乱する私の前で、セシルドが舌打ちをひとつ打つ。


 けれどもすぐに体勢を立て直すと、自身もまたクライスの後を追うようにして馬に喝を入れて駆け出した。


「リュ……リュイ! 私たちも追っかけよう!」

「……。……いや、ここで待ちましょう」 

「なんで!」

「恥ずかしながら、私には彼らほどの馬術がありません。たとえ一人で乗っていたとしても追い付けませんよ。ほら」


 そう言ってリュイの指差した先。


 その線上を目で追っていく間にも、どちらの騎影とも疾風のように遠ざかって行く。


 人を乗せ、荷物を乗せているのに、そのスピードには目を見張るものがあった。


 確かにこれでははぐれてしまうだけ。


「うん、分かった。……待とう」


 そうしてその場で飛び出して行った主従の帰りを待つことに決めた私とリュイは近くの木陰に馬を繋ぐと、二人並んで草の上に腰掛けた。


 束の間の休息、とはいっても心はそわそわ落ち着かず、居ても立ってもいられなくなる。


 腰掛けて溜め息を吐いても、すぐに立ち上がって背伸びしてクライスたちの消えた方角に目を凝らす。


 そんなことしたってすぐに戻ってくるかなんて分かりもしないのに、おとなしく座って待とうと思っても体が勝手に動いてしまった。


 そんな私の心を落ち着かせるようにして、リュイがプラチナの竪琴を取り出して竪琴を一弾き。


 波の音と風の音を連想させるようなその曲に私もすっかり魅入られてしまって、それからしばらくはリュイの傍らに腰掛けたまま、時も忘れてその演奏を堪能していた。


 結局どれくらいの時間が経ったのだろう。


 逃走したクライスととばっちりを受けたアイラさん、そして憮然としたセシルドの三人が帰って来た頃には、真上にあったはずの陽が傾き始めていた。



〇*〇*〇*〇*〇*〇*〇*〇*〇*〇*〇


『Dream.31-1 野郎だらけの王宮で』に続く。


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