Dream.13-2 悪夢の暴走


「とにかく順番に話しなさい。左から発言を許す!」


 呆れ顔のレアはこめかみに手を当てて二、三度首を横に振ると、まずはクライスを指名した。


 すると彼はニヤリと笑い、なぜか悔しがるセシルドとリュイに対してガッツポーズを決める。


 ――何の勝負だコレは。


 さすがの私もちょっと呆れた。


 けれどさすがは一国の王子であるクライス、ここからの彼の巧みな話術に誰もが舌を巻いてしまうことになる。


 クライスは夢魔が現れてから封印するまでの経緯を事細かに、けれども極めて簡潔に話していった。


 その話を聞くレアも真剣な眼差しでひとつひとつの事柄に対して頷きながら内容を整理していたようだ。


 一通り話が終わると、クライスもレアも一様に溜め息を吐いた。


「なるほどね、黒いオーラに取り込まれたか……」


 独り言のようにレアが呟く。


「まずはね、夢魔がどうしてアタクシ達の手から逃げたかってところから話さなきゃいけないと思うの。

 さっきも言ったけど、全ては去年の“悪魔の日”以降に始まった事よ。

 最大の要因はアタクシ達全員が、侵食してきた不穏因子の存在に気が付かなかった事ね」

「不穏因子……おじいちゃんが言ってたヤツだ!」

「そうね、キラ。

 あなたの世界も今、ちょっとおかしいでしょ?

 あれも全てその不穏因子のせいだとアタクシ達は考えてるわ」


 私の本当の世界と、今いる世界ラルファール。


 二つの世界は互いに夢を通じてリンクしている。


 けれども時間の流れは全く違うようで、ラルファールの方が何倍も何十倍もの早さで時を刻んでいるようだ。


「キラの世界ではもう、全部夢でした、っでごまかせないところまで来てしまってる。

 正常な状態に戻すにはちまちま夢魔を捕まえるよりもその親玉を袋叩きにした方が早いわ!

 夢魔はソイツの手によって無法に解放されたの。

 そしてヤツはあろうことか夢と現実の狭間に穴を開けたのよ……!」


 厳しい顔つきで眉間に皺を寄せたレアは、忌々しげに拳をテーブルに叩きつけた。


 静まり返った室内にバンッと激しい音が響き渡る。


「そもそも神の力が急激に弱まった原因もその辺にあるのかもしれないわね」


 少しだけ沈黙した後、溜め息と共に魔術師は肩を落とした。


「時空に穴とは……そんなにも簡単にできてしまう事なのでしょうか?」


 無造作に髪をかき上げながらリュイが尋ねる。


 それはこの場にいる全員が疑問に感じたことなのだろう、互いに顔を見合わせて頷き同感の意を示す。


 だって魔術師であるレア達や賢者、ましてや神の目すらあざむいてだよ?


 一体この世界の神はどれだけショボいのかって思ってしまうでしょ?


「ラルファールでは神に匹敵するような人物がそんなにいっぱいいるんですか?」


 私は所詮よそ者だけど、聞かずにはいられなかった。


「いるわけないでしょーが! でも誰だか知らないけどいるのよ!」


 さすがにムッとして、レアが少し投げやりに答える。


「時空に穴なんて、神かアタクシ達八人が集結しないと無理だわ。それを難なくやってのける人物……でも思い当たる節が無いのよね」

「あたしの世界からは開けないんですか?」

「それも考えたんだけどねぇ……アンタの世界はそもそもラルファールのような絶対的な神は存在しないでしょう?

 だからこちら側から時空を開かない限り、向こうの世界に行くことすら無理なのよ」

「あ、そか……」


 なかなか良い説だと思ったんだけどな。


「それにしても黒いオーラってのが一番引っかかるのよね。

 夢魔っていいイメージはないけどそこまで悪い存在でもないのよ!

 黒い珠ってのはオーラが結晶化したんだと思うけど、キラが触れた途端に透明に変わったんでしょ?  

 そこに一体何の意味があるのかしら」


 独り言のようにぶつぶつ喋り続けるレアは、うーんと唸った後、激しく首を左右に振った。


「ダメだ! アタクシには解らない問題だわ!」

「えー? 解んないのかよっ!」


 魔術師であるレアがさじを投げてしまうと、セシルドがすかさず抗議の声を上げる。


 が、いつもの調子でタメ口など利いてしまった為、レアの突き刺さるような鋭い視線に曝される羽目になり、しぶしぶ言葉を改めた。


「こういう問題は賢者の方が強いのよ!」

「では東の賢者を訪ねれば?」

「東の賢者……うーん……」


 リュイの問いに、レアはまたしても頭を悩ませ始める。


「何か問題でも?」

「頭悪いのバレたくねぇんじゃん?」


 セシルドはいつもその一言が余計なんだといい加減気付くべきだと思った。


 リュイに耳打ちした体勢のまま、レアの強烈な鉄拳により、セシルドは成敗せいばいされた。


 床に這いつくばってノビているセシルドを尻目に、レアは腕組みをすると勢いよく鼻を鳴らした。


 それから私達の方に向き直って咳払いを一つ。


「東の賢者よりは南の賢者をオススメするわ。

 南の賢者はアタクシ達よりもかなり年長者だし、知識も豊富だからきっと何か手掛かりや情報を持ってるでしょうよ。

 東の賢者は最近見掛けないし……無駄足になってしまうかもしれないわ」

「東の賢者はどこかに出掛けているのですか?」

「いや……それが解らないのよね。

 いつ訪れてもいないの。

 アタクシもだいぶ力を削がれて来てる気はするけど、賢者もそれを感じてもがいてるのかしら……」


 悪影響は魔術師であるレアにも及んでいるのだと暗に知らされ、私は少し不安を感じた。


 私達……いや、この世界の人間じゃない私にとって、目の前にいる魔術師やまだ見ぬ賢者達、そして神のおじいちゃんは元の世界に帰るための絶対的な存在であるのは間違いないのだ。


 その無二の存在達が今、見えない何かに翻弄されて、少しずつ少しずつ力を奪われている。


 彼らが完全に力を失ってしまったら――?


 言いようのない冷や汗が背中を伝う感じがした。


「今のアタクシにはもう、解き放たれた夢魔の暴走を止めるだけの力は残されてないわ。

 けれど、南の賢者のところまでなら転送してあげられるし……南の国はまだ東の国よりも統治が整っているはずよ」


 レアはそう言うと手招きをして、私達を屋外へといざなった。


 表に出ると、改めて紫のグルグル屋根とショッキングピンクの壁に度肝を抜かれる。


「そうだ! ねぇちょっと! この家どお?」


 後から外に出た私達を振り返ると、レアはいきなりテンション高く紫のグルグルを指差して微笑んだ。


「アタクシがひとりでデザインしたの! 他の魔術師や賢者は個性的って言うんだけどね~素敵だと思わない?」


 キャッキャと少女のようにハシャぐレアを前に、私達全員が全員言葉を詰まらせる。


 素敵だとは……残念ながら……と言ったところが本音だ。


 本音だけど――。


「素敵よねぇえ?」


 ずいっと上から覗き込むように同意を求められ思わず、「ハイ、天才です」と震える声を絞り出した。


 私の答えを聞くや否や、そうだろうそうだろうと上機嫌な笑顔に戻ったが、さっきの顔は脅迫だ。


 の……呪われなくて良かった……。


「兎にも角にも南の国に送らないとね! ちょっと待ってて」


 レアはそう言うと、軽く大地を蹴ってふわりと空へ舞い上がると、ゆっくりと紫のグルグル屋根に降り立つ。


 そしてなぜかそのいただきにささる万国旗の一つを両手で引っこ抜いた。


 さらに何を思ったのか、彼女の身長以上はあるであろうそれを無意味にブンブン振り回している。


「いーい? そこから動くんじゃないわよ!」


 手を止めることなく振り回し続けながら、時おりレアはそう叫んだ。


 ただただ見上げる私達の心中は、時を経るにつれて複雑になっていく。


「なぁ……あの人に委ねて平気か?」

「さぁ……」


 クライスとリュイが心配そうに囁いたのも無理はない。


 だがそんなことはつゆ知らず、レアはさらにもう一つの旗を抜くと、さらに激しく振り回し始めた。


「ちょっとアンタ達! アホ面してないで歯ぁ噛み締めてなさい!」


 しんと静かな場所に、彼女の叫び声と振り回される旗の音が大きさを増して響く。


「な……何が行われるの?」


 無意識に私達四人は身を寄せ合って注意深く魔術師の動向を見守っていたが。


「行ってらっしゃい南の国ッ!」


 高らかに絶叫したレアの声に合わせて、ばつ印に交差された二本の旗から魔法陣が放たれた。


 そして私達を包み込む球体に変化すると、あっという間に空高く舞い上がる。


「気をつけてね~!」


 紫のグルグル屋根から笑顔で手を振る魔術師レアの姿が一瞬だけ見えて、それからはずーっとどこかの上空をジェット機のように飛び続けた。


 さようなら、レア。


「ところでこれって南の国のどこに着くの? ほんとに賢者さんのお家に着くの?」

「さぁ……」

「知らね」


 …………。


 まぁ何とかなるだろう。


 きっと。



〇*〇*〇*〇*〇*〇*〇*〇*〇*〇*〇


『Dream.14-1 眠れるリュイの妻』に続く。


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