48.エルフの女、アニー
「で? いきなりブチューかますっちゅーのはどーゆーこっちゃ!? おおん!?」
「スズ、ちょっと落ち着こ? ね?」
「なんやレオっちこいつの味方か!? よおさん舌絡めおってそんなに気持ちよかったんか!? ああん!? こいつの味方ちゃうならちょっと黙っとき!」
「はい、ちょっと黙ります……」
逃げたヒョットコはとりあえず置いておいて、いきなりブチューかましてきたエルフの女をレオは小脇に抱えて近くの宿を急ぎで取った。ベットに雑にエルフの女を放り投げたレオは壁際に備え付けられた机と対の椅子に腰を掛ける。そしてプンスカ怒っているスズに後は丸投げである。ベットに放り投げられたエルフの女は「貞操の危機!?」と震えていたが、スズがすんごい剣幕で怒り出したのでそれはそれで震えていた。
「あ、あの。説明する前に、その、大変言い辛いんですが……」
「おう、なんや」
「い、いえ、その私、実はあなた方ヒト族の言うところの……魔族……でして……」
「で? だから何? それがいきなりブチューかますのと何の関係があるん?」
「……え? あの、私魔族なんですけど……」
「だからなんやねん! 魔族やったらいきなりブチューしてもええんちゃうやろ!」
「え、いやその……魔族がヒト族の街中にいたら通報されるっていうか殺されるって聞いていたので……」
「あーアマチアスはそうなんやったっけ? 知るかそんなもん! 今はウチがアンタに話しとるんや! ヒトだの魔族だのそんな話しとらんわ! 国や種族の話なんぞこれっぽっちもしとらんわ!」
「……へ?」
スズの言葉に少し驚いたエルフの女は、チラっとレオの顔を見る。喋るなと言われたレオはスズの言葉に同意するという意味を込めて頷いた。その様子を見てエルフの女は改めて驚いた。そして頭に深く被っていたフードをめくり、自身のエルフ耳を晒す。その様子を見ても目の前のヒト族の二人が何も反応しなかったことに更に驚いた。
「あ、あの私、エルフなんです」
「せやからなんやねん! 話一向に進まんのやめーや。ウチが聞いとるのはなんでいきなりレオっちにブチューかましたんやってことだけや!」
「あ、はい、ええと。私達エルフは魔力の消費、消耗がヒト族より激しくてですね。普段は霊樹から魔力を分けてもらっているのですがヒトの国だとそうもいかず……」
「で?」
「それで私、魔力吸収する体質がありまして……。あ、エルフの多くは持っている体質なんですが。それで限界近かったので思わず……」
「ほーん。魔力吸収っちゅーのは口と口じゃないとあかんってことか?」
「いえ、そうじゃないんですが本当に限界近くて……。一番効率良く摂取出来るのが……その、粘膜接触なので……」
申し訳なさそうに語るエルフの女を見ながらスズはレオにひそひそとギリギリエルフの女に聞こえない程度に話し掛けた。
「レオっちどう思う? うちマジクから魔力吸われたことなんてないで」
「マジク魔力有り余ってるから例外ってことか、ミックスルーツだからまた違うのかはちょっと分からんな」
「でもあれか。エルフ種が見た目ええのに奴隷にされたり娼館に売られたりしとらんのは、その体質のせいってなら話分かるな。魔力全部吸われたら死ぬし」
「あー、だからすぐ殺されるってことか。ならマジかもね」
ひそひそとレオとスズが話しているとふと、エルフの女が声を上げた。
「あ、あれ? そういえば魔力回復してる?」
「ああ、あんたを小脇に抱えて移動する前にレオっちがなんかこの人死にそうっちゅうて魔力回復ポーション口に突っ込んだからな」
「え、それって高級品じゃ」
「おう、高いで。ちゃんと払ってや」
ちなみにレオがなんでそんなものを持っていたかというと、魔力量が異常なシルやマジクと違い、一般的なスズがスキルを多用してしまった時用である。
「あう……。そ、それとそのヒト、なんで生きてるんですか? 魔力これっぽっちも無いですよね? 魔力空っぽで欠片も吸えなかったのに生きてるだなんて」
「世の中広いからな。そーゆー奴もおるっちゅーこっちゃ」
「な、なるほど……?」
スズは強引に誤魔化した。レオの魔力についてなんて誰も分からないのでそうするしかないともいう。それはそれとして……。
「質問。エルフっちゅーのは魔力を吸うことを制御は出来るんか?」
「大か小か、くらいは出来ますけど……」
「完全には無理っちゅーことか」
「はい。魔力を吸われる方は違和感というか嫌悪感を持つので出来るだけ押さえてるんですが……。あ、昔いた魔王様は完全に制御出来たらしいです。子を為される際は流石に……だったらしいですが」
それよく子供作って種が存続出来ているなとスズは思ったが流石に声には出さない。行為自体が嫌悪されてそうだとスズは思った。そしてふと、別に違和感も嫌悪感も感じて無さそうなレオを見る。……吸われるもんがないし死なないレオっち、エルフ種にそれがバレたら捕まって子種袋になりそうやなとスズは察する。万が一にもないとは思う……いや直近で捕まったばっかりやったわとスズは頭を悩ませた。
「それでその……私、殺されますか?」
「いんや? とりあえず魔力回復ポーション代払ってくれればもうええわ」
「すみません……。ヒト族のお金、ほとんどないです……」
「ふーん? レオっち、どうする?」
「そうさねえ……」
ぶっちゃけレオとスズ、二人は金自体はもうどうでもいいと思っている。なんなら貴重な話を聞けた分でお釣りを払ってもいいくらいに思っている。なんか開放するに丁度良い理由ないかなーくらいに思っているだけである。
「あ、呪い」
レオが閃き手をポンっと叩いた。
「呪いですか?」
「身体に掛けられている状態変化を解くってことについてなんか情報ない? エルフに伝わる秘術! とか」
「状態変化を解く……それは通常のスキルでは無理なものをってことですよね」
「そうそう」
「私、ある程度なら吸えると思いますけど……」
「吸う?」
「その呪いが魔力によるものなら、魔力そのものを吸えば良いと思うので……。違ったら無理ですけど……」
再び、レオとスズがヒソヒソと部屋の隅で話始めた。
「スズ、どう思う?」
「そもそもロサリア様の状態が魔力のせい、かどうかもよー分からんから……。いや、魔力のせいかどうかっちゅー可能性を潰せるだけでも意味あるかも?」
「確かに」
二人はエルフの女に振り返った。
「なあ、魔力回復ポーション代の代わりにひと働きしてみない? 更に報酬も払うから」
「今なら魔力回復ポーションをもう一本付けるで。お得やろ」
「え、あの、私やらなきゃいけないことがあってですね」
「よし、なんならそれも……手伝えるなら手伝わないこともないかも知れない」
「せや。ヒトの国にわざわざ来とるならヒトの手借りたほうがええやろ」
「あー……。うーん……」
エルフの女は悩む。ただ、エルフに何の偏見の目も向けないヒトに出会ったのはエルフの女にとって初めての経験だった。
「……実はかなり切羽詰まってる話なんですが」
「とりあえず聞くよ。とりあえずね」
エルフの女は少し不安に思いながら打ち明けることにした。
「『魔王』様を捜してるんです」
「……ふむ?」
「エルフの国は今、未曾有の危機と言ってもいいくらいなんです。百年前の戦争で個体数が激減してしまった上に少ない部族間で争いが起こってしまっています。私達を纏める『魔王』様が必要なんです」
「……いろいろ分からん。その『魔王』様はエルフの国から出て行ったのか?」
「いえ、お産まれになっているはずなんですが私達の前に姿を見せては頂けておらず……。もしかしたらヒトの国にいるのかも知れない、と」
「『魔王』様ってのは産まれた時から『魔王』様なのか」
「もちろんです。あなた方ヒト族でいう『聖女』のようなものかも知れません」
「スズ、エルフの知り合いいる?」
「いやー流石になあ……」
「ヒトの国にいるエルフねえ。特徴とかってあるの?」
「代々の『魔王』様は黒髪の赤眼で魔診眼という魔眼をお持ちで……」
「……なあ、俺の左眼見てみ?」
「え? ……ええ!? それ、まさか魔診眼ですか!? 何故!?」
「いやとあるエルフの女に無理矢理捻じ込まれたんだけど」
「そそそそそその方はどちらにいらっしゃるのですか!?」
レオの眼に気付いたエルフの女は驚愕し、もの凄い勢いでレオの肩を掴んで揺さぶった。
「いや、神出鬼没っつーか。たまにふらっと来るっつーか……」
「ではあなた方といれば会えるのですね!?」
「……多分?」
「呪いの件、引き受けました! 私アニーっていいます! よろしくお願いします!」
「お、おう。俺はレオ、よろしく。……スズ、良かったんかなこれ?」
「良かったんちゃう? 多分。ウチはスズな。よろしゅう」
「はい!」
レオとスズの中で『魔王』というのはマジクの母で間違いないだろう、とこの時思っていた。マジクの母アークはエルフの国では死亡扱いされていて、『魔王』の力も継承されていることなど知る由もなかったのである。
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