第3話「碧き夢」
「なるほどなるほど……!」
湊斗の話を聞きながら、滉は興味深そうにノートへメモを取った。
「やっぱり君に協力を頼んで正解だった。僕の知らない様々な碧衣さんを知れていく。服のイメージがどんどん浮かんでくるよ!」
「服の話、ほとんどしてないのに浮かぶんですか?」
「浮かぶとも! 大事なのは相手の人となりを知ることだからね」
滉は得意げに笑った後、ふと机の上に置いてあるアルバムに目を移した。湊斗が碧衣の母親から借りてきたものだ。赤ちゃんの頃の写真が載っているページを見ながら、滉は「碧衣さん、この頃から碧衣さんらしいって感じがするなあ」と微笑んだ。
「……もう写真は増えないんだな」
意図せず漏れてしまったような小さな声だった。湊斗は黙っていた。膝の上に乗せた両手をきつく握りしめた。
滉との出会い以降、湊斗は学校帰りに滉のアトリエに寄っては碧衣の話を聞かせるという日々を送っていた。
滉は初対面のときのような締まりの無い格好ではなく、髪も服もちゃんと整えた姿で湊斗を出迎えた。ただ、私服はいつもシンプルだった。自分よりも、人を着飾りたいのだという。そして今一番着飾らせたいのが碧衣なのだとも。
「しかし案そのものは多く浮かんでいるんだが、これ、となる決定打がどうもな……。湊斗くん、碧衣さんは何か夢について語っていなかったか?」
滉は唸りながら鉛筆を回した。夢、と湊斗はおうむ返しする。
「夜に見るほうのじゃないよ? 夢というのはその人の成り立ちを表すと同時に、未来の可能性を示すものでもあるんだ。つまり、より鮮明に相手のイメージに沿った服を仕立てやすくなるんだよ。碧衣さんはどうだったかい?」
「……語ってましたよ。夢」
初夏、いつものように白い灯台の上で湊斗は青空を見上げながら、「将来の夢らしい夢がない」とぼやいた。割と本気で悩んでいたことだった。すると碧衣はこう言ったのだ。
「私も……と言いたいけど、残念。実は夢があるんだよね。なりたい職業とかじゃないんだけど」
「へえ、どんなの?」
「お姫様みたいなドレスを着て、海辺を散歩するしてみたいんだ。うち母子家庭だからね、ドレスなんて夢のまた夢だから憧れなの。でも本当にお姫様みたいなドレスだと散歩が難しいだろうから、ワンピースタイプのでもいいかな。フリルやレースがいっぱいついてて、波みたいにひらひらしてて。もちろん色は、海の色と同じね!」
それだけは外せない、と、碧衣は人差し指を立てて強調したのだった。
この話を聞いた滉は、「へえ!」と満面の笑みになった。
「いい話を聞いた! ご本人様の要望だからね、ちゃんとリクエストに合ったデザインにしよう。えっと青色でフリルやレースがついてて……」
「あと、もう一つあります」
湊斗は窓を向いた。遠くに小さく灯台が見える。岬の崖に波が打ち付けられ、飛沫を上げた。
その夢を聞いたのは、ドレスの話の直後だった。きらきらと輝く瞳でドレスについてひとしきり話した碧衣は、ふと静かになった。近くを見ていたはずの目が、遠くを眺めるものに変わる。
「もう一つあるんだ。一番叶えたい夢」
家族を持つことだと、碧衣は言った。
「小さい頃に母一人子一人になっちゃったから、両親が揃っているの、憧れるんだ。お父さんがいてお母さんがいて、子供がいて。普段から笑顔に溢れてて、時々すれ違ったり喧嘩したりするけど、最後はちゃんと仲直り。きょうだいいっぱいの大家族とかいいな! 大賑わいで毎日お祭り状態!」
「立ち入り禁止の灯台に躊躇いなく入っていく母親か……」
「もう、茶化さないで!」
話を聞いた滉は、鉛筆を動かす手を止めた。
「家族、か……」
滉も海に顔を向けた。
「そうだな。碧衣さんなら素敵な親になれたろう。鮮明に思い描ける。……碧衣さんは本当に優しい人だった。顔を合わせる度に僕の体調を気遣う言葉をかけてくれたし、お菓子の差し入れもしてくれた。話し方もなんというか、人の心を惹きつけるようだったな」
「……」
「最初に彼女に会ったとき、スランプ真っ最中だったんだ。僕には才能が無いかもと漏らしたら、碧衣さんは真っ先に否定してくれた。そんなことない、って。滉さんの服を見ていると胸が弾んでくる、今すぐこれを纏って駆け出したくなってくるって。大好きな海を見ているときと同じ気持ちになるって言ってくれた。……嬉しかったな。凄く。碧衣さん、いつも以上に綺麗な目をしていた」
湊斗に話している口調ではなかった。言葉にして出すことで、自身の記憶を振り返っているようだった。
「そういえば、湊斗くんに夢はあるのかい?」
「……絶対やり遂げたいことなら」
「おお、凄いね!」
何なのかは言わなかった。言うつもりもなかった。湊斗は海を見つめ続けた。
碧衣が夢の話をした日、彼女から好きな人ができたことを告白された。湊斗の知らない人だという。
少し前に碧衣から、あの浜辺で倒れている人を見つけて助けたという話を聞いていた。デザイナーだという。手がけてきた服を見たらとても自分好みだったので、いつか私だけの服をデザインしてもらいたいと言っていた。その為にバイトも頑張っているという。
きっとその人だろう、と湊斗は思った。
言わなきゃわからないままだぞ、と言った。碧衣はうん、と何度も頷いていた。
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