39.病院
階段から落ちたという事実を知らされて驚く二人に、大男も白衣の女も目を丸めた。
「覚えていないのか?」
「はい。覚えていません。いや、覚えていないというよりも、そんな目に遭ってなんていない・・・。気が付いたらここにいて・・・。それよりも、ここはどこでしょうか? あなた方は誰ですか?」
「は?」
セオドアの言葉に大人二人はキョトンとした顔になった。
「わたくしも階段から落ちてなんておりませんわ! どういうことでしょうか? ここはどこですの? お二人はわたくし達をご存じなのですか?」
オフィーリアも立ち上がりセオドアの隣に立った。
「・・・」
「・・・」
大人二人は二人の生徒を前に目が点になっている。
「お、お前ら・・・どうした・・・?」
大男はオロオロと二人に手を伸ばした。白衣の女はその袖をチョイチョイと引っ張った。そして男にそっと耳打ちをした。
「竹田先生・・・。早く病院に・・・」
「は、はい! すぐに連れて行きます! お前ら、話は後だ! 病院だ、病院! 病院に行くぞ!」
竹田先生と呼ばれた男は、セオドアとオフィーリアの腕を掴むと部屋から飛び出ていった。
☆彡
〔だ、大丈夫か・・・? オフィーリア・・・〕
〔う・・・、だ、だいじょーぶ・・・ですわ・・・、これしき・・・〕
小声で話しかるセオドアに、オフィーリアは歯を喰いしばって返事をした。
(やっぱり、大丈夫じゃないかも・・・!)
強気の返事をしておきながら、心の中では思いきり弱音をはきつつ、必死に扉の手すりを握りしめる。
チラリと窓の外に目をやる。信じられないほどのスピードで外の景色が流れている。
(馬がいないのに何で走るの? しかも早すぎる!)
怖くなりキュッと目を瞑り俯いた。
さっき、部屋から出た後、竹田という大男に引きずられるように連れて来られた場所は、色も大きさもそれぞれまちまちな箱がたくさん並んでいる広場だった。
箱には車輪が付いているので恐らく乗り物―――馬車だろう。しかし、不思議な事に御者台がない。
不思議に思いながら引きずられて行くと、一台の馬車の前で止まった。
竹田は後ろの扉を開けると、二人を中へ押し込んだ。中は座席が向かい合わせではなく、前後に並んで設置してある。
竹田は前の席に座った。その席には船の舵輪のようなものがある。竹田がそれを掴んだ途端、ブロロロ~という騒音と振動が響き、オフィーリアは息を呑んだ。
次の瞬間、車は発進したのだ。
(馬もいないのに何で?!)
セオドアも驚いているようだ。目を見開いている。そのままの表情でオフィーリアに振り向いた。オフィーリアもセオドアを見た。お互い無言で声が出ない。
車はどんどんスピードを上げていく。
窓の外は同じような乗り物が何台も走っている。それもみんな同じようなスピード、いや、爆音を立てながらそれ以上のスピードを出しているものまである。
オフィーリアは恐怖から歯を喰いしばった。
病院に行くと言っていた。こんなに恐ろしいほどのスピードならそう時間はかからないだろう。それまでの辛抱だ!
そう思い目を閉じて耐えていると、
〔俺は不味いかもしれない・・・。酔った・・・気持ち悪い・・・吐きそう・・・〕
隣に座っているセオドアの弱々しい声にオフィーリアはギョッとして目を開けた。
セオドアはうぷっと言いながら口を押えている。
〔し、しっかりなさいませ! セオドア様!〕
恐怖も吹き飛び、慌ててセオドアの背を摩った。
幸いにもセオドアの口から何かが噴射される前に、無事に病院に辿り着いた。
☆彡
病院に入いると、竹田はここで待っていろと言い残し、どこかへ行ってしまった。
二人で長椅子に腰かけ、素直に竹田を待っていた。その間、オフィーリアはまだ青い顔のセオドアの背を摩っていた。
「大丈夫ですか? セオドア様」
「ああ・・・もう大丈夫だ。すまない、オフィーリア」
心配そうに尋ねるオフィーリアにセオドアは気恥ずかしそうに答えた。
オフィーリアはセオドアがどこか気まずそうに無理やり笑う顔を初めて見た。なぜなら彼が彼女に隙や弱さを見せることが無かったからだ。オフィーリアの前でみっともない姿を見せたことが無い。
つまり、そんな姿を見せ合うほどの仲では無かったのだ。
別人であってセオドアの顔ではないのだが、彼のそんな表情を新鮮に思うと同時に、今までの二人の距離がいかに遠かったのかを実感し、切なさも感じた。
そこへ竹田が戻ってきた。
彼に促されるまま、個室に入る。そこには白衣を着た医者らしき中年男が、机の上に置いてある薄く四角い鏡のような物体を覗きながら、両手はたくさんのボタンが付いている板を器用にカチャカチャと叩いていた。
二人は医者の前に並んで座った。医者は二人に振り向くと、
「では、確認のため名前をお伺いします。君、名前は?」
まずはセオドアに尋ねた。
「はい、セオドア・グレイと言います」
医者は持っていたペンをポロリと落とした。二人の後ろに立っていた竹田も目が点になった。
数秒固まった後、医者はふぅ~と息を吐くと、今度はオフィーリアに向かってにっこりと微笑んだ。
「えーっと、こっちのお嬢さん、あなたのお名前は?」
「オフィーリア・ラガンと申します」
「・・・」
医者は二人を通り越して竹田を見上げた。
「すぐ頭のCTを撮りましょう」
「よろしくお願いします!」
竹田は思いっきり頭を下げた。
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