16.まさかの入れ替わり
「わ、わ、私は山田椿と申します。あ、あの・・・あなたはオフィーリア様ですか?」
椿は恐る恐る鏡に近づいて鏡に向かって話しかけた。
「そうだと申し上げているでしょうっ!!」
「は、はい! すいませんっ」
鏡の中の自分の勢いに圧され、椿は慌てて謝った。
相手は鏡から手を放したのだろう。間近に迫っていた山田椿の顔が少し離れた。
それでも両手を腰に当てこちらを睨みつけている彼女の圧力は凄まじい。自分の姿から放たれているオーラは確実にオフィーリアのオーラだ。椿ではとても放てるものではない。
「一体これはどういうことですの? 説明して頂けますかしら?」
「は、はい・・・、え、えっとですね・・・、いいい、一週間くらい前に・・・」
本物のオフィーリアの前にタジタジになっていると、
「ちょっと、貴女!」
彼女が声を荒げた。
「はひぃー!」
「わたくしの姿でそんな情けない態度を取らないで下さいませ! もっとシャンとなさって! 見ていて辛くなりますわ!」
縮み上がる椿にオフィーリアは厳しい言葉を投げつけた。
「すすす、すいませんっ、すいませんっ」
「だから、そのようにペコペコと無様に頭を下げないでと申し上げているのよ!」
「ひぃっ、ご、ごめんなさいっ・・・」
「・・・はあ~・・・」
益々小さくなる椿にオフィーリアは呆れたように目を細めると小さく溜息を漏らした。
「・・・こちらこそ失礼いたしました、椿様。あまりのことに動揺してしまって初対面にもかかわらず無礼な態度を取ってしまいましたわ。わたくし自身の姿を前にして初対面と言うのもどうかと思いますけれども」
怒りの態度から一転、オフィーリアは優雅にお辞儀をして見せた。
「そそそ、そんな、無礼だなんて・・・!」
オフィーリアの美しい所作に椿はアワアワしながら両手と顔をブンブンと横に振った。
そんな椿にオフィーリアの方から話しかけた。
「一週間ほど前ですわ、気が付いたらわたくしは椿様になっておりましたの。周りの話をきくところによりますと、椿様は階段から落ちて気を失っていたとか。目が覚めたらわたくしでしたのよ」
「そそそ、そうです、そうです! 私は階段から落ちてしまいまして、気が付いたらオフィーリア様の姿でそこの鏡台の前でマリーさんに髪を梳かれてました」
椿は部屋の鏡台を指差した。
「そう・・・ですか・・・。確かに椿様になる前のわたくしはマリーに髪を整えてもらっていましたわ・・・」
思い出したようにオフィーリアは呟いた。
「そ、そ、それと、他にも大変な事が! セオドア様も人が変わってしまいまして!」
「っ!」
椿の言葉にオフィーリアは小さく息を呑んだ。目を丸めて椿を見つめている。
「柳君という人がセオドア様の中に入っています! その人は私と同じクラスの男の子です。この山田を助けようとして一緒に階段から落ちてしまって」
「柳・・・柳健一様ですわね? 存じ上げておりますわ」
「え・・・?」
驚き固まる椿の前で、オフィーリアは小さく溜息を付いた。
「わたくしと一緒に目を覚ましたのよ、セオドア様は。場所は学校の保健室でした・・・」
「ほ、保健室・・・?」
「ええ・・・。二人で途方に暮れました・・・」
「わ、分かります、分かります。山田も途方に暮れました・・・」
遠い目をするオフィーリアに椿も溜息を付きながら頷いた。
二人仲良く溜息を付いたところで何の解決にもならない。
「それにしても、一体どうしてこんなことになってしまったのかしら・・・?」
遠い目をしたまま小さく呟くように口にしたオフィーリアに、
「そ、それは」
私のせい・・・と言いかけて、椿は慌てて口を噤んだ。
ここで彼女にオフィーリアの世界は小説の世界だと告げていいものなのか?
正直に言って、手っ取り早く『麗しのオリビア』を読んでもらえればそれが一番楽だし確かだ。
あなたはその中の登場人物の一人ですと教えてあげればややこしい説明も省けるし、椿の話よりも真実味があるのではないか?
どうしてその世界に引き込まれたかは謎のままだが、自分の立場がはっきりと分かるのではないだろうか?
だが、そうなると彼女は断罪されるという暗い未来を知ることになるのだ。
それは彼女にとって絶望でしかないではないか?
「そ、それは、山田も分かりません・・・」
椿はついそう答えてしまった。
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