6.ミサンガ

結局その日は体調不良という事で学院は休み、明日から授業に出ることにした。

夜になっても、明日のことを考えると小心者の椿は緊張して眠れない。ギンギンと目が冴えてしまった。


一体どうやって明日を乗り切るかひたすら考える。


「学院の皆々様、どうか山田を放っておいてください!」


ベッドに仰向けに寝ながら、顔の前に両手を合わせブツブツと祈る。

その時に左手の手首ついているブレスレットに気が付いた。学園の制服から寝巻に着替えた時も気が付かなかった。今更気が付く自分に呆れたが、よく見るとブレスレットではない。


「ミ、ミサンガ・・・!」


椿はガバッと起き上がり、左手首を覗いた。

見覚えのあるミサンガをしている。


「千鶴ちゃんが作ってくれたミサンガ・・・!」


千鶴ちゃんとは年の離れた小さい従妹。ド派手なショッピングピングと蛍光の黄色と水色で編んだミサンガだ。いかにも小学生が好む色合い。あまりにも派手で付けることに勇気が入ったが、可愛い従妹が作ってくれた物だ。無下にできない。お礼を言うとすぐに彼女の目の前で左手に付けた。

学校で喪女のくせに何付けてんだと難癖を付けられないよう、いつも袖の下に隠していた。

まあ、椿は喪女過ぎて難癖さえも付けられなかったので、杞憂に終わったが。


体も髪の毛も着ている物すべてオフィーリアの物に入れ替わってしまったのに、なんでミサンガだけは残っているのか?


考えても分からないが、見覚えのあるこのミサンガが、自分は椿自身であることを証明しているようで、嬉しさと懐かしさが込み上げジワリと涙が浮かんできた。


「千鶴ちゃん・・・、ありがとう・・・」


椿はミサンガに頬刷りをした。


翌日、学院に登校するために制服に着替え、髪を梳いているメイドのマリーに左手首のミサンガを見せた。


「マリーさん、これなんですけど」


マリーは髪の毛を梳きながら椿の手首を覗く。


「ええ。派手で不思議なブレスレットでしょう? オフィーリアお嬢様が街へ遊びに行った時に怪しい呪い師に引っ掛かって買われたものです。なんでも異国の物らしいですよ。刺繍糸で出来ていて、一度付けたら外さずに自然と切れるのを待つのですって。切れたときに願いが叶うとか」


「え・・・?」


椿は息を呑んだ。


「このミサンガ、オフィーリアさんが買ったのですか・・・?」


「はい。山田さんの世界ではブレスレットをミサンガと言うのですか?」


「はい・・・。あ、ブレスレットをミサンガと言うのではなくて、こういう糸で出来たアクセサリー的な物を言うんですけど・・・。切れるまで肌身離さず付けていると願いが叶うというお守りみたいな物なんです」


「まあ、同じですね」


「はい・・・」


椿はミサンガを撫でた。


「私も・・・、山田もこれと全く同じミサンガを付けてたんです」


「え・・・?」


「これは何かの縁でしょうか・・・?」


椿はマリーを見上げた。


「・・・どうなんでしょう?」


マリーも困惑した表情で首を振るしかできなかった。


「オフィーリアさんは何か叶えたい願いがあったのですか? 山田は特に何もなく、従妹が作ってくれたので身に付けていただけですが」


「分かりません。お嬢様は私には何も話してくれない方でしたので」


マリーは少し寂しそうに笑った。



☆彡



「山田さん、もうちょっと胸を張って堂々と歩いてください。挙動不審過ぎます」


翌朝、椿は女子寮の廊下を一緒に歩くマリーに小声で注意された。


「む、無理です、堂々となんて・・・、とても・・・」


胸を張るどころか身を縮めてマリーに後ろを隠れるように歩く。

毎朝、女子寮の門までマリーはカバンを持ってオフィーリアを送るのが習慣だ。


「どうぞ、お気を付けて行ってらっしゃいませ。山田さ・・・オフィーリアお嬢様」


門まで来るとマリーはカバンを椿に手渡した。

寮から学院までは五分とかからない。


どうしよう、ここからは本当に一人だ。そう思うと、恐ろしくて足を踏み出せない。


「あの・・・、やっぱり今日も体調不良ということで・・・」


「二日続けてお休みしますと、返って悪目立ちしますよ。お嬢様のお友達がお見舞いに来てしまうかも」


「そ、それは困りますっ!」


「でしょう? 不安だと思いますが、ここは乗り切らないと! 頑張ってください!」


「・・・はい・・・。行ってきます・・・」


椿は諦めてガックリと肩を落とすと踵を返し学院に向かった。

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