そのカップルは愛情に満ちていますが、それが幸せばかりを振り撒くとは限らないようです

 総司は探賊を全員引き取った後、灯理とうりに何事か伝えて封筒を渡すと帰っていきました。

 みつは折角だからと刃金速應命はがねのはやたかのみこととの手合わせを望んでいましたが、今日のエントランスである和風喫茶『いさなふね』から彼の神鳥のいる森まで第二層の海を越えて第一層を突破しなければならず、探索に数日を要するだろうと言われて口惜しそうに総司に連れて行かれました。

 しかし、そう考えると灯理が道を分かっていたとは言え普通に此処に辿り着いてにこにこしているらんって実はかなり根性と体力があるのですね。

「嵐は力使って此処まで転移してくるつもりだったぞ。止めたけどな」

 灯理がこれまた疲れ切った声でぼそりと漏らしました。

 ああ、そうでしたね。嵐は雨の暗がりに灯った外灯の間を自由に行き来出来るのでした。

「飛行機使わないで海外に渡って取引とかしてたからな。家の家計が成り立ってたのもその辺りの経費が抑えられたのが何気に大きいんだよな」

 飛行機代をまるまる削減出来たのならそれは大きな利益になりますよね。物怖じせずに神秘を使える時点で一般人とは程遠い訳ですけれども。

「め?」

 自分が話題になっていると気付いたらしい嵐が不思議そうな目を灯理に向けてきました。

 それに灯理は軽く肩を竦めます。

「なんでもない」

「そう?」

「そう」

「め。わかった」

 何をどう分かったのか、嵐は灯理にぴったりとくっ付いて来て腕を絡めます。

「とーりー。どうもありがと。お休みなのにごめんね。帰っていいよ」

 神御祖神かみみおやかみは探賊を総司に押し付けて片付いたので満足そうに灯理を労います。

「このまま帰るとか落ち着かないっての」

 しかし他者の世話をするのが魂に染み付いてしまっている苦労人の灯理は今日もこのまま小娘の監視を続けるつもりのようです。

 二人っきりの時間がなくなるのですけれども、嵐もそれを気にした様子もなく、人目も憚らず身を擦り寄せてはいますが不満はなさそうです。

「そうなの? 別に休んでていいのに」

「気が休まるようにお前が大人しくしてくれるなら喜んで帰るんだけどな」

「わたしはいい子ですけれど?」

 小娘がどの口でそんな事を言っているのでしょうか。

 灯理も気怠そうに溜め息を吐くだけで全てを諦めてしまっています。

「んじゃー、お昼は二人分追加すればいいのねー?」

 竈の前でお玉を持ったひめが昼食の人数を確認してきますが、あの騒ぎの中で平然と調理を進めていたのですね。この女神も良い根性しています。

「いや、こちとら竈の神ですし、正午が近付けばそりゃ昼餉の用意するわよ」

 食事は生きていくのに大切ですけれど、非常事態を前にしても動じる事無く時間通りに料理するのだから媛も人並み外れています。神らしいと言われてしまえばそれだけの話なのですけれど。

「あー」

 灯理は自分にぴったりと身を寄せる嵐に視線を落として、申し訳なさそうに未声みこえを漏らします。

「悪いけど、二人分じゃなくて四人分くらいにしてくれるか」

「……いいけど、二人分ずつ食べるの?」

 灯理はどちらかと言えば線が細く背丈も低い方ですし、嵐は胸とお尻に豊かな肉付きがありますがくびれもきちんとあるスタイルです。

 何方も大食を思わせる体型ではないので媛は胡乱げな目付になっています。竈の守り神である彼女は食べ残しなんて許せるものではないですから警戒しているのでしょう。

「いや、嵐だけ三人分……で足りるといいなぁ」

 灯理が若干遠い目をして天上を仰ぎます。その脳裏にはどんな走馬灯が走っているのでしょうか。

 今日はダンジョンを越えて来たのですし、嵐の空腹がいつもより割り増しされていてもおかしくはありません。

「嵐、そんなに食べるの?」

 神御祖神も恐ろしい物を見る目で嵐の胸を見上げます。

 三人前の栄養がそこだけに行くのではないと思いますが……嵐の体付きで他に蓄えがありそうな部位が特に見当たりません。

「たぶん、異次元に貯蓄されてるんじゃないかな」

 灯理の解説もかなり投げやりです。

「めぅ? 普通にお腹いっぱいになるまで食べるだけだよ?」

 お腹一杯って個人差がある表現ですよね、分かります。客観的な単位だとどうなるのでしょう。

「三人前から五人前」

 灯理、端的に分かりやすい解答を有難うございます。嵐はフードファイターなのですか。

「まじ?」

 媛も信じられないと語る目でまじまじと嵐を頭の天辺から足の先まで何度も視線を往復させます。

 嵐の背丈は灯理とほぼ同じで女性としては高くもなく低くもなくと言った感じで、肩もなだらかで手足もスラッとしていて、ごく一部の女性の象徴のような上下だけが膨らんでいるという、女性からすれば羨ましく思えるものです

 それは媛に対して強い刺激となったようで、だんだんと彼女の目が吊り上がっていきました。

「そんなスタイルが良くて大食らいですって!? 許せるか! あたしの料理で肥らせたらぁ!」

 なんだか、媛の闘志に変な火が点いてしまったようです。彼女は竈に向き合うと鬼気迫る気炎を上げて揚げ物を始めます。油はカロリーが高いですからね、手っ取り早く肥らせに掛かったのでしょう。

「女の嫉妬、こわ」

「ええ、本当に」

 般若も逃げ出しそうな媛の気迫にきずな征嗣ゆきつぐがドン引きしています。この光景だけで媛が男にモテない原因の一旦が垣間見えます。

 そんな怒気を向けられた嵐はぱちくりと瞬きをした後に灯理に向き直りました。

「おいしいのたくさん食べれるってこと? 灯理さんの料理とどっちがおいしいかな?」

 そんな毒気の抜かれるような事を無邪気に言う嵐に、灯理は容赦なくデコピンをぶつけます。

「いたいっ。ひどい、虐待プレイだ」

「プレイ言うな。躾だ、このバカ娘」

 灯理は悪態を吐きますが、小娘に向かって言うよりも遥かに声音が柔らかくて確かな愛情を感じます。

 ただ、その光景を見た媛が菜箸を握り締めて折ったので、仲睦まじいのも場に依りけりです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る