その面倒事の対処のために灯理は呼ばれましたが、必要なものが何一つないようです
取りあえず、
「なんで!? どうして!? わたし、なんにも悪い事してないよ!」
なんだか小娘が吠えていますが、自覚がないので説教は割り増しですね。灯理もしっかりと頷いてくれて頼もしい限りです。
傍迷惑な小娘はさて置き、エントランスにはもう一人機嫌の悪い子がいますね。
「我が夫よ。あの程度の侵入者であれば私が無力化出来ました」
伊佐那がご機嫌斜めなのは自分の役割を奪われたからであるようです。彼女は戦艦の神であり戦女神であるので、本分を全う出来なかったのに憤りを感じているのですね。
清淡は困ってしまって細い顔を渋くしています。
「君が手を出す程の相手ではなかった」
「この船は
清淡の苦し紛れの言い分も敢え無く伊佐那に切って捨てられました。
大人に正論で言い返す時の子供ってどうしてこう懸命で可愛らしいのでしょう。
「あれ、わたしには口答えするなとか言うのに!? どうしてそんなに扱いが違うの!? 不公平!」
貴女の言説の何処に正論があるのですか、一回でも反証を持って来てから寝言を言ってください。ちなみに有りもしない事実を捏造しようものなら灯理に言いつけますからね。
「待ってよ、告げ口するの!?」
取りあえず黙っててくださいませんか、可愛い伊佐那に集中出来ません。
膨れっ面してても貴女は可愛くありませんよ。生意気な感じがさらに増すだけです。
伊佐那は一切引くつもりがなく、瞬きもしないで清淡の細い顔を見詰め続けています。
清淡の方が弱ってしまって顔を背けたり後頭部を掻いたりと落ち着きがありません。
やがて彼は根負けをして俯いて陰を落として表情を隠し、ぼそりと呟きます。
「例え可能だとしても、君にそんな事は極力させたくない。それに嫁を守るのは男の甲斐性だ。なけなしの見栄くらいは張らせてほしい」
清淡の告白に伊佐那は目を真ん丸に見開きました。
そしてくりんと勢い良く首を捻って少し離れた位置で寄り添っていた
「主上、我が夫は私を想って行動してくださいます。我が夫は私を愛してくださっているのだと思います。我が夫は良き夫です」
伊佐那は大きくはないものの声を張り上げて保護者とも言える二人に報告を上げます。
一連の状況をしっかりと目撃していた夫婦神達は微笑ましい気持ちをありのままに顔に出してそれぞれのペースで頷きを繰り返します。
「うむ、伊佐那は幸せ者よ。よきかな、よきかな」
「良かったね、伊佐那。清淡さんの言う事をきちんと聞くんだよ」
しっかりと婚約者の自慢を聞いて貰えた伊佐那は満足そうに鼻を膨らませています。ああ、お人形のように表情は乏しいですが、感情がはっきりと分かる伊佐那の幼い仕草がとても可愛らしいです。眼福です。
「待って! わたしも! わたしも褒めて貰えたら子供らしくにまにま出来るよ! ほら、褒めて!」
煩いですよ、小娘、折角満ち足りた気持ちでいられるのに雰囲気ぶち壊さないでくださいますか。
それにそんな時間の余裕は貴女にはありませんよ。
「おめーのどこに褒めてもらえるとこがあると思ってんだ、こんのバカ娘!」
「とっ、いた、いたいたいいたいいたい、まじでいたいー!」
「痛くしてんだ、痛いに決まってんだろうが!」
やっとエントランス――昨日の純喫茶『シャワーズランプ』とは違う日替わりエントランスの和風喫茶『いさなふね』に辿り着いた灯理は、道中で溜め込んだ憂さを余さず発散するように拳骨で小娘のこめかみを挟み込んでぐりぐりと押し付けます。
背後から近付いた灯理に小娘は気付く事はなく逃げる暇もないまま折檻を受けています。
「うーん、あたしも昔はよくあかりさんにバカ娘って怒られたなぁ」
灯理に付いて来た
当の本人が十割悪いとは言え、神霊でも最上位の存在に対して彼氏が暴力を奮っているのを目の当たりにしているというのに、呑気というか度胸があるというか。此方としては呆れるばかりではあるのですが。
「
「いや、だって、バランスが! キャラのバランス取らないと物語的にいたいっ! ま、ちょ、力が強くなってますけどうにゃああああああ!」
小娘が心底どうでもいい理由で言い逃れしようとしたので灯理が腕の力を思いっ切り強めましたね。傍から聞いてても火に油を注いでるようなものでしたので自業自得としか言えません。
灯理が暗闇で人を導く神格であったからこそ、全く手掛かりがなくても道を把握して此処まで到着しましたが、逆を言えば他の神霊であったら運次第で永久に彷徨っていた訳ですからね。
いえ、わたしが道案内をしてもいいのですけれど、そうするとここの文面が埋め尽くされてしまって読者が訳分からなくなってしまいますからね。
「
いえ、灯理なら自力で正しい道を辿れると知っているので口出ししなかっただけですよ。他の神霊なら道標くらいは表示しますとも。
何の考えもなしに呼び付けるだけで後は黙って待っていた小娘と一緒にはしないでください。
「ちょっと! 天真璽加賀美ばっかり逃げてズルい! 一緒に怒られなさいよ!」
なんですか、他者を巻き添えにしようだなんて本当に性根が曲がった神ですね、貴女は。
「てか、話反らしてんじゃねぇよ。犯罪者を中に入れるわ、総司達との連絡先は把握していないわ、しかもどっちも反省してないとかぶっ飛ばすぞ、このバカ娘」
うちの小娘がまだ小学生だからか、灯理は拳を強く握り締めて震わせながらも拳骨を落とすのを我慢しています。いっそその中身がすっからかんな小さい頭に一発見舞ってあげた方が少しは良い刺激になるのではないでしょうか。
「ちょっと! DV反対! 体罰なんて時代遅れだからダメなんだから!」
自分が痛い目を見そうな時ばかり小賢しく倫理を持ち出すのではありません。勝手気侭に行動している神霊の癖に。
しかし灯理も喚き立てる小娘に毒気を抜かれたのか、荒っぽく頭を掻いて気を取り直します。
「ああもういい。取りあえず総司に連絡するから携帯貸せ」
灯理が
いえ、携帯電話ですよ、分かっているのでしょう。
「わたし、ケータイなんて持ってないよ」
「は?」
しれっと連絡手段なんて持っていないという小娘に灯理が間抜けな声を返します。
ええ、わたしも同じ思いです。何言ってるのでしょうね、この小娘。
「わたし、小学生だもん。ケータイは高校になってからって親に言われてるし」
「お前、高校どころか義務教育もまともに卒業する気皆無じゃねぇか。それ以前に家から出てるのに携帯の一つも持たせられないって親はどんな感覚してんだよ」
こんなのを生むのだから人間なのに親も普通ではないようです。いえ、神御祖神の言葉の端々からそんな気はしたのですが、小学生が親元を離れるというのに連絡手段の一つも持たせないで平気とか現代の親ってもっと過保護で心配性なものではないのでしょうか。
灯理も頭が痛そうに額に指先を立てて揉み解しています。
「……ちなみに、ここ、電話とか通ってたりは」
「小学生が電話の契約とか取れるとお思い?」
灯理も全く期待しないで訊ねたのですが、一縷の望みはあっさりと神御祖神に否定されます。今時、固定電話引くくらいだったら携帯電話を持ちますよね。
「ああ、もういい。外行って公衆電話探すから現金寄越せ」
灯理だって普通に生まれ育っていたのなら自分で携帯電話でも現金でもきちんと所持していたでしょうが、小娘にぽんと生み出されて後は手を掛けられる所か逆に世話をさせられていて可哀想にも程があります。
「お金? じゃ、昨日の売り上げ持って行っていいよ。よろしくね」
そう言えば昨日の来客に出した飲食代はきちんと会計していましたね。レジを打っていたのは嵐ですけれど。
「分かったよ、全く。で、レジ締めした後に売り上げどこ置いたんだよ」
灯理に売上金の所在を訊かれて、小娘はきょとんと瞬きを繰り返します。
「お金はちゃんとレジの中だよ?」
「んん?」
全く話が通じてなくて灯理が唸ります。
灯理は瞼を閉じて目頭を指で解し、それから食い違いを無くそうともっと根本的な所から質問をし直します。
「昨日、レジ締めしたか?」
「んぅ? レジはちゃんと締めたよ。ガッシャンって」
小娘が何も分かってない顔で答えるので、灯理も段々と事態が見えて来たようです。
彼は念のために嵐にも確認を取りました。
「嵐、昨日レジ締めしたりとか」
「してないよ。灯理さんかオーナーの結女ちゃんがすると思って。勝手に手を出したら分かんなくなっちゃうし」
こうして昨日の売り上げが計算もされずにレジの中に放置されているのが発覚してしまいました。
灯理は頭が痛そうに俯いて額を手で押さえます。
「もういい……くそ、あのとんでもない道をもう一回通らなきゃならないのかよ……」
此処からだと二層の大海に浮かぶ勇魚船から漕ぎ出して海流を捕まえて一層に戻り、そこからエントランスに通じる出入り口を見つけなくてはなりません。これだけでも大冒険で何時間掛かるのかという話です。
「嵐はここで待っててくれ」
まぁ、灯理一人なら
ああ、そうだ、このエントランス、向こうとは開いている所在地が違ってますので、昨日と同じ場所に来て貰っても困る事になりますよ。
「おめー、ほんとふざけんなよ! なんだよ、めんどくせー仕様にばっかりしやがって!」
「ふぎゃ!?」
キレた灯理が絶叫するのもやむなしです。
その声が余りに大きく怒気に満ちていて小娘が猫のように跳び上がりましたが、反射で手を上げられなかっただけ助かったと思うべきですね。
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