その小娘の思い付きは穴だらけなので、周りはフォローに苦労します
ダンジョンの中に
「なんて恐ろしいの……配下の子でこれなんだからダンジョンマスターは本当に恐ろしいのね……」
急展開に陥れられた
してませんよ。首を傾げておかしいな、なんて顔しないでください。貴女が自分で名乗ってないだけです。今も昔もちゃんと自分が何者なのか最初に伝えないから人間に侮られるのですよ。
流石に納得したのか、
「I am this dungeon master」
神御祖神はやたらと流暢に宣言しました。
そこから十秒くらい、たっぷりと沈黙がエントランスに降ります。
「はあああああああ!?」
美登がまた絶叫しました。
確かにこんな小娘がダンジョンマスターでしかもそのダンジョンでカフェをやっているとか信じられませんよね。そもそもダンジョンマスターがエントランスで平然と探索者を出迎えているという事態が滅多にありません。
「え、あ、うそ、冗談ですよね!?」
美登が神御祖神を指差して必死に灯理に事実確認を取ります。慌てているからでしょうが、なかなかに失礼な振る舞いです。見た目小娘ですからそんな気が起きないのも分かりますが、それ、ダンジョンマスターである前に神霊を生み出す創造神なのですよ。
「いや、
話の流れをぶった切って無茶振りするのだからそれ扱いも妥当です。
「なによ、
それまで安全に帰らせてあげようって話をしていたのに、いきなり百八十度急ターンしてダンジョンに放り込むとか言い出したから苦情が出たのですよ。脈絡って言葉、知っていますか。
「ちなみに、真実な」
此方の話に気を取られていた灯理が随分と遅れて美登に返事をしました。
その間をどう取ったのか、美登の顔からさっと血の気が引いて、次の瞬間には神御祖神に向かって土下座してきます。エントランスは板張りなので痛いし冷たいでしょうに。
「も、もも、申し訳ありません、お許しください!」
美登に悲鳴を上げられても神御祖神はぽかんとしてその旋毛を見下ろすばかりです。貴女は全部良い事だと思ってやってますけど、そうでないという証明ですからね。しっかりと見てください。
「え、なにが?」
なにがじゃありません。そういう物分かりが悪い所も相手に圧を与えるのですよ。
強者が話を飲み込まないというのは、その意見を認めていないのだと取られるのですからね。
「……生意気な口を聞いてしまったことだとか、そっちの男の人の方が上の人だと思ったりだとか」
確かに美登は神御祖神が見た目通りのただの子供だと思っていたようで、灯理と違って敬語も使っていませんでしたし、話の確認も全て灯理に取っていました。それを侮られたと取る大人げない大人も、まぁ、多いのは想像が付きます。
「いや、全然気にしてないけど」
そしてそんな人間の礼儀作法とかいうものを丸っきり無視しているのがうちの小娘です。
心底どうでも良さそうにいうのは止めなさい。余計に美登が怯えています。
もっと丁寧に相手の気持ちを汲み上げるような声音を作れないのですか。
「えー……えっと、そんなのどうでもいいから、早く檸黄陀輪天のとこに行ってみて? そっちもいい感じの屋外カフェにしてあるからさ」
言葉のチョイスが酷すぎます。もっと吟味してから喋ってくれませんか。気にしていないっていうのをどうでもいいって表現するんじゃありません。
「なに言っても怒られる……灯理、パス」
そして早々に諦めて灯理に丸投げもするんじゃありません、この我儘小娘。
灯理もやれやれと首を振って立ち位置を変わってあげないでください。そうやってみんなが甘やかすからこの小娘はいつまで経っても上の立場に相応しい振る舞いを身に付けないのですよ。
『そんな無理難題押し付けたら灯理が可哀想だって』
「取りあえず、結女のことは気にするな。どっちにしろ、今日の分は何かしら持って帰らないといけないんだろ? で、本当にあいつらのとこまでは安全なんだろうな?」
「だいじょうぶだってば。日本をモデルに自然そのままで街がなかったらって感じでデザインしてる環境だから。現実にいない子達も手出ししなければ襲ってこないよ」
手出ししないけれど、その気になったら人間なんて軽く返り討ちに出来るのですよね、知っていますよ。
第一層を確認してみましたが、それこそ日本と同じ広さがありますよね。檸黄陀輪天は何処に神域を構えたのですか。此処から向かってすぐ行って帰れるような近くなんでしょうね。
「……あ、やべ。気にしてなかった。ていうかどこにいるのか、わたしも知らない」
この小娘、それで今日中に帰って来れないような場所に行っていたらどうするのですか。
灯理がゆらりと小娘の背後を取り、気配も感じさせず拳骨を落としました。
「いったーい! ひどい! 幼児虐待!」
「おめーはもう幼児じゃねぇだろ、十二歳! このバカが!」
いいですよ、灯理、あと二、三発はかましてやってください。
「……あれで、本当にダンジョンマスター? 叱られてるけど、え、やっぱりあの男の人の方が偉い?」
「ううん、灯理さんも神様だけど、灯理さんを生んだのが結女ちゃんだよ」
「ぇえ?」
嵐が当たり前のように訂正した事実が信じられないと、美登は混乱を表情に丸出しにしています。
「まぁいい。じゃあ注意するのは熊とか猪くらいか」
「シカやカモシカもいるよ。あと虫とか蛇も気をつけないと」
灯理はそれなりに力を込めて殴っていたのですが、神御祖神はもうけろりとしています。
それにしても、安全だとか宣っておいて自分から危険を
灯理ががりがりと後頭部を掻いて頭を悩ませています。可哀想に。
「で、流石に武器くらいは持ってるよな? それとも魔法型か?」
「あ、いえ。これです」
灯理が美登に戦闘スタイルを訊ねると、美登はぽんと手の中にオートマチックの拳銃を一つ出しました。
おや、これは珍しいですね。美登の持っている拳銃はそれこそがアイテムボックスです。
アイテムボックスはSFに出て来る異次元ポケットのように実体のないのが普通なのですが、たまにこうして実体を伴って具現化するパターンがあります。
そのようなアイテムボックスの装備はレベルアップと共に性能や形状が増えていきますし、そもそもがそこらのものより余程高性能です。
このような才能があるのなら、確かに周囲も探索者を続けさせようというのも納得です。
美登のアイテムボックスは中に仕舞った物を『銃弾』に変化させて装填する機能があります。これなら弾切れの心配も普通の銃火器より少なくなりますし、例えば回復ポーションを弾にして味方を撃てば遠くからでも治療が施せます。汎用性が高く器用に立ち回れるので、探索者として優秀な装備です。
「ん、野生動物の脅威は心配なさそうだな。あとは目的地が分からないってのが問題か。あー、両手が塞がるのは困る、よな」
灯理はぶつぶつと思考をそのまま口に出して発散しながら、掌に神威を灯します。
その穏やかに柔く揺らめく黄色の光は、やがて小さなランタンに変わりました。それは革紐に括り付けられていて、首から下げると何処かのテーマパークで売っているポップコーンケースのような見た目になります。
「ほれ」
そして灯理は即席で造り出したランタンをぽんと美登の首に下げました。
美登に見詰められる中でランタンは彼女から霊力を吸収し古い街灯のような明かりを宿します。そして床に映ったのその光の中に、一匹の蛇が白く浮かび上がります。
その光の蛇はするするとエントランスの通路を進んでいって、ランタンの明かりが途切れる輪郭の手前で立ち往生します。
灯理は美登の視線を誘導する為にその小さな光の蛇を指差します。
「そいつはお前が行きたい場所、行くべき場所を案内してくれる。付いて行け」
灯りを与えて人を導くというのは、正に
これで少なくとも檸黄陀輪天の神域を探して彷徨い放浪する心配だけはなくなりましたね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます