第46話 えぇ……何やってんだお前
一人の冒険者が意識せずに喋った、彼女云々の話を聞いてから――
――――魔法好き好き戦士はじっと考え込んだ。周りが何か言ってきているが、ひとまず無視する。
それどころではなかった。
かつて魔法好き好き戦士は、今は亡き親友朱莉に抱いていたのは親愛の気持ちであると判断したことがある。
だが、その判断は果たして本当に正しかったのか? 先程の言葉を聞き、今となって再び疑問に思い始めたのだ。
「俺は……かつて魔法の行使に憧れていた。無論、今でも好きなのだが……魔剣との出逢いが俺自身に変化を及ぼしたのか……?魔剣を見ると胸が高まってしまう。
いや――そもそも何故、俺は女の子の名前を付けているのだろうか? 偶然――違うな。男の名前という選択肢もありながら、ほぼ無意識のままに女の子の名前を名付けているんだ。
では何故……女の子の名前を俺は名付けるんだ……?」
目を瞑り、熟考した結果――魔法好き好き戦士はワンランク上の変態へと昇華した。
「そうか……そういうことだったのか……。なるほどな、愛……か。では、ここで証明してみせよう、俺の魔剣に対する本当の気持ちを行動で!!」
何か意味深なことを口走った魔法好き好き戦士。
魔法好き好き戦士はそう呟くと――、ゆっくりと朱寧(魔剣)へと顔を近づけてゆく。
そして――、
チュッ
――朱寧(魔剣)の剣身部分へとキスをした。
「は?」
「は?」
「は?」
突然の暴挙。
固まる冒険者達。
それはそうだろう。ある程度綺麗になったとはいえ、ヘドロがこびり付く魔剣に何故か急にキスをし始めたのだから。予想だにしない事態に固まるのも無理はないことである。
言うなれば、目の前の男が犬の糞がこびり付いた宝石に急にキスし始めるようなものだろうか?
キスをした代償として、魔法好き好き戦士の口には、ヘドロが付いている。汚い。
「いやっ……!? お前何やってんの!?」
「なーんで、キスをした!?」
混乱する冒険者達。彼等のような経験豊富な冒険者達であっても、突然ヘドロまみれの汚物に愛のキスをする男に対して臨機応変に対応は出来なかったようである。
「俺の……ファーストキスだ。どうやら……俺は朱寧を愛していたらしい。友情を越えて愛へと辿り着いたのだ。」
愛情を越えると憎悪となるように。友情から愛情へと気持ちが変化した魔法好き好き戦士。
ファーストキスであることを恥ずかしそうに申告する魔法好き好き戦士。照れ屋さんめ。
「……」
「……なに言ってるんだ? こいつ」
「精々、魔剣に対する気持ちをペラペラ喋ってくるだけだと思っていたら、物理的に表現するとはな……どうするんだ? この状況」
場を混沌とさせた魔法好き好き戦士。次の行動はというと、土下座だった。
「俺は朱寧のことが好きだったんだ……どうしようもなく好きだ。朱寧には、俺と結婚を前提に付き合って貰いたいと思っている」
「…………」
「…………」
「みんなも朱寧が好きなのは分かっている。だが、どうか……!! 俺に朱寧を譲ってくれ!! この通りだ!!」
それは――綺麗な土下座だった。
誠心誠意が込められた土下座。魔法好き好き戦士がいかに悪いと思っているのかがよく分かる。
だが、冒険者達はひたすらにドン引きするだけだった。
女の子がおもちゃ屋で残り一つしかない可愛い女の子のお人形さんをおままごとで使うために買おうとしたら、突然現れた中年男性がそれは自分のお嫁さんなんだと言って、譲ってほしいと言って土下座してくる並みのインパクトだ。
「こいつ……限界突破しやがった……そもそも魔剣を愛してるのなんてお前ぐらいだろ……」
「もう人間の理解しうる領域を越えてる……」
「あのー……本当に同じ人類なんですか??」
尚も土下座を崩さない、魔法好き好き戦士は懇願する。
「頼む!! 」
そんな姿を見た、冒険者達は溜め息をついた。
「もう……いいよ……譲るよ」
「これ以上の欲しいアピールとかどうやるんだよ?」
「負けた……ガラティーンとして欲しかったけど、勝てる気がしない」
冒険者達は(誰かさんのせいで)ドッと疲れたのか、次々と辞退していく。
これ以上は不毛だった。魔法好き好き戦士の魔剣に対する熱意は、他を圧倒したのである。
「感謝する!! これからはずっと一緒だぞ……朱寧」
魔法好き好き戦士は手に持った朱寧を優しげな目で見つめ、そっと囁いた。
これにてこのオフ会の勝者は決定づけられた。
実力ではNo.1とは到底言えなかった魔法好き好き戦士。武勇に優れた選りすぐりの集まりである“円卓”や多くの冒険者を従えた人気ダンジョン配信者であるハルカを、彼は愛を以て下したのである。
これはまさに愛の勝利。だが、まったく心に響いてこないのは、片方が無機物であるためだろうか?
狙っていた魔剣を手に入れられなかったことで場の雰囲気が荒れると思いきや。ここにいる冒険者全員共に、魔法好き好き戦士の人類の域を越えた愛に振り回された被害者ということで、案外心情は穏やかだったためにそのようなことは起きずに仲良くお喋りをしている。
「俺達には真似したくないようなことを容易くやってのけるなんて……うーん、そこに痺れはするけど憧れはしないな。やりたくないわ」
「人のことだけどさぁ……魔法好き好き戦士ニキはほんとにそれでいいんか……?」
「俺はもう魔法好き好き戦士ではない。魔剣好き好き戦士だ!! これからはそう呼んでくれ!!」
「はぁ」
「そうかぁ……」
「…………」
魔法好き好き戦士はもはや居ない。ここに居るのは新たな存在――魔剣好き好き戦士である。
それからも雑談は続き――魔剣好き好き戦士の愛はまだ人類には理解出来ないものであったが、ふざけて真似しようとする者も現れた。
「それにしても完敗だな。だが、俺らも魔剣を欲する者として、その心意気は少しでも見習うべきか……?……俺らも投げキッスでもしてみる?」
「……まぁそのぐらいならいいか」
「そうだな、投げキッスなら臭くないし」
「「「「「「チュッ」」」」」」
そこからは残った冒険者達による投げキッス大会が行われ、今になって中層に辿り着いた冒険者達を大いに困惑させたという。
これが――魔剣ガチャを回す前には、投げキッスをすると当たるという、迷信が生まれた瞬間だった。
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