女の子?の部屋
朽ちた道の跡を掻き分けて歩くシェナの目は確かで、低い草に覆われた道でも迷う事なく砦町の横に辿り着けた。
当然のように、袖の中から出した細い鋼鉄の糸を外壁に引っ掛けて、ポンと地面を蹴り、壁を軽々と登っていく。
「ちょっと待って、僕は、そういう曲芸は出来ないよ」
「風の魔法使…………あ、そんなに使えないのか。んー、やってみたら意外と出来たりして?」
確かに自分に使える魔法は風系統だが、ごく簡単の詠唱しかできない。
道中馬車の中でも練習できるような空気ではなかった。
けれど、努力するに越したことはない。
スティアの詠唱を、集中して真似てみる。
『風よ 我が足となり 意に従え』
詠唱が重い、と感じる。
今まで成功したものは簡易魔法程度だったから、魔力を使う神経がぎゅっと疲れる。
それでも小さく風が集まり、少しだけ足と地面の間に隙間ができた。
だけどそれが限界で、上昇するとか動くとか高度な操作までは続かない。
難しい顔をしていると、壁の高さの半分まで降りてきたシェナに腕を掴まれて引き上げられる。
軽くなった身体が壁の上にトンと到着した。
「少しは出来るじゃないか。浮いてるってだけで、色々応用がきくもんだよ」
「―――そうだね。ありがとう」
素直に笑って、シェナの顔を覗き込む。
夕日ですこし赤くなった色彩が、精悍な顔立ちに華を添えて、間近にあった。
彼女は少し何かを言いかけたが、きゅ、と口をむすんだ。
かわりに眼下の屋根に顔を向ける。
「この辺りは寂れているけど住宅地の裏だよ。とりあえずセトはボクの拠点に隠れてな。顔が割れているなら見付かると面倒くさいし」
壁の内側は外よりも地面が近い。
シェナは道具も使わずぽんと飛び降りた。
それを真似したついでに、もう一度魔法を詠唱してみると、少しだけ軽やかに着地が出来た。
「はは、ボクについてくると、魔法が上手になりそうだね。でも身体がなまるよ」
「君の運動能力が高いと思うんだけど…………。遺跡発掘家って、皆あんな鋼糸で身軽に動けるのかい? もっと地味な仕事かと思ってた」
「ま、発掘は一面だから。魔物が出る遺跡もあるし、収入的に忍びこむのは現役の豪邸だったりもする訳よ。そのときの獲物はモノじゃなくて、情報だけどね」
さらりと犯罪色をにおわせながら路地の先を急ぐ。
夕焼けの褐色に包まれた石壁が美しい。
目の前を走るシェナの切れのある動作も、見ていて気持ち良いと感じる。
隙間のような小さな空間の奥に、彼女の拠点があった。
拠点にしてまだ日が浅い筈なのに、足の踏み場が無いほど散らかった部屋は、やはり男っぽさをおもわせる。
適当に寛げと言われても、身の置き所がない。
「じゃあ、ボクはジノヴィを探してくる。大人しく待っててよ」
休憩する様子もなく出て行こうとしたシェナを思わず呼び止めた。
しかしセトが口を開くより彼女の喋る速度は速い。
「あ、ボクの私物とらないでよね」
「いや、とらないよ。でも少し整理してもいいかな。どこに座ったら良いかもわからないから」
「ああ、座る所は適当に作って。じゃあ行ってくる」
改めて慌しく走って行ったシェナを見送って、さてと息をついた。
座るところといっても椅子にも寝台にもがらくたなのか収集物なのか分からないものが散らかっている。
とにかくそこへ辿り着くために足元から片付ける事にした。
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