第一章・白き獣と神隠し(4)
*
「ただい……」
玄関を開けて数秒足らず、待ち構えていた存在に直希は回れ右をしたくなった。
「おっかえりなさーい♪ 直希! 転校初日お疲れ様っ、ほらっ、荷物貸して? 姉さんがお部屋に持って行ってあげる♡」
満面の笑みで私服姿の姉――広瀬小百合(ひろせ さゆり)が両手を重ね、待っていたのだ。これはなにかある、いや、あるに違いないと直希は逃げるように後ずさるが姉がずずいっと迫ってくる。直希と同じ、蜜色の髪をポニーテールにして、ゆらりと揺らして色白の頬を上気させ上機嫌といった様子だ。
直希と違う色の瞳が、コバルトブルーの瞳が爛々と輝いている。
「えっ、いや、いい……」
「もうっ、そんな遠慮しないのっ」
「いや、遠慮じゃな」
断固拒否、遠慮である。これはもう、確信した。期待している、姉が、何を?
次の言葉でそれは、あぁ、やっぱりとため息が出た。
「まったく、こういう時は素直に甘えるのよっ! それはそうと……新しい学校はどう? 友達とか――」
「できてない。できたとしても、姉さんには紹介しないから」
途端、笑顔のまま姉の小百合が固まるも、それは一瞬であった。
すぐに笑顔の中に黒いオーラをにじませ、ずずいっとさらに迫ってきた。
「もうっ、なぁんでそんなことを言うのかしらぁ? 直希ったら」
「うっ」
「照れてるの? 照れてるのね、んっ? 姉さんに友達紹介するの照れて」
「誰が照れてるか! ってか姉さん、またあの不気味な人形ばら撒くつもりだろ?!」
反論に出た直希に、小百合は不思議そうに小首を傾げる。
「えっ? ばら撒くだの不気味だの失礼ねっ、みんなにかわいい愛のこもった手作り人形をプレゼントしたいだけよ?」
「あのなっ! そのプレゼント人形を前の学校でやったせいで大変だったんだぞ?! 受け取った人たちから苦情来たんだからな?! 夜中に突然「愛を貫こう」とかなんとか、その人形が叫んで目を光らせてきたとか……! とにかく、ただの人形じゃないって、どうにかしてくれって言われたんだからなっ」
思い出す、前中学校での苦情の数々。男女どこのクラスかもわからない生徒から、何とかしてくれと縋られて大変だったのを。
あれが同学年だけだからまだ、よかったものの、上の学年やら下の学年まで被害が出ていたらどうしようもなかったと、直希が目を皿にして記憶をたどっていると、小百合は反省の色なしでただ不思議そうな顔をしてみてくるだけだ。
「えぇ、変ねぇ? そんなことないわよっ、私はあの人形に動くような仕掛け入れてないもの。あっ、愛情はたっぷりと入れてあったけど♡」
「いや、だからっ」
「ねぇ、直希。ほんっとにお友達、できてないの? できてたら紹介して! 特に下の子がいる子を!」
「あのなぁ」
小さい子がいるかどうかなんて、転校初日でそう、分かるわけないだろといった視線を姉に送るが、それでも目を潤ませこちらを見てくるのだから、たまったものではない。
うっと、たじろぐ直希に、小百合は直希の顔面にずずいっと顔を遠慮なく寄せてくる。
「あのね直希……お姉ちゃんの夢はね、私の夢は小さい子たちに愛のこもったお人形を作る、お人形屋さんになることなの。その為にも今から、小さい子やいろんな人の反応を見ておきたいのよ」
「……いろんな、反応ねぇ」
いろんなと言われても、前のとこでは恐怖の反応しかなかったようなと思うも、言うとうるさくなるので口には出さない。
姉はくるりと一回転し、そっと目を伏せ語り続ける。
「そうよ! そして愛のこもった愛らしいお人形さんで、みんなを子どもたちを笑顔にしたいのっ」
ね、だからと振り向かれ言われても、直希にはそんな子供と出会うあてなどない。ないものはないのだ。
「そう言われても、知り合いなんかすぐできるもんじゃないし」
と。んっ? と、先程ぶつかった小学生が頭の中をよぎり、一瞬黙る直希に小百合が目を輝かせた。
「なになに! いるのっ、いるのね?!」
「あー、いや」
「なになに?! どっちなの!」
「ないない、ないったらない」
あれはただの通りすがりの小学生である。こんなことに巻き込むわけにはいかないと、直希は手を横に振り、否定した。
すると、小百合は見るからにがっかりした表情になった。
「もう、期待しちゃったじゃない」
いじいじといじけ出した小百合に、直希はただ半眼を向ける。
「俺をあてにするなよ、姉さんこそ、新しい高校でどうなんだよ」
そうだ、それだと言いながら思う直希だったが、小百合はえへっと顔をしかめさせた。
「んー、なんだかお嬢様さま学校って、なかなか友達作りにくくって⭐︎ だからね、直希」
「あのな……」
言いかけて、ふと、直希は黙り込む。たしかに、姉の小百合が転校した学校は女子校で古き良きお嬢様さま高等学校で知られてるところだ。そんな場所ではさすがの小百合も、なかなか、本性をだせない環境かもしれない。
だとしたら、友人作りは大変かと直希は心配になったが実はそんなことはなく。
行って早々、小百合はその容姿で海外のお姫様見たいともてはやされ、特別視されているから近い友人ができないだけなのであった。
「だからね、ね?」
「はぁ、だからねって……あー、もう。あんま、期待しないでくれよ? できたらだからな」
「うんうん! ありがとっ、直希!」
直希の言葉に、途端、満面の笑みを浮かべる小百合。その笑顔に、直希は自分では気づいてないが、弱く甘かったりするのである。
気づいているのは小百合だけだ。
(直希ったら、もう、幾つになってもお姉ちゃん子でかわいいわぁ)
とか、思われているのはもちろん知らない。知らない方が良いかもしれないが。
「はぁっ」
疲れたとばかりのため息をつく直希に、小百合は今度は優しく微笑んだ。
「でも、直希の友達には、本当に早く会いたいわ。いい友達できるとよいわね」
それは弟を心から心配する、姉の素顔だった。
(……時々、年上らしいこというから悔しいんだよな)
なんとなく、照れ臭くなって直希はそっぽを向いた。
照れているのはバレバレだろうが。
そんな直希に小百合はふふっと笑いながら、そういえばと言葉を続けた。
「直希は学校から聞いてるかしら、私はご近所さんから聞いて知ったんだけどね、なんだか最近ここら辺で物騒なことが起きてるらしいの」
「物騒な?」
「ええ、なんでもペットで飼われていた白い犬や猫が次々と消えて……まるで神隠しみたいなことが起きてるとか」
「神隠し? いや、何も聞いてない」
というより、クラスに入った途端、視線がやたら刺さり(きっと、この髪色のせいだろうが)先生の話など聞くどころではなかったのだが。
「何があるかわからないから、気をつけるのよ?」
真剣な顔で言われて、直希は神妙に頷く。どちらかというと、姉の方が心配だ。
「姉さんも、気をつけろよ」
「やだ、直希、心配してくれるの? 姉さん嬉しいわぁ」
「茶化すな!」
心配、するんじゃなかったと、少し後悔する直希だった。
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