第一章・白き獣と神隠し(1)



「うーめーこー!もう帰ろうぜー」

「きゃふーっ」

 白い小さな小型犬と青年は暗い公園を歩く。帰ろうと言うわりには、青年の方は足を速めるわけでもなく、ゆっくりとした足取りだ。その横を小さな手足でちょこちょこと歩いている梅子と呼ばれた犬は、ボールを加えて主人を見上げる。まだ遊び足りない、そういう表情である。その顔に、青年は困り顔で頭を掻いた。

「ほら、なんか生暖かい風で気持ちわりぃし、そろそろ、な? 梅子」

「きゃふー」

「ん? だからだめだって、もう帰るんだぞ」

 足元によって来て「きゃふきゃふ」と不満げな鳴き声を上げる梅子に、青年は「だめだ」と手をひらひら振ると、強く吹いた風に身をすくめた。

「うっわ!なんだ今の風、なんか鳥肌が…」

 腕をさすり、青年が辺りを見回した、その時だった。


「白い犬、飼っているんですか?」

 

 突然、前方から声がして、青年は飛び跳ねそうになるほど驚いた。

「え? っうわ!」

「あの、ごめんなさい。そう驚かせるつもりはなかったの」

 その声の主は若い女性だった。腰元まである綺麗な青みがかった白い髪を風に靡かせ、焦げ茶色の瞳を不安そうに揺らして目の前に立っていた。青年は一瞬、慄いたが「人じゃないか、何ビビってんだよ俺」と呟きながら「い、いいえ」と横に首を振り、ほっと息を抜いた。

「えっと、その、コイツは梅子っていうんです」

「そうなんですか、可愛いですね。ちょっと散歩に出てきたんですけど、梅子ちゃんのような、可愛い子犬さんに会えて嬉しいわ」

 そう言って綺麗にほほ笑む女性に、思わず青年はへらりと照れたように笑い返して内心、美人に会えてラッキーと喜んでいた。梅子の方はと言うと、主とのひと時を邪魔した女性の存在が嫌なのか、ただ遊びの時間を邪魔されたのが嫌なのか、女性に向かって「きゃふ!」としきりに吠えている。

 その様子に、女性が困ったような笑顔を浮かべた。

「せっかくのお散歩、邪魔しちゃったかしら」

「い、いえ、そその、犬が煩くてすみません」

「いいえ、そんなこと」

 青年は生暖かい風の気持ち悪さなど忘れ、目の前の女性にすっかり夢中だった。ただ、その風にその場に何かを感じていたのは、青年の飼い犬だけだ。

「あ、あの」

「あの、よければ」

「え?」

「よければご一緒してもよいかしら」

「あ、はははい、どうぞどうぞ!」

 願ったり叶ったりだ。青年は心の中で強くガッツポーズをする。梅子の声がどんどんと遠くなることにも気づかず、青年は女性の横を歩きだした。


 ふわり、生温かい風が強く吹いた、その夜のこと。その町から白い小型犬が行方不明となった。



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