第32話 関係者の帰国、動機

第32話 関係者の帰国、動機


 二〇二五年。

 日本マイクロサニーからヘッドハンティングされて、石倉恵一もまたアメリカから帰国した。


 ドクター黒川新一郎は、あることで悩み続け、医師としての自信を失った。

 二〇二九年、彼は失意の内に、ジョディ夫人現在三八歳と、娘を伴って帰国した。今は西東京市三鷹に住んでいる。

 そして、最後の突然死の被害者、黒川アンナ、死亡時十五歳は、黒川新一郎の一人娘である。

 こうして、本事件の主要な関係者が、全て日本に揃うことになった。


 その後の彼らの動静だが……

 ソフィア高田は、実はトミーの外にもう一頭のボノボを飼っていた。トミーの十歳下の妹で、名前はベティ。二人と一頭は家族の様に暮らしていた。

 ソフィアが研究所を辞めたのも、トミー以上の素質を持ったベティが不幸になることを怖れ、その才能を隠す為だったのだろう。人語を理解し、豊かな感情を持つベティは、サルと云うより人間に近い。被疑者高田ケンタロウにとっては、姉のような存在だったのかも知れない。


 二〇三〇年。

 日本マイクロサニー社で、開発部長兼主任研究員を務める石倉恵一は、ビジネス用途のスーパートミーを開発した。

 トミー細胞のDNAにヒト遺伝子を組み込んだ、ウルトラスーパータイプのトミー大脳クローンを、バイオ工場で大量生産する所までは、マイクロサニー本社で既に成功していた。

 石倉は、バイオサーキットセンターユニット培地に、脳組織を直接培養することで、神経接続をオート化する方式を考案したのである。

 これにより、安価なスーパーバイオコンピュータが実現し、翌年すなわち二〇三一年に、家庭型パーソナルトミーが発売された。パーソナルトミーが、この二年か三年で、現在のように急速に一般家庭に浸透したのは周知の通りだ。


 同じく二〇三一年の暮れ。

 パーソナルトミーが巷に溢れ出し、トミーのコピーのようなものが、ただ便利な道具として使役されることに対し、心を深く痛めていたソフィア高田に、追い討ちを掛けることがあった。

 家族として暮らして来たトミーの妹、ベティが老衰死したのだ。

 ベティはヒトの心を持っていたようで、そのベティもまたパーソナルトミーの普及で、兄トミーを思って心を痛めていたとも考えられる。


 母ソフィアと、姉のようなベティの深い悲しみを見て育った高田ケンタロウは、母がショックから重度のボケ状態になって入院するに至って、復讐を誓ったのかも知れない。

 何しろ当時、十二か十三歳の多感な少年が、二人の家族を同時に失って、天涯孤独になったようなものだから、その心の内の嵐は当人にしかわからない。


 高田ケンタロウは、二〇三〇年七月二日に、黒川家に対し最初の警告を行った。『サルのぬいぐるみ頭部切断事件』だ。

 次に翌二〇三一年同日には『牛脳鉢植え事件』を起こした。

 両方とも脅迫状に類するものは無く、陰湿ではあるが、殺意までは持って無かったのかも知れない。

 さらに翌年の二〇三二年同日に起きた、黒川の『愛犬ジョン殺害事件』は、その尾っぽを切り取って封書にして届けるという、悪質極まりないものだった。この事件には、黒川家に対する殺意らしきものが見て取れる。

 また、高田ケンタロウは、二〇三二年前半に書いたと鑑定される脅迫状を、石倉に送りつけた。その文面は次の通り……

『トミーは、あの時死なせてくれと言った筈だ。

 Sはもう正気を取り戻すことは無いだろう。お前とKSのせいだ。俺はお前達を許さない。

 ベティを知っているか? トミーの妹だ。ベティもお前らを憎んでいた。ベティはトミー以上の天才だった。だからトミーの気持ちがわかってうんと苦しんだんだ。俺にとってトミーは兄で、ベティは姉だった。

 お前らは母と兄と姉の仇だ。同じ苦しみを分け与えてやろう

   TK                       』


 Sは母ソフィアの頭文字、「お前」が石倉で、KSは黒川新一郎だろう。TKは高田ケンタロウだ。

 石倉はソフィアの病室で、高田ケンタロウとは何度か親しく話していたようだ。石倉は、ケンタロウの脅迫状を受け取って怖れた訳ではなく、愛するソフィアを追い詰めることになった後悔の念から、ケンタロウの復讐に協力したのではないか。


 トミーを生きたまま解剖して、コンピュータシステムに移植し、死ぬことすら許されぬ地獄に陥れた罪と、その結果、トミーの生き地獄を見せ付けることによって、ソフィアとベティを苦しめ続けることになった黒川新一郎の罪を、ケンタロウは黒川の愛娘を殺すことによって復讐しようと思った。


 ケンタロウは石倉も殺したかったのかも知れないが、マイクロサニー社のパーソナルトミーをどうにかしなければ、トミーもソフィアも浮かばれないと考えたのだろう。

 それには石倉の果たし得る役割は非常に重要だった。あるいは石倉自身も、ソフィアの変わり果てた姿に衝撃を受けて、積極的に加担したとも考えられる。


 石倉はソフィアの入院から間も無く、マイクロサニー社を辞めて、ライバル企業のIBD社で、パーソナルトミーを越えるスーパーデジタルパソコンの開発に取組んでいた。

 その新商品により、自ら開発したパーソナルトミーを、市場から駆逐したいと思った。

 その為にはもう一つ、パーソナルトミーの大きな欠陥を明らかにしなければならない。

 その目的を達成する為に、パーソナルトミーの欠陥を突く『ユーザー連続殺人計画』を思いついたのだろう。


 天才石倉には、ゲーム業界にも心酔する者が数多くいると聞く。ケンタウルス社のその後の捜査によって、実際石倉の信奉者が数名いることがわかった。その内の一人、永塚恵一は、ファーストネームが偶然同じだったこともあり、石倉に対する思い入れは人一倍深いものがあった。

 永塚の供述により『オンラインゲーム星夜の誓』プログラムは、全て石倉に提供されていたことがわかっている。プログラム解析は、石倉に取ってはお手の物だった。


 さて、ここからの話は、あの十人連続突然死が連続殺人であり、その殺害方法に関わる部分である……

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