4.帰路

 僕と大矢の二人は土手の上を歩いていた。普段なら犬の散歩やジョギングをする人たちをそれなりに見かける見慣れた道だ。しかし今は人っ子一人見かけない。


 空には太陽が出ているので昼間だと思うんだけど、と思いつつ上空を見上げると、そこに見えたのは少しだけ欠け月だった。なるほど、今は夜中なのか。


 そういえばこんな夜中に出歩いたことなんて一度もなく、この土手通りに人気がないのも並行している道に車がほとんど通らないのも新鮮な風景かもしれない。


 英介の家は土手通りの並びにあるわけではないがそれほど遠いわけでもない。そのためこの川沿いの道や河川敷は子供のころから慣れ親しんだ遊び場である。


 大矢の家は英介の家から少し先にある川沿い通りに面しているマンションだ。そのマンションの手前までが英介が通っていた小中学校の学区境いだったため、大矢とは高校で初めて出会ったのだった。


 家では父さんや母さんが悲しんでいるだろう。その姿をわざわざ見に行くのは辛いが、今英介が行くところ、出来ることは家へ帰ることくらいである。


 あれやこれやと考えているうちに家に行くために道路を渡る歩道橋まで来た。昼間は車通りが多いこの道も今はひっそりとしている。こんな時間だからわざわざ歩道橋を登るよりも道路を横切ればいいだろう。まして事故にあうことなんて考える必要もなくなったのだから。


 道路を渡ろうとした際、今まで黙って横を歩いて付いてきた大矢が口を開いた。


「英ちゃん、英ちゃん、ちょっと見ててねぇ」


 そう言うと先に道路へ飛び出して行き道の真ん中で立ち止まった。道の真ん中に立ってたら危ないだろうけど、まあ僕たちは世間一般で言うところの幽霊なのだからきっとすり抜けたりするのだろう。そんなことは想定の範囲内だ。ただまさか大矢がわざわざ実践して見せようというのには驚いた。


 そこへちょうど車が走って来た。大矢はいつもの笑顔でニコニコしながら車が来るのを待っている。こんな間近で人と車がぶつかる所なんてもちろん見たことはないからか、これ以上死ぬことが無いだろうと思っていてもドキドキする。


 そして走ってきた車が大矢をはねた。は、はねた!?


 すごい勢いで車の上を転がって道路に投げ出されてまだ転がっている。映画のスタントシーンを見てるようで僕は茫然と立ち尽くした。何回転しただろうか。


 大矢が数十メートルほど転がって仰向けになったところでようやく動きが止まった。僕はそれを見て我に返り大矢へ駆け寄って声をかけた。


「おい! 大丈夫か! 大矢!しっかりしろ! まさか死んじゃったんじゃないよな!」


 まさかこんなことが起きるなんて思ってもみなかった。死んだ人間が車にはねられ飛ばされてしまうなんて信じられない。しかし間違いなくこの目で今見たことは現実のようだ。


 そもそも今僕たちがいる空間が現実なのかどうかも良く分からないままである。大矢はどうなってしまったのだろう。とその時、半ばパニックに陥っている僕の眼下倒れているで大矢がぱっちりと目を開けた。


「えへへ、びっくりしたでしょぉ」


 大矢は動転している僕に向かって何の気遣いもない、いつもの態度と口調で話しかけてきた。生きているときはこんないたずらっ子みたいなことをするやつだと思ったことなど一度もなかった。何の害もなくおとなしいだけの、そう英介と同じような人種だと感じていたのだ。それがなんだこれは。人を驚かせるにもほどがある。


「ふざけるなよ! どういうことなのか説明してくれよ!てっきり良くある空想話みたいにすり抜けると思って安心して見てたのに!」


「そうだよねぇ。やっぱりそう思うよねぇ。僕も初めはそう思ってたんだけどさぁ。発見した時は驚いたからぁ、英ちゃんにも教えてあげたくってぇ」


 大矢の説明によると、すすきの穂を動かすことすらできない僕らは現実世界へ何らかの干渉をすることができないということ。つまり現実世界で動いている物に抗うことはできないということだ。


 動いている物に触れれば押し返され、流れには逆らえず、閉まるドアに挟まったら誰かが開けてくれないと動けなくなるのだという。他にも制約ごとはありそうだけど、大概の問題は何かに干渉できないってことに集約されるようだ。


 やれやれ、家へ帰るだけなのにとんだ冒険になってしまった。死んでしまってから幽霊になっていることだけでも驚きなのに、まだまだ驚くことがたくさんありそうだ。


 そうこうしているうちにようやく英介の家にたどり着いた。

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