地縛霊初めました

釈 余白

序章 プロローグ

1.プロローグ

「読者の心を掴む為にまずは登場人物を死なせる、か」


 英介はぶつぶつとつぶやきながら白紙のノートを広げ、どこを見るわけでもない視線のまま考え込んでいた。冒頭でいきなり事件が発生するストーリーは、良くある大量生産のサスペンスでは常套手段だろう。一般的に多く見られる手段は特徴がないということではあるが、逆に言えばわかりやすい、入りやすいとも言えなくもない。


 キラキラと光を反射する水面と、都会の喧騒を掻き消す程度には強く流れている水の音は、ごく当たり前で珍しくもない高校生の英介を、まるでアイデアに詰まった物書きになった気分にさせてくれる。


 そうだなぁ。まずは自分の事を見本にしてみよう。


 自分の事、それはあまりいい出来事ではない。もちろん、出だしであっさり死んでしまう登場人物の見本なのだから、順風満帆で誰もが羨む人生でないのは確かだ。


 英介の通う高校はスポーツが盛んで、各地の中学から推薦入学してくるやつが多い。かといって全員が部活目的で入ってくるのではなく、頭の出来で振り分けられて来た者もいる


 英介は、この「頭の出来」を理由に今の高校へ入学することになった一人だ。もちろん高校入学後に突然出来が良くなるわけがなく、学校の帰りには本屋で立ち読みをするくらいでほとんどはまっすぐ帰宅する退屈な毎日だ。


 そんなマイペースな高校生活は、入学から半年ほど過ぎたころ、具体的には夏休みが終わって二学期の後半、そろそろ肌寒くなってきたころに激変した。

 

 このころになると、部活を辞めてしまい手持無沙汰になる同級生と、そいつらを取り巻きにする先輩達が暇つぶしの相手を物色するようになるのだ。その対象は決まって帰宅部から選ばれる。


 部という単位にはそれぞれ上下関係はあるようだが、それでも個のままでいるよりははるかに安全らしい。うちの高校の運動部は全国大会出場常連の部がいくつかあり、それらが部活カーストの頂点にいる。教師もそれはわかっているので、強豪校として名を売っている部活に所属している生徒に関しては、ある程度の暴虐に目を瞑っているのが現状だ。


 そして、その生徒たちの格付けからほど遠い所に存在するのが、英介も含まれる帰宅部、要は部活動に所属していない者たちである。


 大矢は結局来なくなっちゃったなぁ。クラスメートの大矢紀夫は漫画好きで運動音痴、ちょっとぽっちゃりした大人しい奴だ。帰る方向が同じだったので、毎日のように駅前の古本屋に寄り立ち読みをしていた。


 そんな大矢が夏休み明けに「標的」に選ばれてしまった。


 切っ掛けは分からないが、いつの間にか古本屋で万引きするよう強要されていたらしい。小心者の大矢がそんな大それたことできるわけもなく、自分で購入し手渡していたらしい。親御さんが学校へ相談したらしいが、大矢が進んで購入し、奴らに貸していたという理由で特にお咎め無しとなったらしい。


 らしいらしいと推測を並べてしまったが、幾分は又聞きや英介の推測も入っているため、真相は分からずじまいだ。明らかなのは、大矢が学校へ来なくなったということと、次の「標的」に自分が選ばれてしまったことである。


 そうだ、いじめられている主人公が復讐していくサスペンスなんてどうだろうか。最近はオチオチ立ち読みにも行かれないので、こうやって妄想して気を紛らわしているのだ。「奴ら」の名前を直接書くわけにはいかないので、少しもじって登場人物を整理してみる。


 さて、どうやって殺してやろう。一通り名前を書きだしてから考える。相手はいつも五、六人でつるんでるから力で何とかするのではリアリティがないな。


「川に落として溺れさせたらいいんじゃねーか?」


 下品な笑い声と共に、後ろから不意にノートを取り上げられた。いつの間にか「奴ら」が後ろに立っていた。


「こいつ俺たちを殺す計画立ててるのかよ」


 リーダー格の井出は二年生だ。歳は一つしか変わらないはずなのに威圧感のあるがっしりとした体つきと、その風体通りの大きい声に圧倒される。井出はニヤニヤしながらこちらへ歩み寄ってくる。後ろには虎の威を借りた同級の一年生が数人、同じように嫌な笑い顔で英介を見ていた。


 何とかここから逃げ出したい。本能的にそう感じた英介は思わず後ずさった。と、その直後、護岸のデコボコに足を取られバランスを失い川へと転落した。


 ちょっと待って、僕泳げないんだけど……。誰に待ってと訴えているのか自分でもわからないが、とにかく水に落ちる恐怖から逃げたかったのは確かだ。しかし、その願い空しく、英介が川へ落ちた現実は変わらなかった。手足を必死に動かそうともがいてみても制服がまとわりついてうまく動かない。井出が「誰か早く助けろ!」と怒鳴ったのは聞こえたのが、意識を失う前の最後の記憶だった。

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