ネットゲームの相棒がトップアイドルだった案件

ヘリオス

第1話好きになったアイドルがウチに来る?

最後の顧客の会社を出た時には

夜19時を回っていた。


いつものようにFAXとコピーの

複合機の定期メンテナンスを終了して

会社に連絡を入れる。


『立花です、浦賀商事さんのメンテ

終わったんで、このまま帰ります』


『はい、明日は会社に

寄ってから外出です』

『はい、失礼します』

そう言って会社への報告を入れて

1日の業務を終了した。


やりたい事も見つからず無駄に

過ごした大学の4年間。

新卒で会社に就職したが、

たまたま内定が取れた会社で

言われた事だけをこなして、もう5年

目的の無い毎日を繰り返していた。


駅前のコンビニで

晩御飯の弁当を買って

一人暮らしで住むアパートに帰る。


テレビを付けてバラエティを

流したままハンバーグを

口に放り込みお茶を含んで食事と

言うには淡白な時間は終了する。


『さて、始めますか』


寡黙に食事をしていた男とは思えぬ

機敏な動きで背広からスマホを

取り出し慣れた手つきで

アプリを起動させると


『エクシブハンター』と書かれた

ロゴが颯爽と画面を駆け巡る。


RPGとパズルゲ-ムを融合させた

このゲ-ムは全世界で

ダウンロード数で一位を

独走する人気で

子供から老人まで夢中になり

社会現象を起こしていた。


この男『立花隆』が唯一夢中に

なれるものが

このネットゲ-ムだった。


大学1年の18歳の時に彼女に振られて、

引きこもり気味だった立花の心の友が

『エクシブハンター』だったのだが、


その当時はクソゲ-と言われており

ダウンロード数も少なかった。


引きこもりでやる事もなかった彼は

ゲ-ムのコメント欄にあった

会社への要望に文句を

書きまくっていた。


『つまらない』

『盛り上がりにかける』

『迫力が無い』


単なる暇つぶし程度に

コメントしていたが

ゲ-ム開発会社の社長は、

そのコメントに真摯に対応していた。


返信が返ってくると思っていなかった

彼も、真面目な返信に驚き

『時間制限を設けたら?』

『キャラクターを変えてみたら、

どうですか?』


『アイテムを増やしてみたら、

どうですか?』と

前向きな応援メッセージに変わり


やがて、彼のアイデアで

中身が変わっていき

当初とは180度変わった

新しいゲ-ムへと進化していった。


GPS機能と連動して敵や味方が

変わっていくシステムを導入した時には

市民権を得て、推しも推されぬ

人気ゲ-ムと変化していった。


ゲ-ム会社の社長は彼に感謝をして、

何度か食事を一緒にして

『お礼をしたい』と言ったり

彼が就職活動中には

『役員待遇で入社してくれ』と

懇願をしたが、

頑なに彼は固辞をした。


このヒットを皮切りに新しいゲ-ムも

ヒットを連発していき、

やがてクソゲ-から始まった会社は

日本有数の会社へと

登り詰めていった。


今でも定期的にアドバイスを

求められて、

改善点を提言して

次のバ-ジョンに反映されている

この現状で彼は満足している。


『さて、誰から倒していきますか?』


ニコニコした顔で画面を

スクロールする表情を

会社の人間は想像出来ないだろう。


残業はしない

余計な事はしない

誰も助けない

自分の事しかしない。


彼の事をロボットだと思っている

女子社員もいると言う噂だ。

会社での無表情の仏頂面からは

想像がつかないニコニコした顔 


『ヨシヨシ、俺を頼ってきたんだね』


知らない人が聞いたら

頭がおかしくなったと

思われそうなセリフだが

このゲ-ムの世界で彼は

『GOD』だった。


『神』

『GOD』


誰もプレイをしていなかった頃から

10年近くの実績

あまりにも強力過ぎて

今では課金しても

手に入らないアイテムを30種類以上も

彼は持っており、

彼一人対150人の敵の時も

彼の圧勝だった。


ランキング永年1位、

奇跡のアイテムを持つ男、

天上天下唯我独尊


このゲ-ムの世界での圧倒的な

強さで、いつしか彼は

『GOD』と呼ばれていた。


個人戦、チ-ム戦どれも彼が

プレイすると

ランキングは1位である。


彼を慕って頼る者も多く、

彼のチ-ムへの加入希望者は500人を

超えている。


10人でワンチ-ムのチ-ム戦だが

人気のゲ-ムだから

空きメンバーも中々出ない、


それでも付和雷同を求める

新たな参加者は

チ-ムのNO.2の人物が交通整理を

してくれていた。


だから彼、立花隆はゲ-ムに

集中出来る。


『ここはノ-ザンライトで、

おしまいね』

そう言ってアイテムを使うと、

画面上の敵は全て消えてしまった。


〝出た神の一撃〟

〝一瞬で消えた〟

〝素敵〜GOD様〟


ライブコメントには

彼の幻のアイテムに

感嘆する声で溢れていく。


実際彼の技だけを見に来る

ギャラリーも多く、

ある種の名物になっていた。


当初は彼しか持っていない

アイテムの数々に


卑怯だ、

反則だ、

インチキだ、と

非難が集まっていったが


そのうち


社員じゃねぇの?

プロか?

最後には社長自身が

プレイしているんだろう?と

考察が増え、

社長自身がコメントを

出す事態となっていった。


『エクシブハンターで噂になっている

プレイヤ-は私ではありません』


『さらに付け加えると当社の

社員でも、ありません』


『彼は一般の方で、1プレイヤ-です』

『このゲ-ムの黎明期、

プレイヤ-の数が1桁の頃から

活躍していた方です』


『皆さまに見向きもされなかった頃に

ログインした方に差し上げていた

アイテムを彼が持っていても

不思議では、ありません』


『彼のアドバイスで、

このゲ-ムは進化していきました』

『言い換えれば、彼はこのゲ-ムの

創造主なんです』と説明した、

この社長のコメントに


〝創造主〟

〝神だ〟と

ネット民が騒ぎ、彼のあだ名が

GODに変わっていた頃には

ネット民は誰も、彼の事で

文句を言わなくなっていった。


『彼と私で相談しました』

『幻のアイテムを年間ランキング

1位の方にプレゼントします』と

発表され


この騒動がネットニュースとなり、

このゲ-ムの注目度が上がり、

みんなの話題となっていった。


約束通り、ランキングで立花の

次の順位の人に、

幻のアイテムはプレゼントされた。


貰った人はアイテムを

一度だけ使用出来る。

言い方を変えれば一回しか使えない。


立花は無制限だ。


神のインチキであるが彼と

社長しか知らない秘密である。


そんな、いきさつもあり

彼自身もこのゲ-ムに愛着を持ち

1日の生活の中心となっていた。


会社で働いているのはゲ-ムする

ためだけだとさえ思っている。


このサイトに来れば

自分が世界の中心である、

そんな生活に満足していた。


『少し休憩にしますか』

既に立花がプレイして1時間ほど

経過している。


ゲ-ムをメインメニューにすると

彼宛にメッセージが入っていた。


普段は『弟子にして下さい』とか

『アイテムを売ってください』と

言うメッセージが多く、


メッセージをオフにしているのだが、

昨晩はチ-ムNO.2のトニ-との

連絡の為に

メッセージをオンにしていたのだ。


『GOD、新しくチ-ムに

入りたいってのが

相談してきているんです』


オフ会にも一切、参加しない彼には

新人メンバーの加入は

興味が無い事だったので

『いつものように人選は任せます』と

トニ-に一任をした。


チ-ム運営に関して色々な事を

相談してくるトニ-は

ゲ-ム内での秘書的な存在として

彼を助けている。


全国から来るメッセージに彼が

困っていた時にも

『メッセージ機能をオフにしたら、

どうですか?』


『必要な連絡のやり取りは

ゲ-ム内のチャットで、

やり取り出来ますよ』


『面倒な事は俺がやっておきます』


彼が積極的にゲ-ム以外のイベントに

参加したがらない内向的な性格だと

分かっているのか?

そう提言してくれた。


ゲ-ムだけを堪能したい

立花にとっては願ったり

叶ったりだった。


『なら、そうさせてもらうよ』

それからチ-ム運営はトニ-に

任せていった。


正直、彼は他のチ-ムメンバーを

知らない

その辺には無頓着だった。


久しぶりに入っているメッセージ

普段はスルーだが、

その日はたまたま目を通してみた。


『攻略方法を教えてください』

『チ-ムに入れてください』

『ウチのチ-ムに入ってくれたら

10万円を払います』


毎度変わらない、彼にとって

全く興味の無い

メッセージが羅列されている。


そんな中

『助けてください」の文字が

書いてあるメッセージが

目に飛び込んできた。


助けてください


今まで無かった種類のメッセージに

内容を読んでみる。


『ゴッドさんに

頼るしか方法がないんです』

『どうか私を助けてください』

『詳しくはLINEで』


差出人はハンドルネームで

〝ビ-ナス〟となっていた。


ピクっ


彼の眉毛が一瞬動いた。


ビ-ナスからのメッセージは、

まだあった。


『勝手なお願いで申し訳ありません』

『ゴッドさんに助けて貰わないと、

私はピンチなんです』

『返信して下さい、LINEのIDです』

ビ-ナスより


ピクッ


また眉毛が反応してしまった。


しかも、このメッセージは1分前に

来ているものだった。


シカトするか。


自問自答している立花だが、

差出人の名前が引っかかっている。


普段は返信などしないの彼だったが、

その日は何故か返信をしてしまった。


『助けてって、どう意味ですか?』

『ピンチなら警察に相談したら、

どうですか?』

そんな短いメッセージを返信すると、

すぐに新規メッセージが入る。


恐る恐る立花が確認すると、

やはり差出人はビ-ナスで

『LINEに連絡をください』と

一行だけ書いてあった。


『あんたは誰なんだ?』

『何故、俺に助けを求めている?』


一人暮らしのアパートに

立花の独り言だけが響く


新手の振り込め詐欺か?

トニ-に相談するか?


急に攻め込まれてパニックに

なっている彼に、

追加のメッセージが入る。


操られるように開封した

メッセージには

『時間が無いんです』

『お願いです、

LINEして下さい』の文字


何故、見ず知らずの奴にここまで

指図されなきゃならない、

興味本位が怒りに変わっていった。


メッセージボックスを

オフにしようとした時に、

ビ-ナスからメッセージが

再び入った。


見ないつもりだった。


だが自分の意思に反してメッセージを

開封してしまう。


『私の名前は絵色 女神と言います』

『LINEに連絡をください』

そう書かれていた。


えいろ めがみ


ビ-ナス


『何で知っている』

立花は、そこに書いてあった名前を

見た彼は固まってしまった。


18歳の時に彼女に振られてからは

女性に興味を持たなかった彼だが、

ここ最近でアイドルに

夢中になり始めている。


たまたま流れていた歌番組で見た

アイドルに一目惚れをして

夢中になっていたのが

権太坂36の絵色 女神だった。


次期センター候補の

ニュースタ-の17歳。


権太坂36の写真集を1週間前に

買ったばかりだった。


その事は誰にも言っていないし、

誰も知らないはずだ


女神にかけて

彼女のニックネームはビ-ナス


だから、ハンドルネームに

反応していて、

気になっていたのだろう。


その相手が絵色 女神と

名乗っている。

そんな訳ないだろ?


むしろ何で、こいつは

俺が絵色 女神を好きだと

知っているんだ?


こいつは誰なんだ?


そう思うと、ドッキリに

引っ掛かったタレントのように

部屋をキョロキョロと

見渡してしまう。


ほっとかれている自称アイドルと

同姓同名のビ-ナスから、

『お願いです、

返信してください』と、

またメッセージが入った。


本物の訳が無い、そう思いながらも、


もしかして?


そう思うと強い態度には出れない


『絵色さんは、

俺に何をして欲しいの?』

放置する訳にもいかず、

頭を振り絞って

書いたメッセージに

ビ-ナスがすぐに返信してきた。


『LINEしてください』

『そこで全部、説明します』

『無理を言っているのは

分かっていますし』


『失礼な態度で申し訳ありません』

『でも時間が無いんです』

そんなメッセージが返ってきた。


新手の勧誘だったり

迷惑系の人物だったら

ブロックすれば良いだろう


そう思った時には

ビ-ナスのIDを打ち込んでいた。


『GODです、LINEしました』


そう返信してからの事態は早かった。


操られるようにビ-ナスに

促されるまま

電話をしている立花がいた。


『ホントにGODさんですか?』

『嬉しいです』

若い女の子の声が

流れてきているが立花は、

彼女が本物の絵色女神なのか?

判断がつかなかった。


『それで、俺への

頼みってな何かな?』


興味があるのを押し殺して、

冷静を装って事務的にビ-ナスに

質問をしてみる。


『そうでした』

『明日の番組の収録の時に

エクシブハンターでの自分の

プレイを発表する事に

なったんですけど』


『私まだ、レベル3なんです』

『このままじゃ明日の収録に

参加出来ないんです』と

泣き声を真似て説明してきた。


まだドッキリを疑っている立花は、

半信半疑で彼女の話しを

聞いている。


『収録って何?』

そう立花が聞くと


『私テレビに出ているんです』

『権太坂36と言う

アイドルチ-ムなんですけど、

ご存知ないですか?』と言った後に


『名前を出して、

知っていてくれたから

LINEしてくれたと

思ってました』と、

少し寂しげに説明をしてきた。


彼女が本物なら

事態としてはあり得る。


テレビ番組ではタレントの

プライバシーなどお構いなく、

色々とプライベートを

ほじくってくる。


『私ウソついちゃったんです』

『収録前のアンケートに

ダウンロードしたばかりの

エクシブハンターが

得意って書いちゃって』


『それを見たスタッフさんが

メチャクチャ反応しちゃって

次回に番組内で

お披露目しよう?って』


『私みたいな新人の出演時間なんて

いつもは5秒くらいなのに、

今回は枠で10分なんです』


『エクシブハンターを予告に

書くと、番組の視聴率が

上がるらしいんです』


実際、立花の元にも

数社の出版社から

攻略本を出さないか?

週刊誌で特集を組みたい、と

オファーが来ている。


マスコミも美味しいと

感じているのだろう。


だがテレビ出演を含めて

全ての依頼を断ってきた。


『でも、それとLINEのIDを

教えるのって、

何の繋がりがあるの?』

そうビ-ナスに聞くと


『だってGODさん、いつも

メッセージボックスを閉じていて、

3日前から連絡したかったんです』


『メッセージボックスが開いた時に

私のメッセージを見て

LINEを交換したら』

『メッセージボックスを閉じても

連絡が取れると思ったんです』


『実際こうやって

喋っているじゃないですか?』

『GODさんは

ご存知じゃなかったですけど、

これでも一応芸能人なんで

プライバシーも考えると

LINEが1番安全かな?と

思ったんです』


ここまで話すと、

もはや本物なのでは?とさえ

思い始めてきた。


『ビ-ナスさんは、テレビの収録前に

エクシブハンターのコツを

俺に聞きたかった』


『内容を聞いた後も連絡が

取れるようにLINEを使いたかった』

『要点は、そんな感じかな?』と

立花が聞くと


『若干、違うんですが、

まぁそんな感じです』と

答えてくる。


『でもビ-ナスさんが、

アイドルの名前を語った

男の可能性もある訳じゃない?』

そう立花が言うと


『この声で?私は女の子ですよ』と

笑いながら、彼女が返答する。


『マッチングアプリの詐欺で男が

ボイスチェンジャーで

女の子の声を出して

男を誘い出したってニュースで

やってたよ』と

立花が先日テレビで見た情報を、

そのままビ-ナスにぶつけてみると


『今って、そんな事が

出来るんですか?』と

驚いて返してきた彼女が


『どうしたら

信用して貰えるのかな』と

ポツリと洩らした。


『写真を送ってくれる?』

無意識に彼の口から、

その言葉が出た。


『写真ですか?』


そう言った彼女の言葉に、

調子に乗ってしまった自分が

恥ずかしくなり

立花の顔が真っ赤になる。


『やっぱり、いいよ』


立花がそう言ったのと同時に

『送りました』と彼女が発した。


ピロリロリン


立花のスマホに通知が入る


『ごめんなさい、

今なんて言ったんですか?』

ビ-ナスが喋っているが、

耳には入らず震える指で

写真を開くと、

少し暗めの部屋で自撮りした

美少女の写真があった。


絵色女神だ


声にならない絶叫で立花が唸る。



『GODさん?います?』

先ほどから、ほっておかれている

ビ-ナスが聞くが

立花は固まってしまい

彼女の声が聞こえてこない。


『もしもし〜?』

その声で、立花が我に帰った。


『写真見てくれましたか?』

自信なさげな彼女の問いかけに


『あぁ、見たよ』と

答えるのが精一杯な彼であった。


『これで私が女の子だって

信じて貰えました?』

そうビ-ナスに聞かれた立花に、

ある疑念が生まれた。


グ-グルで絵色女神を画像検索して、

出てきた画像を

貼り付けただけではないか?と


ここまで来ると重症な

人間不信だが立花は、

動揺を悟られないように

『もう一枚、写真を

送ってくれる?』と頼んでみた。


『良いですけど』と

彼女が言った瞬間に


『今度はウィンクした表情で

撮影して?』と、

ポ-ズを指定をしてみる。


これで送って来れなかったり、

送るのに時間がかかったら

画像検索に手間取っての事だろう。


そうなれば偽物だろう

そう考えていた時に


ピロリロリン


画像が送られてきた。


居ても立っても居られなく、

速攻で開封すると

そこには絵色女神のウィンク画像が

先ほどと同じ暗い部屋で

撮影されていた。


確定だ


本物のえいろ めがみと

話しをしている。


そう分かってしまった瞬間

『あぁ、あぁ、り、が、と』と

急に緊張が身体を

支配してしまっている。


それと彼女を疑いまくっていた

自分自身に

自己嫌悪の気持ちが沸いててきた。


『まだ、ダメですか?』

切なげに聞いてきた彼女に


『もう大丈夫、信じた』と即答すると

嬉しそうな声で

『良かった』と安堵をもらす

ビ-ナスだった。


立花はこの時ほど寝食を忘れて

エクシブハンターに没頭した事に

感謝した事はなかっただろう。


それと同時に今までの

非礼を恥じて、

全身全霊で彼女の手助けを

しようと誓った。


『俺は、どうしたらいいの?』

無条件降伏を決めた立花が聞くと


『今から会えませんか?』と

彼女が問いかけてきたのである。


今から会う?

俺と?


部屋の時計を見ると

22時を回っている。


『今から会うの?』


予想外の彼女の発言に驚いて

震えた声の立花が確認すると

『最初から、私はそのつもりで

連絡をしていたんです』と

彼女が即答してきた。


『どういう事?』

電話で話をしている現在の状況さえ

異常事態なのに本人に会う?

緊張で爆発してしまうのでは?


とさえ考える彼だが、

せいぜいエクシブハンター初心者の

彼女にレクチャーをして、

すこし体裁を整えて明日の収録に臨む

それが彼女の希望と思っていた。


会うのは最初から無理だろう

そう考えていた立花が


『リモートで指導してあげるけど』

考えられる最善の提案を伝えたが


『私のスマホでGODさんが

プレイしてくれませんか?』と

彼女の更なる要望が返ってくる。


『私地方から出て来ているんで、

こっちに友達が少なくて、

ましてやメンバーにゲ-ムの事を

聞く訳にもいかないし』


『それで3日前に地元の友達に

リモートで教えて貰ったんですけど

ちんぷんかんぷんで』

『全然、進んでいかなかったんです』


立花も事態が少しずつ分かってきた。


『その地元の友達のレベルは、

どのくらいなの?』

そう立花が聞くと


『確かレベル5だったと思います』

そう聞いた彼は頭を抱えた。


初心者に毛が生えた人間が

初心者にレクチャーしている状態では

レベルアップは難しい。


『このままじゃダメだ、って

2人で話しをしていた時に

友達が教えてくれたんです』

『このゲ-ムにはGODって

呼ばれている伝説の人がいる』


『だったらその人に教えて貰ったら

一気に上達するだろうから

GODさんに頼もうって』


年頃の女の子の考えそうな事だ。


そこに立花の意思は存在していない。


RPGで会った人の全てが情報を

教えてくれる訳じゃないが、

良い意味で純真無垢な人は

『困っている人がいたら助ける』

この不文律が成り立っている。


『そこからGODさんを

見つけるのに苦労しました』

『何処のフロアにいるか?』

『どの時間にいるか?』


『やっと見つけたと思ったら

メッセージボックスは

閉じていたし』

そう笑いながら言った後に


『だから、やっと今話せて

嬉しいんです』と

立花に伝えてきた。


『事情も、現在の状況も分かったよ』

『今から指定してくれた場所に

向かうので、何処に行けば

良いのかな?』そう立花が聞くと


『GODさんって

実家暮らしですか?』と

彼女が立花の問いかけには答えず

質問をしてくる。


突然の自宅確認にビックリしつつも

『アパートで一人暮らしだよ』と

答えると


『これからGODさん家に

行っても良いですか?』と

彼女が頼んできたのであった。


えいろめがみが

俺のアパートに来る?


『何、言ってるの?ダメだよ、

男の一人暮らしのアパートに女の子が

夜に来るなんて』

驚いて、声が裏返った立花が言うと


『何でダメなんですか?』と

彼女が不思議そうに質問をしてきたが


『俺が突然、狼になったら、

どうするの?』なんて事を

コミュ障気味の彼が

言える訳もなく、

口ごもっていると


『彼女さんがいるとか?』と

少し心配そうに

ビ-ナスが聞いてきた。


これには即答で

『彼女なんかいないよ』と答えると


『そうなんですか』と

少し安心したように呟く。


話を変えるように

『これから会うのは良いけど、

ビ-ナスさんが今いる場所から、

俺の家って遠かったら、

どうするの?』と

今更な事を立花が言うと


『ホントだ』と

ビ-ナスも、

やっとその事に気付いた。


『GODさんの家は九州ですか?』と

自信なさげに彼女が質問する。


『都内、23区内』

立花が、そう答えると


『良かった〜、おんなじだ〜』と

嬉しそうに彼女が答えた。


あまりにも、おっとりした性格に

笑うしかなかった彼が

『言いたくなかったら

言わなくても良いけど、

そっちは何処なの?』と聞くと

『渋谷です、

渋谷のネットカフェです』と

答えてくる。


アイドルがネットカフェ?


イメージに不相応な場所に

彼が驚いていると、

『事情があって自分のマンションには

2日間くらい帰れていないんです』と

説明をしてきた。


『何があったの?』


心配している?

好奇心?

興味本意?


どの感情か分からない気持ちで

立花が聞くと

『ファンと言うか、

スト-カ-さんみたいな人に

家がバレて、帰れないんです』

そう衝撃的な事を告白してくる。


『今は大丈夫?

事務所は?マネージャーは?』

地方から出て来た17歳の少女、

頼れる人とかは居ないのか?

心配が強くなった彼が聞くと


『ここはバレてませんから

大丈夫です』

『でも事務所には

スト-カ-の事は言ってません』


『事情を話したらホテルとかを

予約してくれるかも

しれないですけど』

『外には絶対出れなくなると

思ったんです』


スト-カ-に自分の所属タレントが

狙われていると分かったら

事務所は必死に守るだろう。


『すごく怖くて迷ったんです』

『でも外に出れなくなったら、

GODさんに会って貰えなく

なっちゃうと思ったんです』


事務所に保護して貰う安全より、

ゲ-ムを上達させて番組で

採用して貰う方を選んだ。


見上げた向上心だ


それと同時に自分の普段の

仕事に対する不誠実さを

恥ずかしいと感じる。


『事情を聞いたら、

会うのは厳しいですか?』

そう心配そうに彼女が

聞いてきたので


『何で?むしろ絶対に

応援したくなったよ』

その立花の言葉に


『良かった、

ありがとうございます』と

嬉しさを溢れさせた声で

彼女が返してきた。


『渋谷なら、急行で3駅だから、

すぐに迎えに行くよ』

緊張や恥ずかしさより彼女を助けたい

その一心から出た言葉だった。


『このネットカフェ、

駅から遠いんです、

来て貰って移動だと時間もロスだし』


『それに、ちょっと怖そうな人も

多いから、

本当はココを早く出たいんです』


『だからGODさん家に、

お邪魔したいと

思っちゃったんです』


『すごい図々しくて、すいません』

『御礼は必ずします』


また彼に会うのを拒否されたら

困るように、

必死に頼むビ-ナスの姿があった。


『了解しました』

ここに来て彼女の決意は固い、

自分が何かを言っても曲げないだろう。


全て彼女のやりたいように、

やらせてあげようとと思った彼が

『東横線の乗り場は分かる?』と

自分のアパートへの行き方を

説明し始める。


『多分30分も、かからず

自由が丘に着くと思うよ』

『駅に着いたら連絡して?』

『俺は改札前で待っているから』

簡単な打ち合わせをして2人は

電話を切った。


いまだに信じられない

絵色女神と喋った上に、

これから俺のアパートに彼女が来る。


醒めない夢が始まった瞬間であった。


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