第172話 交渉②
それから五日後。
ルルドとその父マルクが僕の屋敷にやって来た。
僕は自分の執務室で二人と対面した。
その表情は険しく、難しい顔をしている。
「それで、答えは出たのか?」
僕の問いにマルクはゆっくりと答える。
「本当にルルドを守っていただけるのですね?」
「ふむ、守るというのとは少し違うぞ。ただ、あいつらを黙らせるだけだ」
「それで息子はいじめられないのですか?」
「まあ、僕がこの国にいる間はな」
それぐらいは約束できる。
「では、それでお願いします!」
マルクが深々と僕に頭を下げる。
隣にいたルルドも不服そうだが頭を下げた。
「それで、その情報とやらは渡してもらえるんだろうね?」
「写しですがお渡しできます」
そう言ってマルクは一枚の紙を渡してきた。
僕はすぐに中身を確認する。
そこには見慣れない文字とともに地図のようなものが描かれていた。
そしてその地図にはいくつかの地点に黒丸がしてあった。
「これは?」
「よく分かりません。先祖代々受け継がれている古文書のようなものですが、解読できないのです。ただそれは、世界の何か大事なことに関係するらしい・・・としか聞いていません」
僕はもう一度地図を確認すると、あることに気づいた。
第一にまず、この地図がこの世界を表しているということ。
不自然に直線で区切られているのは、この世界の大陸が三角形でできているところをズームアップしているから。
我が帝国にあるいくつかの山脈名や平野名が書き込まれていることから、帝国が位置する第三大陸も描かれていると分かる。
第二に、そうして地図の位置関係から類推していくと、二つほどの地点に思い当たりがある。
一つ目の小さな黒点は現在帝都がある場所の近く。
ちょうど帝国の学園の授業で潜ったダンジョンの位置と同じだ。
そこで僕は精霊語で書かれたものを見つけた。後日、魔法協会幹部と交渉の際に渡したアレだ。
もう一つは、現在帝都がある場所から南方に描かれている大きな黒丸の地点。
明らかにこの場所だけ、他よりも大きく黒丸が描かれている。
この位置はおそらく、小説内でリリスが戦うボスがいたあの遺跡だろう。
小説ではルルドは来年、帝国にある僕たちの学園に入学するのだから時期的にも丁度合う。
何か文字らしきもの(精霊語?)が書かれているから、ルルドから手渡されたこの紙を見てリリスは何かを感じたのだろう。
「ルイ兄様、これは解読しないといけませんね?」
「そうだな」
他にもいくつか黒点は存在するが、地図に、もう一つある大きな黒丸が気になる。
ただ、今ここで考えても見当もつかない。
とりあえず、僕は正面に向き直る。
「じゃあ、これで成立ということで」
「そうですね」
僕はマルクをじっと見つめる。
「ん???何か?」
「いや、どうして僕の支援を受けないのかな、と思って」
「それは前に言ったとおりです」
それで理由になるか?
「そんな純粋な生き方をしていたら、この世界では生き残れないぞ。現にそのせいで、自分の子供が学校で生きづらさを抱えている・・・本当に夢を叶えたいならもう少し頭を使え。もう少し黒くなれ」
「ふ、まさか息子と同い年の子に助言されるとは思わなかった」
精神年齢はとうに二十歳を超えているけどな!
「いや、その『支援』の件については有難い話として受けるべきかもしれない。選択肢として考えてもいいのかもしれない。けど、受け入れない」
「どうして?」
僕は即座に尋ねる。
「こちらにも少なからず支援者はいるんだ。自分一人で戦っているわけではない。だから独断で全ては決められないんだ」
「でも、僕の支援も受け入れるべきだぞ」
こちらは何でも持っている。
「大人になったら分かるんだよ。自国の意地というものが」
「自国の意地?」
「他国からは干渉されたくない。干渉されたらその国はお終いだよ」
それは正しい。
政治家や統治者、それに準ずる者は外からの干渉を嫌う。
貴族社会でも自分の領地への口出しを嫌がる。
父もよく文句を言っていた。
「それはこっちの問題だ!」と。
結局貴族社会と似ている。
「分かった。じゃあ、支援はしないでおこう」
「理解してもらってありがたい。では、明日から息子をよろしくお願いします!」
「別に仲良くするわけではないぞ」
「分かっていますよ。ただ、親としてはお願いすることくらいしかできませんからね」
ふん、親としてはまともな奴だな。
もっと自分本位で分からず屋の前世のような過激な反政府活動家かと思っていた。
まあでも、過激さばかりでなく、こういう普通に謙虚な一面もあるからこそ支援者もいて、当局にも警戒されているのだろうな。
逮捕するにも一筋縄ではいかず、より御しにくいだろう。
話し合いはこうして終わった。
十月中旬。
ルルドをいじめている不良どもやクラスの奴らをどう潰そうか考えていた、丁度その頃。
クラスメートから不穏な呼び出しを受けた。
そう、願ってもないチャンスが訪れたのだった。
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