第27話 学長とけい

 見広とリシアが、青春を楽しんでいるのと同時刻。

 大人は大人で魔物のによって受けた被害の修繕に勤しんでいる中。


 不遜な態度の学長といつも通りどこか覇気のないけいは一つの部屋で向かい合って話をしていた。

 

 しかし、両者の顔は至って真面目で娯楽に浸っているような雰囲気はなかった。

 お茶を運ぼうとした、そういう役目の人間がそそくさと出ていってしまうくらいには。



「結局、リシアちゃんの髪の色を一瞬だけ黒に変えたあの力についてはなんなのか、わからなかったのよ」

 


 学長がおもむろにそう呟いて、対するけいもほぅ、と唸った。

 珍しく好奇の色というのがその相貌に浮かんでいた。



「魔法使いとしてだけでなく、学長の全権力を持ってしても何も、かい?」



 むしろ学長の方を自分よりも子供だと思って見広たちと同じように話しかけるけいに、しかし学長は何も言わなかった。

 それは目の前にいるのがけいだから、なのだろう。



「そうよ、私の全権力を持ってしても、ね。あるいはもっと時間をかけてじっくりと対象を絞っていけば似たような記述があるのかもしれないけどぉ……」



「負け惜しみは良くないね。そもそも、君の《叡智の経典ワールドスクリプチャー》に引っかからない情報なんて、世界中のどこを探しても____。いや、あるにはあるのか」


「そうなの。あるにはあるんだけどぉ……。流石に私でも《禁忌目録アカシックレコード》は、ねぇ?」



 されは無理な話だろう、とけいは言い切った。

 学長は言い切ってしまいたくなかったらしいが、けいはそんな甘い妄想ごとバッサリと。


 切り捨てておかなければ、この女は国を敵に回してでもそれを得てしまいそうだったから。



「というかねぇ。どうしてそんなものがあの子に宿ったのか、という問題があるわねぇ」


「おっと、それはちょっと認識が違うんじゃないかな。少なくとも、僕は彼女の体内にもともと存在した力なのだと推測しているよ?」



 へぇ、と学長は面白そうに笑った。

 自分の予想を否定されるのは久しいので、少し嬉しくなったのだ。


 そんなことをけいは知ってか知らずか。

 自身の考えを述べていく。



「力、というのは突発的に得ることはできないものなのだと僕は思うんだ。それが魔法関連の自然法則を超越したものであっても。それに、それが発動した時に髪の色が藍色から黒色へと変化したんだろう? そんなの、それの力が彼女に馴染んでいる証拠に違いないよ」



 それはあくまでも仮説であって、正しいのかを検証できたわけではないが、けいはそれが正しいと確証を得たような目で学長に言いつけた。



「私がその例って言いたいのよねぇ?」

「まぁそうだね」



 学長は自分のその髪を、弄った。

 その髪の色は、焦茶色なのだが。



「君はその膨大な量の魔力を手に入れるまで、髪の色は純粋な茶色だったんだろう?」


「……そうなのよ。魔力を手に入れるにあたって私にの体に変化が起こったのよぉ。あの時は本当に死ぬのかと思ったわね」

 


 けいは思う。

 この人が寿命意外で死ぬ姿が想像できないのだが、と。


 口には出さないが、この部屋の隅っこで居心地悪そうに縮こまっている学長の秘書もそんな心情なのだろう。



「それと同じなんだと思うよ」


「あり得ると思う? あなたは今、リシアちゃんが私と同じだけの魔力を得たと言ったと言っているのよぉ?」



「あくまでも、瞬間的にだけどね? 空気中に分散した魔力を体内に取り込んだんじゃないかな。それこそ《魔を喰う者マナイーター》みたいにね」



 それこそあり得ないでしょう、と学長は笑った。

 《魔を喰う者イレギュラー》と同じだけの性質を持つものなどそうそういてたまるか、と学長はいつもの口調も忘れて吐き捨てた。


 けいはそんな彼女を見ながら、差し出された飲み物を啜った。



「あり得ない、なんて言葉で括ってしまえば全てが終わるよ。あり得ないと思ったことでも、あり得るかもしれないと思うことが大切なんだ」



 そうやって科学者というのは僕たちのいた場所を発展させてきたんだから、とそう言ってもなんのことを言っているのか学長には伝わらなかったようだったが。


 魔法というものは非常に便利だ。

 人間がイメージして仕舞えばそれを具現化できるように最適な答えが返ってくる。


 科学の研究なんかしなくとも、いつの間にか感覚で答えに辿り着いていける。



「性質はなんにしろ、あのイレギュラーそのものがそういうのを惹きつける性質を持っている、というのは否定できるのかい?」


「……うぅ、ここまで覇気のない男に堂々と意見を言われて何も言い返せないのは癪だわぁ。いっそ覇気も消えて存在も消えればいいのに」



「すごいナチュラルに罵倒された気がするんだけど、後でちょっと体育館裏に行こうか」



 ちなみに体育館裏は自由に使ってもいい決闘場なので、雰囲気としては間違っているのか間違っていないのか。



「で、話を戻すわぁ。問題なのは、彼女の異常性もそうなのだけど。異例としてもはや議論にすらならなくなってきた《魔を喰う者マナイーター》もそうなのよ」



 魔法を食い尽くす。

 そんな悪魔のような所業を悪のために使わないのがせめてもの救いか。



「その異能がなくとも天智見広そのものもかなり危ないと思うけどね。実際、天智見広以外が《魔を喰う者マナイーター》という異能を手に入れたとしても、その本領は発揮できなかっただろうしね」

「どういうことよ?」



「反射速度の問題だよ。彼を観察し続けてみてわかったことなんだけど、彼は常人なんかよりもずっと反射速度が速いんだ」



 へぇ、と学長は言ったが特に興味はないようだった。

 そういえば、とけいは思い出す。


 この女は他人がもしもという家庭を使うのを嫌がる人間だったか、と。



「試したことはないから本当かどうかは僕の目検討でしかないけど」



 あまり、そういう仕事をしてきた人間を舐めないでほしいなと不敵に笑みを浮かべたけいに学長は呆れたようなため息を一つ漏らした。



「信用するわよ。特にあなたがそういうのならね」



 学長が世界で一番信用しているのは、他でもないけいその人なのだから。

 なぜか、などという野暮ったいことは聞かない。


 単純に、学長とけいは長い間の付き合いであるから。

 それ以上でもそれ以下でもなかった。



「まぁ、天智見広の観察に加えて、リシア彼女の観察もしてみるよ。結果がいいものになるかは今の所わからないけどね」

「ええ、そうしてくれると助かるわぁ」



 丸投げするような言葉。

 しかしその言葉の後に、学長は心配そうな声をあげた。



「本当にあなただけで見広くんとリシアちゃんを監視することができるの? 少しは自分の部下というものを使ってみたらいいんじゃない?」



 それに、けいは苦笑した。

 そうして情けない声で情けないことを学長に向かって言い返す。



「この僕に、部下なんていると思っているのかい?」



 いやまぁいないでしょうけど、と学長はそう思った。

 しかし口にすると自分まで虚しくなることを感じたのか、はぁとため息をつくだけだった。



「それに____」



 その後にけいの言葉が続くまでは。



「たった学長如きが、この僕に対して強気に出れると思っているのかい?」



 ブワリ。

 立ち上がって上から学長を見下ろしたけいの体中から何かが溢れ出した。


 それは、目には見えぬ、圧倒的な力の象徴であった。



「魔力……いや、本質からして何かが違うものかしら?!」



 へぇ、と雰囲気に反してにこやかな笑みを浮かべたけいはその力を体の中で気配ごと消し去って、それからゆっくりと椅子に腰を下ろした。



「さすがだね。一度、それに一瞬見ただけで僕の力が君たちとは異なるものなのだと気がついたのか」


「……当たり、前だわぁ。私がいったいどれだけ魔法というものに触れてきたと思ってるのよ?」

 


 それはそれはたくさんだ、ということをけいは知っていた。

 同時にけい自身も少しは体験しているのだからその異常性を知っているつもりだった。


 しかして、そんな彼女から見てもけいのその力は異質だった。

 まるで、この世界のものではないかのように。



「っ! まさか!」


「君は勘が本当に良さすぎる。そうだよ、僕がこの世界の住民でないのは君に話しただろう?」

「その世界には魔法じゃない何かが存在している、というのぉ?」



「御名答だね。でも、実際どんな世界線にでも存在しているとはいえないんだ」

「どういうことぉ?」



「君たちの住む世界は、生まれた順序でいけば三番目だ。その前に僕たちの住む一番目と、見広くんたちの住んでいた二番目が存在する。その中でも僕のこれは一番目だけに存在するものだからね」



 けいは、ふぅと一息ついてそれからグッと伸びをした。



「《能力ウエポン》と言ってね。魔なりて魔ならざるもの、なんて」

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