Boys and girls, fight to live.

第16話 異質な

 目が覚めた。

 それだけならば、人間が当たり前に行うことで違和感などないのだが、そんなことよりも少女はまるで気が動転でもしたかのように息を深くすって吐いてを繰り返していた。


 その額には、冷たい汗がまるで必然的だとでもいうかのようにつぅと流れていく。

 少女は数分それを繰り返して、落ち着いたか。



(____今のは、夢? それにしてはっ)



  まるで実体験してきたような夢だったと、その少女リシアは荒くした息を整えながら思う。

 

 簡潔にその夢の内容をまとめると「人の死ぬ夢」だった。

 彼女は騎士という職業上少しは死体に見慣れた気でいたが。



「嘘、だよね」

 


 まるで人間の歯の立たない敵に、一方的に蹂躙されるような絵面をずっと見続けることは精神に来た。

 あれは……、西方の辺境にある小さな村だったかと思い出して、しかしそこがどういうところだったか鮮明には思い出せずに胸の奥に何かが引っ掛かったような感覚を味わった。



(これをただの夢だと言い切れないのはオルティリア家の血筋を引き継いでいるから、かな)



 彼女の血筋、オルティリア家の歴史をさかのぼっていっても面白いことに数世代前以降の情報を外部の者が知ることは不可能だった。

 

 これは、その文献が作成させられていないのではなく、彼女の家と王族の血筋が隠蔽に動いた結果である。

 しかし、実際にはその血筋の子にはそのお話は語り継がれているわけで。

 


 ところで、聖職者という役職を聞いて何を思い浮かべるだろうか。

 おそらく街を行き交う人間にそう聞いても、聖女様だとか、教会で働いている人間だと答える人間が大多数だろう。


 それくらい表立って行動する聖職者というものの存在は民衆に浸透しているわけである。



 しかし、すべての表で行動する人間たちの裏にはそれを支え続けている人間がいるというのを彼らは見ようとはしないだろう。

 彼女の祖先もそんな裏方を生きる聖職者でけして表舞台に出ることはなかった。


 それでも、表舞台に出ない癖して、王都全体を支えるような特別な仕事をしていたのだ。

 だから王国はその家系の情報を隠蔽しようとした。


 突然のそれに貴族たちが奇怪な目を向ける、かと思ったがそもそも貴族たちは準貴族の話など気にすることはないようだった。



「《星読み》……」

 


 口にして、リシアはゾクリと全身を震わせた。

 星の動きや、天候、気象からその先の未来を推測する職業と聞いていたが。


 その中でも特に異質なものが存在したのをリシアは知っている。


 予知夢。

 これから起きる未来のことを夢として見てしまうというもの。



(いいや、あり得ない。あり得ないわ。こんなことは今までに一度もなかったし、そもそもあの力は失われたってお母さまが)



 首を振って、そんな考えを追い出してからリシアは自分の部屋の明かりをポゥと灯した。

 部屋の隅には、小さな絵画が飾られていた。

 それがそういう意味合いを持つのかは図りきれないが、何かリシアへ安心感を持たせてくれているようだった。


 コンコンコン、と控えめなノックオンがした。



「誰?」

 


 普通、こんな夜中に人が訪ねてきたらそう聞くのが当たり前だろう。

 しかしリシアはそうしない。

 だって、こんなにも魔力を垂れ流している人間なんて一人しか知らないから。



「すまん、リシア。俺だ」

 


 とそう思って、見知った男の子の声が聞こえてきて。

 ピシッと彼女の行動が止まった。


 一瞬、部屋の中を見渡してからドアに手をかける。


 そこにいたのが本当は見広でなくて、リシアはホッと息をついた。



「どうしたんですか学長。こんな時間に」

「いやぁ、たまたまあなたの部屋の明かりが不自然な時間に灯るのを見ちゃってね」


「ハァ……」

「それはそうとして、リシアちゃん。彼の声を聴いた瞬間、何をしたのかな?」



 今度こそ明確に、リシアは口元を引きつらせる。

 この学長、やはりわざと見広の声を作って彼女に声をかけたらしい。



「何もしてませんけど?」

 


 見栄を張ってそういってみるも、目の前の学長はにやにやと顔に変な笑いを浮かべていて。

 しかし、それが次の瞬間に消え失せて、真面目な顔になったことにリシアは目を見開いた。


 そう、彼女は最初から知っていた。

 この学長が、何の用事もなくたまたまなんて理由で、ここに来るはずがないことを。


 普段ひょうひょうとしているように見せかけて、それでも心のうちでは自分では想像もできないほど膨大な思考を展開していることを。



「あなた、何か見たわね?」

 


 的を射たその言葉に、心臓の奥で何かが騒ぎ立てた。

 え、と間抜けな声が知らず知らずのうちにあふれてしまってそれを聞いた学長がやっぱりねと苦笑を返してくる。



「どうして、それを知っているんですか?」

「いやねぇ、私は学長よ? あなたたちの情報はすべて調べ上げているに決まっているじゃない」



 そんな簡単に言ってしまっていいことではなかった。

 数世代にわたって隠蔽されてきた重要な情報のはずだったから。それなのに、



「あなたはいったい何者なのですか?」

「だから私はこの学校の学長に決まっているじゃない。それ以上でもそれ以下でもないわよ、今はね」


「今はって……」


「それはあなた方情報統制されたオリティリア士爵家と同じような状況だからよ。少なくともこっちは公表されても別にいないようだとは思っているけどねぇ」



 学長はなんでもないかのようにいう。

 それがリシアには異界風に見えてしまって、そっと息を吐き出したのは果たして彼女に気が付かれたのだろうか。



「さて、話を元に戻すとしましょうか」

「……」


「リシアちゃん、あなた何を見たの?」

 


 話してしまっていい内容なのか、それを数秒間リシアは悩んだ。

 しかし、もうここまで知られているのならばいっそのこと、と割り切って口を開く。


 家のことなんて考えはしない。

 そんなことは後で自分が怒られて仕舞えばそれでいい。


 それに、目の前にいる大人は彼女がここで話さなくとも真相へ辿り着くのだろうという謎の感覚があったから。



「はっきりとした確証はないのですが……。もしかしたら、《予知夢》なのではないか、と」

「っ……。そうか、まずはそれから」



 何かの確証を得たようなその物言いにリシアは首を傾げる。



「あなたの家系が《星読み》だってことは調べがついていたんだけど……いかせん情報隠蔽の壁が厚くてね。どうしてあれ以来、その権能が発動しなくなってしまったのか私にはわからなかった」


「はぁ、それで私が予知夢を見たからそれの謎を解くことができた、と?」



 そんなまさかあり得ない、と学長は首を横に振った。

 どこかの名探偵様ならこの謎を解くことはできたのかも知れないけどね、と付け足されてリシアはうっすらと笑いを浮かべたが。



「私がやったのは、検証に近いのよ」

「検証?」


 

 なんの、とは聞かずともその声にその念は乗っていた。



「あなたたちの家系がもしもその力を取り戻すのだとしたら、そんな能力を一番最初に取り戻すのかなぁって、そんなことだわ」


「どうしてそんなことを……、というか発現しない可能性の方が圧倒的に高かったのによくそんなこと検証しようと思いましたね」


「それは、あの見広くんを見た瞬間からよっぽど、ね」

「? どうしてそこで見広の名前が?」



 彼は家のことに全く関係ないし、そもそも彼に会った時から自分のことを考え始めるなんておかしいだろうとリシアは思った。

 というかこの学長、見広をボコるだけボコって颯爽とさっていかなかったか?



「《魔を喰う者マナイーター》。あの魔喰の力を彼はそう呼んでいるんでしょう? だったら話は早いわね。《星読み》の権能が呪われているのだとしたら、彼が周りにいるだけでそれは引き寄せられる」

「?!」


「まぁ、もっとも私もそれが呪いであるっていう証拠を得ていたわけではないからそれに準ずるものであるという確証に至ったのは今さっきなんだけどねぇ」

「それこそ____」



「そもそも、天智見広という少年があの場所でシルルという少女に連れてこられたのは偶然だったのかしら」

「それはもちろん____」



 あれ、とリシアは言葉に詰まった。




(私は何か、初めて出会った時に彼に引き摺り込まれそうになったような感覚を……)




 知らぬ間に夜は明けていく。

 

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